第79話 着ぐるみにキス
今年も終盤に差し掛かり、年末の慌ただしさが街を包み込み始めていた。
クラスメイト達、陽菜と咲音ちゃんたちとのクリスマスパーティー。
特別な思い出が増え、心は温かい光に満ちている俺はそんな中、いつものバイトへと向かっていた。
今日の仕事は、いつものショッピングモールのイベント広場での着ぐるみの中。
冬休み期間はイベントが多く、着ぐるみの出番も増える。
年末シーズン最後の大仕事で、着ぐるみの数も俺が入るのを含めて5体あるらしく、従業員入口から裏手にある着ぐるみの倉庫へ向かうとすでにお仲間が着々と準備を進めていた。
パンダの着ぐるみを身につけると、外の寒さはほとんど気にならなくなる。
視界は狭いけれど、どこか馴染んだ安心感があった。
「さあ、今日も頑張るか!」
気合を入れて広場に出ると、すでに多くの家族連れやカップルで賑わっていた。
子供たちが俺を見つけると、目をキラキラさせて駆け寄ってくる。
俺は、いつものように手を振ったり、頭を撫でたりして、子供たちと触れ合った。
しばらくすると、遠くの方から見慣れた声が聞こえてきた。
「パンダさん、こんにちは!」
ドキリとした。この声は、咲音ちゃんだ。
だが、その隣を歩く陽菜の姿を見た瞬間、俺の心臓は一気に高鳴った。
彼女は、可愛らしいコートを着て、普段通りの優しい笑顔を浮かべていた。
しかし、その瞳は、まっすぐに俺の着ぐるみを見つめている。
まるで、最初から俺がここにいることを知っていたかのように。
陽菜は、咲音ちゃんの手を引いたまま、迷いなく俺の着ぐるみの前までやって来た。咲音ちゃんは、無邪気に俺の足元に抱きついてくる。
「パンダさん、モコモコだね!」
俺は、咲音ちゃんの頭をそっと撫でた。
陽菜は、その様子をじっと見ている。彼女の唇が、小さく動いた。
「…会いたかったから」
その声は、周囲の喧騒の中でも、俺の耳には鮮明に届いた。
やはり、最初から分かっていたのか。俺は着ぐるみの中で、動揺を隠しきれない。
陽菜は、周りの目を気にすることなく、一歩、また一歩と、俺の着ぐるみに近づいてきた。
そして、次の瞬間、彼女は躊躇なく俺の着ぐるみに、ぎゅっと抱きついてきた。
陽菜の声が、着ぐるみの分厚い生地を通して、俺の胸に響く。
彼女の温もりと、甘い香りが、着ぐるみの中の俺を包み込んだ。
周囲の子供たちが、突然の陽菜の行動に、目を丸くして見ている。
「え、お姉ちゃん? どうしたの?」
咲音ちゃんが、陽菜の行動に戸惑っている。
俺は、着ぐるみの中で汗が噴き出すのを感じた。どうすればいい。
この状況で、どう反応すればいいんだ。
すると、陽菜は俺の着ぐるみから少しだけ顔を離し、着ぐるみの顔の横に自分の顔を寄せてきた。
一瞬、時間が止まったように感じた。
周りの喧騒も、咲音ちゃんの声も、全てがとまった。
視界が悪く何が起きたか分からない俺に対して、黄色い歓声、驚きの声でざわざわと周りは喧騒を取り戻してゆく。
俺の狭い視界に戻って来た陽菜は、頬を赤く染めながら、俺の着ぐるみを見上げて、にっこりと微笑んだ。
「…見つけた」
陽菜の瞳は、からかいと、そして確かな愛情で輝いていた。
俺は、着ぐるみの中で呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
咲音ちゃんが、陽菜の隣で首を傾げている。
「お姉ちゃん、パンダさんと何してるの?」
陽菜は、咲音ちゃんの頭を優しく撫で、満面の笑顔で答えた。
「内緒だよ、咲音。パンダさんと、ちょっと秘密のお話してたの」
そう言って、陽菜は俺の着ぐるみから離れ、咲音ちゃんの手を引いた。
「さあ、咲音、そろそろ行こうか」
陽菜は、俺にしか聞こえないような小さな声で、「またね、輝。次は、ちゃんと……」と恥じらいながら囁いた。
そして、咲音ちゃんと共に、人混みの中へと消えていった。
俺は、その場に立ち尽くしたまま、着ぐるみの中でボーっとしていた。
俺の周囲には、別の着ぐるみたちが集まってきていた。
キリンの着ぐるみを着たバイト仲間が、俺のパンダの頭をポンと叩き、小声だけどテンションは上がっていると分かる声で話しかけてくる。
「おいおいパンダ、何があったんだ? 今の、すっげー美人な子じゃねえか!」
ウサギの着ぐるみが、興奮した声で続ける。
「見たか!? めっちゃ可愛かったぞ! お前、まさかあの子と知り合いか!?」
俺は、着ぐるみの中で首を振る。
彼らには、何も言えない。言えるわけがない。
「もしかして、パンダ、モテ期到来か!? おい、後で詳しく聞かせろよ!」
クマの着ぐるみが、俺の肩をバンバン叩いてくる。
着ぐるみの中は、彼らの興奮でさらに熱気を帯びていた。
俺は、ただただ、この状況をどう乗り切るか考えるしかなかった。
バイトを終え、着ぐるみを脱いだ後も、俺は仲間たちにからかわれ続けた。
「パンダ、今日の働き、すごかったな! あんな美女に抱きつかれてたなんて、お前、実はすごい奴だったんだな!」
「まさか、着ぐるみの中身がそんなイケメンとはな! ハハハ!」
俺は曖昧に笑いながら、着替えて早々にバイト先を後にした。
家に着き、自室のベッドに倒れ込む。顔を枕にうずめると、まだ頬に陽菜の温かさが残っているようだった。頭の中ではあの瞬間が、何度もリフレインする。
そうして眠りに付けたのは25時を回ったころだった。
――――――――――
【陽菜視点】
――――――――――
「あああああ、私、何してるのー!!」
叫びたかった。あの時、何であんな大胆な行動に出てしまったのだろう。
でも、後悔はしていない。
着ぐるみで見えなかったけど彼の驚いた顔と、その後の温かい反応を想像するだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「次は、ちゃんと……ね」
――――――――――
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