第28話 女子寮

 なんとか二人とも風呂にのぼせてくれたおかげで、俺の貞操は守られた。


 なんだかフラフラ状態で風呂を上がった深山先生と桜田はリビングのソファで扇風機に当たりながら「「はわわ~」」と目を回していた。


 とりあえず冷蔵庫からありったけの氷を取り出してポリ袋に詰め込むと彼女たちの頭に置いてやり自室へと戻ることにした。


 彼女たちは気の毒だが、これで今晩のところは襲われることはないだろうと少し安心もする。


 自室に戻りベッドに横になった俺は考える。


 このままだと取り返しのつかないことになる。


 彼女たちが俺を女性慣れさせようとしてくれている気持ちだけは嬉しいが、これだと女性慣れ以前に教員人生が幕を閉じる。


 桜田と良からぬ関係になったら一発解雇どころか社会的に終了なのも当然ながら、深山先生とだって、この国内屈指のお嬢様学校、聖桜学園の教員同士で大人の関係になっているなんてバレたら理事長も保護者たちも黙ってはいないだろう。


 女性慣れというリターンに対してリスクがあまりにもデカすぎるのだ。


 とはいえ俺は彼女たち、特に桜田の持っている写真によって脅されている。


 あぁ……俺のバラ色の教員生活が崩壊していく……。


 が、俺はそれを打開できるような物は何も持っていない。


 お嬢様学校という場所で庶民の俺は、とんでもない形で格差社会を痛感させられることとなった。


※ ※ ※


 そして翌日がやってきた。今日も今日とて生徒たちからひそひそ話をされながら、なんとかメンタルを保って授業を終えた俺は、これまた今日も今日とて生徒たちに出した小テストの採点を教室で続けていた。


 あぁ……いつになれば俺の体から童貞臭が取れるのだろうか……。


 良くも悪くもこれまで散々、深山先生と桜田との特訓を続けてきたのだ。俺なりには多少は女性慣れしてきたという自覚はある。


 が、生徒たちの反応は改善するどころか悪化しているような気がしなくもない。


 時折声をかけてくれる生徒たちは皆どことなくそわそわしているし、俺が話しかけるとおどおどしており怖がられているような気もする。


 明らかに俺は生徒たちから避けられているような気がするし、そんな彼女たちに強引に話しかけることも彼女たちをさらに怯えさせかねない。


「はぁ……どうしたものやら……」


 なんて頭を抱えていると俺のポケットのスマホがブルブルと震える。ポケットからスマホを取り出すと画面にはLONEの通知が表示されていたので開いてみると『桃』の文字が表示された。


 どうやら桜田からのメッセージのようだ。


 あ、ちなみに俺の名誉のために言っておくと、俺が彼女のLONEアカウントを知っているのは彼女から例の写真で脅されたからである。


 基本的に俺は生徒のアカウントを聞くことも聞かれて教えることもしない。


 が、教えなかったら社会的に死ぬ以上教える以外の選択肢がなかっただけだ。


『先生、今日の夜、私の部屋に遊びに来てください』


 あー怖い怖い。


 さらっととんでもないことが書かれたメッセージに戦慄が走る。


 いやいや私の部屋って女子寮だろ? 女子寮に男性教諭である俺がどうやって入ればいいんだよ。


 が、彼女のメッセージには例の車内のセクハラに見える写真が貼り付けられており、それが提案ではなく命令であることがはっきりとわかった。


 とりあえず彼女に『バレたら死にます(社会的に)』と返信すると、数秒後に『じゃあ22時に窓を開けておきますのでそこから入ってください』と返ってきた。


 意思疎通ができているようで完全にすれ違っているメッセージを眺めながら絶望的になる。


 直後、女子寮の間取り図のような画像が送られてきて、おそらく彼女の部屋である場所が赤く塗りつぶされていた。


 はぁ……行きたくねぇ……けど行かないわけにもいかねぇ……。


 そのメッセージを受け取ってから夜22時までの記憶はあまりない。


 うっすら覚えているのは深山先生の作ってくれたご飯を無の表情で食べていたことと、反応のない俺を良いことに彼女が何度もキスをしてきたことぐらいだ。


 あとやたらとビールを勧められて5本ぐらい飲まされた。


 いや、いったい何本ビールを溜め込んでるんだよこの人。


 そんな疑問を彼女にぶつけたところ彼女は「ビールなら実家から無限に送ってもらえますよ?」と押し入れに缶ビールの入った段ボールがぎっしり詰まっているのを見せてくれた。


