■宮下瑞穂の話 あじゃさまとは

「――かくかくしかじかで、ネカフェ難民になり、宮下くんと結婚しました」

「はい?」


 開口一番の私の言葉に、電話の向こうの藤村さんからは困惑しきった反応が返ってきた。


 ――本社ビルから徒歩十分程の距離にあるコンビニのイートインコーナーで、私は藤村さんと電話で連絡を取っている。

 すぐにでもお互いの情報共有をしたかったけれど、私の場合は社員に聞かれたらとてもまずいので、昼休憩のランチにかこつけてここまで来ている。……ここにも、知り合いがいる可能性があるから油断はできないんだけど。


 私が自宅で起きた出来事を説明すると、藤村さんは絶句する。


「……まぁ、解決したら、ご家族も元に戻ると思うし」

「家族じゃないです。他人です」

「瑞穂ちゃんて、メンタル強いよね……」

「でもさすがに折れそうですよ。同期たちの話の録音、聞いてくれました?」


 霊能者の華也さんに教えられた「守り神」そして湊さんが飛び降りる前に呟いた――「あじゃさま」。私はそれが何なのかを探るべく、連日社内を駆け回っていた。


 そのアプローチの一つが、同期たちへの聞き込みである。おかしなやつだと思われるの覚悟で、話を聞いてみたのだ。

 その結果は、私の意気込みを挫くには十分なものだった。……いつからか皆、先輩たちと同じくらいおかしくなっていたみたいだ。


「さすがに、何も言ってないのにみんな『宮下さん』って呼んでくるのは怖かったです。多分、こっちの思考とか『あじゃさま』には全部筒抜けなんですよね……」


 であれば今、このコンビニに来てることもあんまり意味はないのだけど。……まぁ、そこは気分の問題ということで。


「宮下の死を認識しながら、同時に結婚おめでとうって言う……。これが華也さんの言う、生者と死者の境界が曖昧になってる、ってことなのかな……」


 そこまで言って、藤村さんは黙り込む。考え込むときに口数が減るのはこの人の癖らしい。……でも、今日はあんまり時間もないので、さくさくと話を進めることにする。

 

「藤村さんからもらった音声、聞きましたよ。先代社長の話」


 藤村さんからは、霊能者の御霊華也さんから送られてきたカセットテープの音声データをもらっていた。藤村さんは我に返ったように話し出した。


「守り神さまは、『家族』を愛してて、会社のための『働きアリ』にする。――今、起こってる事象と一致するな。新年祝賀会の音声を聞く限り、先代社長のときにも今みたいな現象が起きていた可能性があるね」

「御霊雅代さんが生きてたらなぁ……。彼女以外に霊能者っていないんですかね?」

「それが……ツテを辿って何人かあたってみたんだけど、『御霊華也が投げた案件』って聞くとみんな及び腰になっちゃって」

「うぇ……」

「華也さん、そっちの業界では実力者で有名らしくて。だからそれ以上の凄い人っていうのを探しているところ……だけど、苦戦中」

「そうですか……」

 

 私ががっかりすると、藤村さんは慰めるように続ける。 


「とはいえ――過去に封印した実績があるなら、同じ手を使えば抑え込めるかもしれない。御霊さんの御札とか除霊グッズ諸々、送ってもらえたから次会ったときに渡すね」

「ありがとうございます」

「うん。……じゃ、くれぐれも気をつけて」


 藤村さんとの通話を終了して息をついた私は、独り、天井を見上げる。

 コンビニの店内放送では、女性のアニメキャラクターが舌っ足らずな声で自己紹介をした後、何かのキャンペーンのご紹介をしていた。

 

 ――嘘みたいに平和だ。


「あじゃさま……あじゃさまなぁ……」


 試しにスマホで検索してみても、これだという結果は出てこない。さっぱりわからない。――のだけど、どこかで見たことはあるような。


 ――そのとき、コンビニのドアが開き、一組の親子連れが入ってきた。若いお母さんと、二、三歳くらいの男の子だ。

 男の子はそういうお年頃なのか、母親に手を引かれながらこの世の終わりとばかりに号泣していた。微笑ましい光景だ。……お母さんは大変そうだけど。


 ――お゛、が、あ、じゃん!

 

 泣きすぎて、切れ切れに母のことを呼ぶ男の子の声を聞いた瞬間――私は、ハッと息を呑んだ。

 

「……思い出した」


 食べかけのサンドイッチを慌ててお茶で流し込むと、私はコンビニを出て――会社へと駆け戻った。

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