第7話 退魔師の気配
陽葵のおかげで色々と纏められつつあった。
ポスターではなく配布物にしてはどうかという案や、いっそ漫研に依頼して漫画を描いてもらうのはどうか、という案も出てきた。もともと仕事を分けた生徒会執行部とも連携する必要があって、時間は掛かったが。何故生徒会と生徒会執行部が分かれているのか――という疑問を持たれては困るが、ひとまずはなんとかなりそうだ。
氷華は自分の仕事のひとつに戻るために、数日ぶりに怪異報告の場所へと向かっていた。
今回、目をつけたのは南側にある古い駐車場だった。
駐車場といっても元々は工場だった建物を、外観だけ残して中を駐車場にしたらしい。そのおかげで屋根までついたしっかりした駐車場になっている。屋根はアーチ状で、二階ほどの高さがあり、半透明のプラスチックで作られていた。そこから僅かに光が入り、四方を建物で覆われていてもほんのりと明るかった。
駐車場を借りる人間からすれば、雨風にあたらないだけでもかなりありがたい作りだろう。しかし昼間見ても少し薄暗い空間のせいか、どういう空間なのかわからなかったのか――やがて幽霊が出るという噂が立った。
――幽霊、ですか……。
自分に幽霊を退治できるかは正直わからない。それはむしろ氷華のような妖怪や怪異ではなく、退魔師の仕事だ。だがこうして瘴気をできるだけ片付けているのは、退魔師に来られて足がつかないようにするためでもある。自分の約束のためでもあるし、一石二鳥だ。
――とにかく、行くしかないですね。
調べた地図を片手に道を行く。裏道に入ると、昔は古い工場が建ち並ぶ一角があったらしいのが見てとれた。付近は新しい家と古い家が入り乱れている。その中に、裏側の道まで突き抜けて作られた元工場の駐車場があった。
たぶんここだ、とあたりをつける。駐車場になっている空き地はいくつかあったものの、建物に囲まれた駐車場など一つしかない。入り口には「月極駐車場」の文字と、管理人の名前と電話番号の書かれた看板がある。中を覗いてみると、いまの時間帯は車が一台もなかった。利用者は主に近所の住民なのだろう。
さて瘴気のほうはどうかしら、と見てみたが、氷華は目を瞬かせた。
「……あら?」
いつものように瘴気が浮かんでいると思いきや。
それでなくても、幽霊の類は見当たらない。
「おかしいですね。読み違えた……?」
瘴気が漂っているかもとは思ったけれど、と首を傾げる。
空気は清浄だ。
いや、清浄すぎるほどだ。
「……何か、変な……」
なにかがおかしい。
地面をよく見ると、微かに赤く燃えているものがあった。小さな火だった。
「残り火? だれがこんなところで……」
物騒どころの騒ぎではないだろう。足でもみ消そうとして、はたと気がついた。
ただの炎ではない。燃えているのは護符の残りだった。
――退魔師の……!
ぞっとする。
近づきかけた体をひっこめて、慌てて周囲を見回す。
小さな火はそのまま燻るように、残った護符を燃やし尽くして消えてしまった。小さな雑草を燃やすこともなく、煙を吐き出すこともなく。この焔は間違いなく退魔師のものだった。燃え残りがあるほどの短い時間。本当についさっきまでここに退魔師がいたのだ。
――退魔師。退魔師がこの近くにいる……!
退魔師。人間社会に未だ潜む妖怪や怪異を退治する人間たち。宗派によっては悪魔祓いや祓魔師、あるいは道士や陰陽師などとも呼ばれるが、それらを総合したのが退魔師だ。これまで学園の中も含めて、そんな存在に出くわすことはなかった。だが、今回は違う。確実にその存在を感じ取れるほど、近くにいた。
――そのうえ……!
焔を扱う退魔師。相性は最悪。
火が触れないわけではないが、退魔師の扱うものだけは別だ。たったいま、嫌というほど感じた。唇を噛む。氷花は急いで駐車場を出ると、あたりを見回した。人通りは無かった。氷華は素早く駐車場を出ると、逃げ出すように駆け出した。一刻も早くここから離れないといけなかった。
翌日になっても、昨日の出来事が頭の片隅から離れなかった。
退魔師はこの街に潜んでいるのか。それとも偶然ここへやってきて仕事をこなしただけなのか。それすらもわからないままだ。いずれにせよいいことではない。そもそも退魔師がどうやって派遣されるのか、さっぱりわからない。
――確か、協会だか所属みたいなのがある、というのは聞いたことが……。
考えに沈み込んでいると、突然耳元で声がした。
「――氷華!」
「はいっ!?」
氷華はびっくりしたように跳び上がった。
机を挟んで、夏樹と陽葵がこっちを見ている。
「……な、なんの御用でしょうか」
「なんの御用もなにも、次、理科室の移動やぞ。お前がじいっと考えこんで動かんから、橘も困っとったけど」
「そうだよ氷華ちゃん。大丈夫?」
「あ……そ、そうでしたね。すみません」
「ねえ、本当に大丈夫?」
「はい。少し考えごとに集中していただけなので」
机の上を見ると、前の授業のノートと教科書が出しっぱなしだ。それに、シャーペンも持ったまま。急いで片付けると、ちょっと待っててくださいね、と言って、理科の準備をしはじめる。
「ま、近所であんなことがあったからな。お前もなんか頑張っとったみたいだし」
「私も手伝ったんだけど~?」
横から陽葵がじっとりと夏樹を見た。
「あ~、はいはい」
「適当だなあ!?」
「でもやっぱり学校の先生が死んどるってのはでかいやろ。いくら隣のクラスとはいえ……」
久保田が担任をしていたクラスは、いまもまだ動揺が抜け切れていない。学園長はもし何かあればスクールカウンセラーに相談したり、外部の病院にかかることも視野に入れてほしい、とアナウンスしていた。
「……そうだよね。私たちも何かできればいいんだけど……」
陽葵はなにか言いたげだった。
「一番は警察に任せることやろ」
「うーん。結局はそれしかないのかなあ」
「そりゃそうやろ。オレらみたいなただの高校生が何かできる事なんてあらへんて。危ないし」
自分の前で片手を振る夏樹。
「意外だなあ。夏樹のことだから、オレが氷華の事は絶対守ったる、とか言うかと思った」
「はっ、しまった!? そう言うべきやったか!?」
「そうですね。……夏樹さんもブラックバイトには気をつけてくださいね……」
「だから闇バイトじゃ……ブラックでもないって!」
夏樹は慌てたように言う。
「クラスメイトから逮捕者が出るのはちょっとアレですし……」
「だから違うって!」
ようやく氷華は少しだけ笑えた。
理科の授業の準備を整えて立ち上がる。「行きましょう」と言うと、二人と一緒に歩き出した。
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