第67話 修学旅行①-7 恋バナ

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▼西原菜月視点▼


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露天風呂の湯気が幻想的に立ち込める中、夜空には無数の星が輝いていた。

私は肩までお湯に浸かり、満面の笑みを浮かべながら星空を見上げる。


「わぁ、本当に綺麗…。星がこんなに見えるなんて久しぶり」


吐く息と共に漏れた私の感嘆の声に、隣にいた陽菜が楽しげに応じる。


「星を見ながら温泉なんて贅沢だよね!」


陽菜がそう言うと、もう一人の友人が興味を引かれた様子で尋ねた。


「陽菜ちゃん、こういうところって、彼氏とかと来たらもっとロマンチックなんじゃない?」


その言葉に、陽菜は一瞬目を見開いた。

だがすぐに顔を赤らめながら、小さな声で反応する。


「か、彼氏って……そんなのいないし」

「えー、嘘だー。だって陽菜ちゃんって、みんなの憧れじゃん?絶対に好きな人くらいいるでしょ!」


友人たちはキャッキャと声を上げながら、陽菜を軽くからかい始めた。

陽菜は慌てて顔を両手で覆い、少しだけ湯船の中に沈む。


「そ、そんなことないよ…。」


しかし、彼女の動揺した様子は、逆にその気持ちを隠しきれていないことを示していた。

その中の一人がまたその様子を見て、いたずらっぽく微笑む。


「ねえ、陽菜ちゃんの好きな人って……輝君なんでしょ?」


陽菜の顔は一気に真っ赤になった。


「な、 なんでそんなこと……!」

「えー、だって分かりやすいもん。 一緒にいるときの陽菜ちゃん、全然違うもんね」


その言葉に、他の友人たちも興味津々の顔で頷く。


「確かに。陽菜ちゃんがあんなに笑顔になるのって、輝君が一緒の時だけじゃない?」

「それに、なんか二人っていい感じだよね。 青春って感じ!」

「ちょっと待ってってば……」


陽菜は必死に否定しようとするが、友人たちはまるで聞く耳を持たない。

むしろその反応を楽しむかのように、さらに話を盛り上げていく。


「じゃあさ、もし今ここに輝君がいたらどうする? なんて声かける?」

「そ、それは……!」


陽菜は一瞬口ごもる。

頭の中でいろいろな言葉が浮かぶものの、どれも形にならない。


「ほらほら、答えてよー!」

「も……無理だよ、そんなの!」


陽菜が半ば悲鳴のように叫ぶと、友人たちは湯船の中で笑い声を上げた。

その声は湯気の中に溶け込んでいき、夜空に吸い込まれていく。

菜月は少しだけ真剣な表情を浮かべ、陽菜に近づいた。


「でも、本当に好きなんでしょ? だったら、もうちょっと自信持ってもいいんじゃない?」


その言葉に、陽菜は一瞬だけ真顔になる。


「自信……か」


小さく呟いたその声は、誰にも聞こえなかったかもしれない。

だが、陽菜の胸の奥では確かに何かが揺れ動いていた。


「陽菜ちゃん、がんばれ!」


友人たちの明るい声が響く中、陽菜は湯船の中で静かに星空を見上げた。

彼女の頬には、ほんのりとした赤みが残っている。

その視線の先には、確かに誰かの面影が浮かんでいた。

陽菜の好きな人、それは間違いなく彼――輝。

そして、それを知らない人など私を含めてこの場にはもういない。



修学旅行の夜、部屋の明かりが消されても、女子たちの部屋はまだ賑やかだった。

布団に潜り込んで、全員が輪になるように横になり、持ち込んだお菓子をつまむ。

自然と話題は色んな人の恋バナへ発展し、ついに私への恋バナへと移って来た。


「じゃあ次は菜月の番!」


突然、陽菜が私に振った。

驚いて一瞬言葉に詰まったが、すぐに作り笑顔を浮かべて返した。


「え? 私? ……好きな人なんていないよ」

「えー! 絶対嘘!」

「だって、菜月ちゃんっていつも誰かと仲良さそうじゃん!」


クラスメイトたちが口々に言う中、私は笑顔を崩さず首を横に振る。


「ほんとだってば。あ、でも強いて言うなら……芸能人かな? この間観た映画の主演の人、すごくかっこよかったの!」

「えー、それ恋愛対象外じゃん!」


陽菜があきれたように言うと、他の女子たちも笑い声を上げる。

菜月はその瞬間、自分の嘘がバレなかったことに安堵しつつも、胸の奥に残る罪悪感に気づいていた。


(ごめんね、陽菜ちゃん。本当は私も、輝のことが――)


菜月は自分の感情を押し殺しながら、陽菜の笑顔をじっと見つめた。彼女が幸せそうにしている限り、この気持ちは隠し通すべきだと、改めて決意する。


「じゃあ、陽菜ちゃん、次はもっとヒント出してよ!」


菜月が話を陽菜に戻すと、陽菜は「えー、もういいじゃん!」と照れながら笑う。

部屋中に笑い声が響き、恋バナの熱はさらに高まっていった。

その夜、菜月はみんなが寝静まるまで瞳を閉じなかった。

陽菜の声、笑い声、そして輝の名前を心の中で繰り返しながら、静かに1人布団の中で目を瞑った。


(どうか、陽菜ちゃんの気持ちが届きますように。)


菜月の祈りは、夜の静けさの中に溶けて消えていった。



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