あの日、感じた恋心を成就できないまま俺は……。

NEET駅前@カクヨムコン初参加

 灯し始めた幼い火種は、やがて誰にも見られずに儚く消えていくのだ……。

 一月中旬のある日の晩……。


 俺は、安楽会館の横にあった自動販売機であったかいお茶を購入しては、館内のソファーに静かに腰を掛けた。


「……」


 俺は、喪服の内ポケットから、もう二度と鳴ることのないスマホを取り出すと、それを静かにガラスのテーブルに置いた……。


 もう俺たちが中学や高校生だった時みたいに、このスマホが鳴ることは絶対にない。


 何故なら、このスマホの持ち主は、既に亡くなっているからだ……。


 じゃあ、何故? 俺がそのスマホを持っているのかと言うと……。


 亡くなったその子の親御さんから頼まれて、このスマホを肌身離さず持っといてくれと泣いて頭を下げられたからだ。


 しかし。幾ら目の前で親に泣かれたとはいえ、死人のスマホなんて普通に考えれば気味が悪くて持ち歩きたくはないものだ……。


 でも俺は、それを断らなかった……というより、正確には、俺もそれを願っていたからだ。


 このスマホを持っているだけで、彼女と一つになれる……そんな気がして仕方がなかったのだ。


 だがしかし。


 実際に待ってみると現実は、彼女に対する気持ちがどんどん強くなっていく一方で、彼女にはもう二度と会えないというその相反する二つの気持ちが互いに反発しあって、俺の身体は心身共に疲弊ひへいし、いつからか俺の心は、音も無く静かに崩壊していった……。


 いつからこんなことになったのだろうか……。


 と、その時。


 俺の背後から、スラリとした体型の黒髪の美しい女性が喪服姿で俺の隣へとゆっくりと座った……。


「修斗……泣いてるの?」


「……」


 俺は、その女性に対し、一度だけうなずきで返すと……そのまま、テーブルの上にあるスマホへと視線を向けては、三人がまだ、一緒だった時のことをつい昨日のように思い出していった……。


 ♦︎


 俺(日野修斗ひのしゅうと)と水上瑠璃みずかみるり……それから、木山きやまさくらは、三人の親同士が知り合いだった為、家族絡みでよく三人で遊ぶことが多かった。


「じゃあ次は、さくらちゃんが鬼ね! ちゃんと数えてね! 早く行こう! 修斗君!」


「待ってよ!瑠璃ちゃん!」


「いち、にー、さん……」


 いつからだっただろう……。


 今思えば……あの日を堺に、これまで当たり前のように感じていた何かが、全て壊れていってしまったような気がした。


 三人で過ごす時間は、俺たち三人にとってかけがえのない、とても幸せな時間のように思えていた。


 そして、この幸せは、きっと俺たちが大人になってもずっと変わらずに続いていくものなのだろうと……当時の三人は、目の前でずっと起こっていた奇跡に対して、誰一人として気づくことが出来ないまま、時間だけが過ぎ去っていった……。


 やがて、その幸せな時間が、ゆっくりと破滅へと進んでいくということも知らずに……。


 ある日、水上の親が勤めていた会社が倒産したらしく、水上の家族が急な引っ越しをしないと行けなくなったらしい。


 幾ら、まだ小学生だった俺たちとは言え、仲の良かった友達が知らないところに離れていくのは、あまりにもショックが大きすぎた。


 それで俺たちは、当時三人でよく遊んでいた思い出の場所にタイムカプセル的なものを埋めることにした……。


「じゃあ! 10年後にここで再会しましょ! って、修斗? まだ泣いているの??」


「だって……瑠璃ちゃんが……」


「もう〜修斗大げさよ〜。きっと!三人でまたこうして会えるわよ! だって私たち! 離れていてもずっと友達でしょ? さくらちゃん。修斗のことよろしくね!」


「まかせてよ! 修ちゃんは、私がちゃんと責任を持って面倒を見といてあげるから! 瑠璃ちゃん! 向こうに行っても元気でね!」


「うん! ありがとう! さくらちゃん!」


 ♦︎


 当時俺は、水上には、木原にはない特別な感情を抱いていたので、なおさらショックが大きかった。


 しかし、いつまでも泣いて引きずっているままの俺とは対照的で、木原はそんなことなんか微塵も感じさせずに、良い意味で芯が強くブレない女の子だった。


 しかし、そんな冷静な対応……いわゆる大人びた対応を続けていた木原に対して俺は、まだ幼かったのもあってか、いつしか木山に対して嫌悪感を抱き始めるようになっていった。


