■宮下瑞穂の話 あじゃさまのところへ
――私は恐怖に震えながらも、ポケットを探り、手早くスマホを操作する。
この状況は、まずい。――伝えなきゃ、藤村さんに。
そうしてる間に、織田課長の周りへと、数人の先輩たちがふらふらと集まりだした。
「さあ、参りましょう」
「あじゃさまのところへ」
「あじゃさまのところへ」
「あじゃさまのところへ」
「あじゃさまのところへ」
彼らは口々に同じフレーズを囁きながら、木吉さんの体を器用にブルーシートで包み込む。先輩たちの手によって、簀巻きにされた彼の身体が持ち上げられた。
ブルーシートを持ち上げる中には、私に仕事を引き継ぎしてくれた中塚さんも入っていた。じき産休に入るはずの大きなお腹をゆらしながら、笑顔でよいしょと重いものを持ち上げる。
「宮下さんも、一緒に来てね」
織田課長が、ブルーシートを持ち上げながらにっこりと微笑んだ。――彼の眼鏡には、木吉さんの血飛沫が花びらみたいに散っている。
有無を言わせない彼の声に、私は震えながらこくこくと頷いた。
「……よいしょ、と。はい、ここの紐が持ちやすいよ」
そう言って渡された紐に繋がったブルーシートは、ずっしりと重たかった。当然だ、気を失った成人男性一人が入っているんだから。
私達は六人がかりでそれを持ち上げて、ゆっくりと歩き出す。
運搬に参加しない先輩たちは、そんな私たちを拍手で送り出してくれた。にこにこと笑いながら。
私以外の五人の足取りに迷いはない。目的地は明確に決まっているようだった。
「どこ、に、運ぶんですか」
「もちろん、あじゃさまのところだよ」
私の疑問に、向かい側で紐を持つ男性の先輩が答えてくれる。
「あじゃさまがこの人のことも、家族にしてくれるからね。心配しなくても大丈夫だよ」
「そう、大丈夫なの」
「大丈夫、大丈夫」
「ふふ、宮下さん緊張してる」
「ふふふ」
「あはは」
朗らかに笑い、私達はブルーシートにくるまれた木吉さんを運ぶ。ぱちぱち、ぱちぱちと、拍手の音がほうぼうから聞こえてくる。明らかに不審な姿の私たちを、社内の誰もが笑顔で見送ってくれていた。
しばらく歩いて、フロアの端までたどり着き、バックヤードへと続くドアを開けると、そこにあるのは――貨物用エレベーターだ。
先頭の織田課長はブルーシートを片手に持ったまま、慣れた手つきでエレベーターのボタンを操作していく。
一、五、三、四階の順番で押すと、数秒後にエレベーターの扉が開いた。――湊さんが残した「貨物用エレベーター使用中止について」で書かれていた手順だ。
「……一、五、三、四階の順番で、押すんですね」
「そうだよ。これを知ってるかぞくじゃないと、あじゃさまのところにはいけない」
「このエレベーターは……どこに、行くんですか」
「決まってるじゃないか。あじゃさまがいるところ。……地下だよ」
そう言うと、彼は怪物の口のようなドアの中へと足を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます