第74話 クリスマスイブ・クラス会
翌日から、クラスのクリスマスパーティーの準備は本格的に始まった。
隆貴のリーダーシップのもと、クラスはまるで文化祭の準備期間のように活気づいた。
飾りつけ準備係、当日料理係、ゲーム企画係と、それぞれが役割を分担し、連日放課後それぞれが作業を進める。
そしてクリスマスイブ。
パーティー当日。
「おい、輝! そこの飾り、もう少し右だ!」
隆貴の声が、部屋に響く。
俺は脚立に乗り、天井から吊るされた銀色のモールを調整していた。
横では西原がカラフルな風船を膨らませ、女子たちは談笑しながら壁にポスターを貼っている。
「これ、結構手間かかるな……」
思わず独りごちると、下から隆貴がニヤニヤしながら見上げてきた。
「なんだよ、文句か? 最高のパーティーにするんだから、これくらい当然だろ」
「文句じゃねえよ。ただ、隆貴がここまで本気になるとは思わなかっただけだ」
そう言うと、隆貴は得意げに胸を張った。
「当たり前だろ! クラスの思い出作りに妥協は無しだ!」
そんなやり取りをしながらも、作業は着々と進む。
俺は飾りつけ係として、あちこち動き回っていた。
その中で、陽菜の姿を探す。彼女は料理係として、別の教室で準備をしているはずだ。時折、廊下で会うと、互いに声をかけ合い、その日の準備の進捗を報告し合った。
陽菜の顔はいつも笑顔で、クラスの皆と協力して準備する様子は、本当に楽しそうだった。
そして、クリスマスイブ当日。集合場所のカラオケボックスは、隆貴たちが飾りつけたおかげで、一足先にクリスマスムードに包まれていた。
赤と緑のガーランドが壁を彩り、小さなクリスマスツリーが入り口に飾られている。
「うわー! すごい!」
「おいおい、これ、カラオケボックスかよ?!」
クラスメイトたちが次々にやってきては、その変化に驚きの声を上げた。
普段のカラオケボックスとは一線を画す雰囲気に、皆のテンションは一気に上がる。
パーティーが始まると、そこはもう熱気の坩堝だった。
隆貴が企画したゲーム大会では、チームに分かれて競い合い、勝利チームには豪華な景品が用意されていた。俺も参加したが、隆貴の妙な采配のせいでなぜか罰ゲーム担当になり、顔に落書きをされたり、激辛のお菓子を食べさせられたりした。
「輝、顔! ヤバいって!」
陽菜が俺の顔を見て、楽しそうに笑っている。
その笑顔に、俺はつい頬を緩めてしまう。
「ひでえだろ、隆貴のやつ……」
そう言いながら、俺は陽菜の隣に座った。
彼女の料理係としての仕事は一段落したようで、手作りのチキンやサラダがテーブルいっぱいに並んでいた。
「でも、楽しそうにしてるよ、輝」
陽菜が、そっと俺の頬の落書きを指でなぞる。
その指先が触れるたびに、ゾクリとした熱が走った。
「陽菜も、楽しんでるか?」
俺が尋ねると、陽菜は大きく頷いた。
「うん! みんなとこうやって集まるの、すごく楽しい。でも……」
陽菜の視線が、一瞬だけ俺の瞳を捉え、すぐにそらされる。その横顔は、少しだけ赤く染まっていた。
「でも、やっぱり、本当のクリスマスの夜は、別の意味で特別にしたいなって」
その言葉に、俺の心臓は再び大きく跳ね上がった。カラオケボックスの喧騒が、遠くで響いている。俺と陽菜の間にだけ、違う時間が流れているようだった。
プレゼント交換の時間になり、皆が持ち寄ったプレゼントを交換し合う。俺が用意したのは、少し前に陽菜が「可愛い」と呟いていた、動物のキャラクターのキーホルダーだった。陽菜は、俺がプレゼント交換のくじで引き当てた、少し洒落たデザインのマグカップをじっと見つめていた。
「これ、結構センスいいな」
俺がマグカップを手に取って言うと、陽菜は微笑んだ。
「うん。でも、輝が喜んでくれるものが当たってよかった」
その言葉に、俺はキーホルダーを渡すタイミングを少しだけためらった。クラスの皆が見ている前で、特別なプレゼントを渡すのは少し気恥ずかしい。でも、やはり渡したい。
「陽菜。これ、俺から」
そう言って、俺は陽菜の手にキーホルダーを握らせた。陽菜は目を見開き、そしてゆっくりと包装を開ける。
「あ……これ、私が欲しがってたやつ」
陽菜の顔が、さらに赤くなる。俺は、彼女のそんな表情を見ていると、心臓が温かくなるのを感じた。
「あの時、可愛いって言ってたから、ちょうどいいかなって思って」
「ありがとう、輝……」
陽菜は、キーホルダーをぎゅっと握りしめ、その瞳は潤んでいた。彼女のその反応を見て、俺は選んでよかったと心から思った。
パーティーは盛り上がり続け、時計の針はあっという間に夜九時を回った。そろそろお開きだという空気が流れ始めた頃、隆貴が再び前に立つ。
「おーい、みんな! 今日はありがとな! 最高のクリスマスパーティーになったぜ!」
皆が拍手で応え、それぞれの帰路につき始める。俺は、陽菜と目を合わせ、頷き合った。約束の時間が、近づいている。
カラオケボックスを出ると、冬の冷たい空気が肌を刺す。しかし、俺の心は温かかった。陽菜と二人きりで歩く帰り道。街はクリスマスのイルミネーションで彩られ、カップルたちが楽しそうに歩いている。
「ねえ、輝」
陽菜が、俺の服の裾をそっと引っ張る。振り返ると、陽菜は少し恥ずかしそうに、しかし真っ直ぐな瞳で俺を見上げていた。
「どこか、行きたいところとかある?」
俺は少し考えて、そして答えた。
「陽菜が行きたいところなら、どこでもいい」
陽菜は小さく笑った。
「そうだな……じゃあ、ちょっと遠回りして帰ろうか。綺麗なイルミネーションのところ、見に行きたいな」
「ああ、いいな」
俺たちは、手を繋いで、ゆっくりと歩き出した。さっきまで冷たかった陽菜の手は、もうすっかり温かくなっていた。街の灯りが、二人の影を長く伸ばす。特別な夜が、今、始まったばかりだった。
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