 俺がこんなにも悲しんでいるのに、なんでアイツは、一度も涙を見せないんだよ……なんで瑠璃ちゃんが知らないところに行ったのに何も思わないんだよ……酷いよ。酷すぎるよ……。


 それから、小学校を卒業して中学校に上がっても、何度か木原が俺を遊びに誘いに来ていたのだが、結局俺は、一度も行くことはなかった。


 それどころか俺は、いつしか木原を避けるようになっていった。


 それから数年が経ち、俺たちが高校生に上がる頃……。


 俺と木山は、同じ高校へ入学した。


 しかし、同じ高校にいたにも関わらず、三年間の間、幼少期からの幼馴染である俺と木山が絡むことは、数えるほどしかなかった……。


 高一の時、俺が少しやさぐれてしまったことがきっかけで俺の両親が手を焼いているという情報を聞きつけた木山が、何度も俺に着信やメールを送っては、俺を更生させようと色々と裏で手を回してくれていた……そんなこともあった。


 しかし、俺たちが高三に上がる頃……そんな姉さん肌気質の木山からの連絡が突然パタリと途絶えた。


 不審に感じた俺は、少しためらったが久しぶりに、木山と連絡を取ってみることにした。


「……もしもし? さくらか? その、俺だけどよ?」


 ……当時、窃盗や暴行なんかを平然と繰り返していて、警察でさえもが中々手が付けられないほど有名でタチの悪い不良集団に入ろうとしていた俺のことを……もう、二度と後戻りが出来なくなる一歩手前まで来ていた俺のことを……全力で止めてくれた恩人でもあり、大切な幼馴染でもある彼女……。


 今度は、俺の番だと……俺は、直感的に確信した。


 それから俺は、いつからか木山に対して想いをだんだんと寄せるようになっていった。


 しかし。久しぶりに連絡を取り合い、数年ぶりに面と向き合って夏休み明けの学校で再開した時の木山の姿は、俺の知っていた当時の姿とは全く異なっていた。


「……修ちゃん。久しぶり! ずっと同じ学校だったのに、久しぶりって……なんか不思議な感じだね!」


 幼馴染だから分かるが、俺に気を遣っているのがバレバレだ。


 身体は痩せこけており、笑みを作っているのだろうが、表情筋には一切の力も入っていない為、ほとんど無表情だったので当時の愛らしい面影は、どこにも無かった。


 しかし。今の俺には、彼女の容姿などもうどうでも良かった。


 何故なら俺は、心の底から "木山さくらが好き" になっていたからだ。


「さくらっ!!」


 俺の急な呼びかけに、木山が弱々しくも、ビクッと身を震わせた。


「……修ちゃん?……どうしたの?」


 俺は、単刀直入に木山に想いを伝えた。


「大好きだ!さくらっ! その、色々と遠回りしちまったけど……俺は、俺は、やっぱりお前がいないとダメなんだっ!! 散々迷惑かけといて確かに都合が良すぎるかもしれない! 何言ってんのって思うかもしれない! でも、それでも俺はお前が大好きなんだぁあぁぁあ!!」


 俺の突然の愛の告白に彼女は、別段、驚いた反応も見せずに、力無いその表情筋を頑張って動かしては、静かに笑って応えてくれた。


「嬉しい……ありがとう。修ちゃん……」


 俺は、勢いのまま、木山を抱きしめた。


「っ!? 修ちゃんっ!?」


 しかし、その当時の木山は、抱いてみるとものすごく華奢な体付きをしており、骨と皮しか俺の皮膚には、感じ取ることが出来なかった……。


 これがあの、持ち前の運動神経とその愛らしい容姿から小中学生の頃に男子たちからの視線を独占していた、俺が知っている "木山さくら" なのか……?


