第9話
ポツリポツリと人が収まる大きさ程のシャボン玉の様な綺麗な球体が浮いている。
その間を精霊達が行き来している。
ここが精霊の町。
柔らかい光から視界が戻ったスミレはそこに立っていた。
精霊術師でもこの地に足を踏み入れるのは珍しい。
精霊達は久しぶりのお客様に興味津々で集まって来た。
そしてスミレの目の前に薄幸の美青年が現れる。
基本手の平サイズの中で人間サイズの彼が精霊王である。
「ノノに会わせて」
スミレは精霊王に同じ要求をする。
その口調に周りの精霊達のヒヤヒヤした空気の中、精霊王は口を開いた。
「構わない。
でも約束だ。
あの男を元の世界に帰せ」
「ノノに会わせて。
話はそれからよ」
精霊王は少し考える素振りを見せる。
それから右手を軽く上げた。
遠巻きに見ていた野次馬の間を割く様に二人の精霊が鎖にぶら下げられた小さな檻を運んで来た。
小さな精霊ですらも足を伸ばす事すら出来ない小さな檻の中でノノは小さく体育座りをしていた。
「ノノ!」
名前を呼ばれて顔を上げたノノはスミレの顔を見て笑顔を見せた。
その笑顔は疲弊しきっており、痛々しいものだった。
その姿にスミレは憤りを感じて精霊王を睨む。
「なんでこんな狭い所に閉じ込めてるの!」
「彼女は罪人。
拘束しておくのは当然の事」
「それにしたってこんな狭い所じゃなくてもいいじゃない」
「それだけ彼女の罪は重い」
「貴方にはわからない。
狭い所に閉じ込められる辛さや惨めさを」
「それがわかっていて彼女は禁忌を侵した。
当然の報い」
取りつく島もない精霊王に更なる憤りを感じながらもスミレは堪えた。
今ここで何かを言って精霊王の機嫌を損ねるのは良くないとわかっていた。
精霊王が合図するとノノを閉じ込めている檻は野次馬の中へと消えて行った。
「約束は果たした。
次はお前の番だ」
「一日でいいからノノを解放して」
「出来ない」
「お願い。
一日でいいの。
ノノと話がしたい」
「出来ない」
「彼を元の世界に帰らせた後に戻って来たら意味がないわよね?
私があっちの世界に言って彼を見張ってるわ。
だからもう会えないかも知れない。
だから最後に話がしたいの」
精霊王はスミレの顔をじっと見て考えた。
ヒカゲ・アークムをこの世界から追い出すのが一番の目的を完遂する為にはどうしたらいいか。
リスクを最小限に抑えるにはスミレの協力が必要とはわかってる上でこの申し出を受ける必要があるのかを。
「ついて来い」
精霊王はそう言ってスミレに背を向けて飛んで行く。
スミレは黙って追いかけた。
やがて一際大きな球体の中に入った。
その中にあった立方体の前で止まる。
そこに先程の二人の精霊がノノを閉じ込めた檻を運んで来た。
精霊王は立方体の一面を開けて中を指差して言った。
「ここでならいい」
そこにはスミレが体を折り畳んでも収まるかどうかわからないぐらいのスペースしか無かった。
「わかったわ」
「それはダメ!」
ノノが檻の中から静止するがスミレは立方体の中に体を押し込んだ。
「おいでノノ」
檻から出されたノノは立方体の隙間に入り込む。
それを確認した精霊王はスミレの体を押し込むように立方体を閉めた。
「明日開けに来る」
それだけ言い残して精霊王はその場を離れた。
立方体の中のスミレの顔の前でノノは同じ様に体を畳んで浮いていた。
「ノノは体を伸ばせるでしょ?」
「でもスミレだけ窮屈な思いさせたくない」
「いいのよ。
ノノがそんな格好だと、私がここに入った意味無くなるじゃない」
ノノはスミレの優しい言葉に申し訳無さそうに体を伸ばした。
久しぶりに体を伸ばした気持ちよさに思わず声が出る。
「ふふっ」
「笑わないでよ」
「ごめんなさい。
でも懐かしいわね。
子供の頃を思い出すわ」
「思い出したくも無いのにごめんね」
「そうね。
あまりいい思い出では無いわね。
でもあの時唯一の楽しみはノノとのお話をしてる時間だった。
ノノが私を救ってくれた。
そして彼との出会いをくれた。
今度は私がノノを救ってみせる」
スミレの言葉にノノは大きく首を横に振った。
「無理しなくていい。
スミレにとってあの人は大切な人だから。
あの人が居ない時のスミレは見てられなかった」
「だから教えてくれたの?」
「うん」
「ありがとう。
本当にノノには救われてばっかり。
あの時もヒカゲの持ってる宝石に体当たりしてくれなかったら砕く事が出来なかった。
あの時は格好よかったわよ」
「揶揄わないでよ」
「揶揄って無いわよ。
本当にそう思ってる。
ノノは私のヒーローなのよ」
「スミレのヒーローはあの人じゃないの?」
「ふふふ」
スミレはなんか可笑しくなって笑う。
その笑い方はスミレの笑顔を見たくてノノが通っていた幼き日と同じだった。
「ヒカゲはヒーローでは無いの。
だって彼は誰よりもヒーローに遠い存在。
でも誰よりもヒーローに憧れてる悪党なの」
「ヒーローに憧れているのに悪党なの?」
「彼はね。
この世が過酷で残酷で理不尽な事を知っている。
そんな中で大切な物を失う事を許容出来ないの。
だからどんな手を使ってでも大切な物を脅かす者を排除しようとする」
「それは普通の事だよ。
誰だって大切な物を失いたくは無い」
「そうね。
でも彼はヒーローに憧れが強すぎてそんな自分が許せないの。
そして彼は信じてるの。
本物のヒーローなら正しい事だけして全てを救えるって」
「そんなの幻想だよ。
物語に出てくるヒーローなんて居ない」
「そうね。
私もそう思う。
だけど彼は本気で信じてるのよ。
正しい者が正しく生きる事で幸せになれると」
「ロマンチストなんだね」
その言葉にスミレはキョトンとしてからにっこり微笑んだ。
「そうね。
彼はとてもリアリストなのだけど、とてもロマンチストでもあるのよ」
「不思議な人だね。
もっとあの人の事聞かせて」
「いいわよ。
でもヒカゲの事になると話は尽きないわよ」
「いいよ。
スミレはあの人の事を話してる時が一番輝いてるから」
狭い立方体の中。
二人は話続けた。
窮屈などまるで感じさせない程楽しそうに。
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