 俺の背中に頑張って回してくれた木山の両腕には、全く力が入っておらず、言うなれば彼女は、立っているのがやっとのようだった。


 でも俺は、誰もいない校舎裏で、彼女に精一杯の愛と感謝の気持ちを込めて、まるで割れ物にでも触れるかのように……優しく、優しく、抱きしめた。


 ♦︎


 それから、数年の時が流れ、俺たちが20歳を迎える頃……。


 10数年の時を経て、奇跡的に俺たち三人が揃うことになるはずだった成人式……。


 しかし。もう二度と……俺たち三人が再開することはなかった。


 俺が木山に愛の告白を果たした、その二年後……主治医から、たった今、"木山さくら" さん が静かに命を引き取りましたと……連絡が入った。


 病院からかかって来た突然の電話に俺は、目の前と頭の中が急に真っ白になったかのような、そんな酷い錯覚に陥った……。


 当時、土木現場でバイトをはしごしていた俺は、その場で酷く嘔吐した……。


 俺の最愛の人は、もう、この世にはいない……。


 その悲しくも当たり前の事実が俺の胸中を酷く焼けるような痛みで包み込むと、俺の身体を少しずつ貪り始めだした。


 病院へお見舞いに行こうにも、謎の新型のウイルスが蔓延していたことから、面会自体を病院側から拒否されてしまい、結局、一度も行くことが出来なかった。


「なんでだよ……なんで、幾ら何でも、こんなのって……あんまりじゃねぇかよ!!」


 俺は、ひざまずいては、地面に向かって何度も拳をぶつけた……。


 何度かぶつけているうち、自分の両手が流血と共に赤く腫れあがってはいたが、不思議と全く痛みを感じなかった……。


 しばらくして俺は、誰もいないアスファルトの上に大の字で寝転んでは、木山と過ごしたことを走馬灯のように辿っていった。


 無表情顔貌がんぼう……。


 俺が数年振りに彼女と再開をした時に、彼女に対して俺が最初に感じたその正体である。


 無表情顔貌とは、身体の中に悪性の腫瘍あくせいのしゅよういわゆる、人体の整体リズムを脅かす程の病気である『ガン』が出来ている時に現れると言われており、症状としては、急に顔の表情を動かす表情筋に力が入らなくなり、はたから見れば、気力のない無の表情に見える現象が代表的な例として取り上げられるらしい。


 ちなみに、木山が痩せこけていたのは、木山自身、この悪性腫瘍を患っており栄養失調になっていたからだろう。


 俺は、そんなことにも気づいてあげることが出来なかった……。


 ♦︎


 木山が亡くなった翌日。


 通夜を終えた木山の両親から聞いた。


 木山は、水上が去っていったその日、俺には一度も涙を見せなかったのだがその日、俺と別れたあと、部屋にこもったっきり一日中部屋から出てくることなく、ただひたすらに泣き叫んでいたという。


 そ、そんなの嘘だよな?……嘘に決まっている! だって俺の前では一度も泣こうともしなかった冷徹の女だったんだぞ?


 当時、その理由を両親がこっそり木山に訪ねていたらしく、娘からのお願いで俺には言うことが出来なかったらしい。「修ちゃんはね……泣き虫な女の子は、きらいだと思うんだ! だから! 瑠璃ちゃんに負けないように私は、修ちゃんの前では絶対に泣かない! そう、決めてるんだ!……でもね! 修ちゃんはね、多分、瑠璃ちゃんのことがきっと大好きなんだと思うの。だから、あんなに泣いていたんだと思う……そんな修ちゃんと瑠璃ちゃんが私は大好きなの……」


 そういうことを両親には話してくれていたらしい。


 なんだよ……それ……。


 俺は、床に崩れ込むと、木山に対する思いのまま、本気で、大声で、周りを気にせずにとにかく泣き叫んだ……。


「うわぁあぁあぁぁあぁぁあぁぁあ〜〜!! さくらぁぁぁあ〜〜! 本当にごめんなぁぁあ〜〜!!…………俺、俺、俺って一体、なんてバカやろうなんだろうなぁ?……」


 胸が張り裂けそうになるくらい、激しい胸痛と激しい憎悪感に俺は、何度も、何度も駆り出された……。


 ♦︎


 そして、その翌日……安楽会館の館内にて俺と水上は、二人並んで静かにお香をあげては、木山を天国へと見送った……。


 それから俺たち二人は、喪服のまま、昔三人でよく遊んでいた思い出の公園へと向かった。


 目的は、ただ一つ。


 幼い頃に三人で埋めたタイムカプセルを10年ぶりに掘りに返しに行くためだった。


 しかし。その公園は、もうすっかり取り壊されてしまい、今では、高級住宅街になっていた。


 残念がる俺のことを水上が励ますと、しばらくして水上が何処からか何やら一人のおじちゃんを連れて来てくれた。


 そのおじちゃんこそが、当時のここの公園の現場責任者であり、今では、そこら一帯の地域を見守る町内会長さんだった。


 おじちゃんが、一つの段ボール箱を持って来ては、それを大事そうに俺たちの前にゆっくりおくと、中から見覚えのあるオモチャの缶缶が取り出された。


 それは、俺たち三人が当時埋めていた、錆びで劣化しまくっている、ボロボロのタイムカプセルだった。


 俺と水上は、10年ぶりにそのタイムカプセルを開いた……。


 驚いた。当時、俺が想いを寄せていた人と俺は、同じ考え方をしており、二人ともお互いに渡したかった大切なオモチャを入れていた。10年ぶりにそれを交換するつもりだったのだろうか……。


 20歳を迎えた俺たちは、二人でゆっくり顔を見合わせては、お互いにオモチャを手に取ると照れ臭くも笑った……。


 そして。いよいよ、木山が埋めていたタイムカプセルの中身を見る順番が回って来た。


 その当時、木山の恋人だった俺が代表して、カプセルの中身を開けることとなった。


 俺は、手の震えを抑えながら、慎重に、慎重にそのタイムカプセルの蓋を開いた……すると、中に入っていたのは、"一枚の紙切れ" だった。


 四つ折りにされていたその紙切れを開いて見ると、そこには、幼少期の時に三人で遊んでいた風景がお世辞でも上手とは言えない画力で描かれていた。


 きっとこれは、木山が想像しながら描いたものだろう……。


 木山は、運動神経は昔からずば抜けて良かったが、学力や芸術面などは、はっきり言って皆無だった。


「嘘だろ……?なんだよ、このヘッタクソな絵はよ……なぁ?アイツさぁ……なんで、こんなに、不器用だったんだろうなぁ……」


「ええ……ほんと、そうね……本当に、不器用で、本当に、素敵で、本当に、愛らしい子」


 俺たち二人は、木山が残してくれたその絵を見ては、静かに泣きじゃくるのだった。

 

 ♦︎


 それから数10年の時が経過し……。


 現在、病院のベッドで90歳を迎えた俺は、自分の心臓が今にも老衰で止まりそうだ……。


 しかし、今でもその当時のことをはっきりと思いだすことが容易に出来る。


 なぜなら……俺の生涯で、何ごとにも変え難い、一番大切な思い出だから。


 俺は、まだ結婚もしていなかったので、少人数の身内から見守られている中で、ひっそりと静かに息を引き取った……。


 さくら。随分長い間待たせたね。今から俺もそっちに行くよ……さくら。愛している……。


 そっちで、結婚しよう……。


 〜fin〜


 ♦︎ ♦︎ ♦︎


 皆さん、ありがとうございます。


 ずっと書きたくてしまっていたもの、ようやくこうして書くことが出来ました。


 これも、皆さんのおかげです。ありがとうございます!


 これからも、NEET駅前をよろしくお願いします。


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