 ということで、時刻は22時。とりあえず侵入したり逃げたりしやすいジャージに着替え終えた俺は自宅というよりは深山先生の家を出た。


「いっぱい楽しんできてください」


 と、事情を知らないはずの先生に、まるで全てを知ってるかのごとく笑顔で送り出してもらい女子寮へと向かう。


 といっても真正面から寮に向かえば不審に思った職員に声をかけられる可能性が高い。だから、不審者のように辺りをきょろきょろと眺めながら女子寮の裏庭の茂みに隠れて彼女の部屋へと向かう。


「い、痛ててて……」


 どうやら茂みにはトゲの付いた雑草が大量に自生していたようで、泣きそうになりながら茂みを進むとようやくそれらしき窓を見つけた。


 それはそうと深山先生に飲まされた酒が回ってきたせいで少しフラフラする……。


 ということで細心の注意を払って窓へと近づくと、開けっぱなしになっている窓をこっそりと覗き込んだ……のだが。


「やだっ!! お姉様っ!! そんなところを触られたら私……もう……」

「あら? そんなことを言いながらビクビク体を嬉しそうに震わせますのね?」

「お、お姉様……」


 窓を覗き込むとそこには聖桜学園の淑女二人が下着姿でベッドの上で抱き合っているのが見えた。


「…………」


 どうやら部屋を間違えたらしい……。


 ったくうちの学校の風紀はどうなってんだよ……と思いつつも俺も他人ひとのことをとやかく言えないような状態になってしまっているので、彼女たちはスルーして隣の部屋の窓へと移動する。


 その部屋の窓は閉まっていたが、今一度スマホの間取り図を見て窓の数を数えたところここで合っているようだ。


 ということでこっそりと窓を開いてみると鍵はかかっていなかった。きょろきょろと最後に周りを見回して誰にも見られていないことを確認すると部屋に忍び込むも。


「痛てっ!!」


 思っていた以上に窓が高い位置に設置されていたせいで、部屋に飛び降りると同時に右足を挫いてしまう。


 ホント……色んな意味で辛い……。


 が、あの写真で脅された以上、俺にはいかなる拒否権もない。ということで明かりの点いていない部屋で桜田の姿を探す。


「おい、桜田? 来たぞ」

「先生、本当に来てくださったんですね」

「おう、本当にさされたぞ」


 薄暗いがベッドの上に立っている? 桜田がぼんやりと見える。


「先生、入り口に電気のスイッチがあるのでそれを点けてください」

「はあ? それぐらい自分で――」

「点けてください」

「はい、点けます」


 なんだろう最近の俺は例の写真を見なくても、写真で脅されていることがわかるようになってきた。


 相変わらず拒否権のない俺は足下に気をつけながらドアの方へと歩いて行くと、壁に触れてスイッチらしきものを押す。


 直後、桜田の部屋は暖色のライトによってほのかに照らされる。


 目の前に広がるのは10畳近くありそうな広めの部屋だった。板張りの床とそこに並ぶこれまた木製のアンティークな机や本棚。


 これは上級生からのお下がりなのだろうか? なんて考えつつも桜田の立っていたベッドへと目をやった俺は我が目を疑った。


「なっ…………」

「せ、先生……酷いです……」


 なんてわけのわからん戯れ言を口にする彼女はベッドの上で吊されていた。


 いや、もう少し詳しく説明した方が良さそうだな。


 正確には高い天井の梁から一本のロープが垂れ下がっており、そのロープは彼女の背中へと伸びていた。彼女はそのロープによって後ろ手に縛られており、座ることができないようだ。


 いや、それだけならまだいい。いや、全然良くないのだけれど一番の問題は、彼女の身につけているブラウスのボタンは全て外れており、彼女の薄ピンク色のブラが露わになっていることである。


「いや、なにやってんすか……桜田さん……」


 そう尋ねるほかないよね?


 そんな俺の質問に桜田はニコニコと微笑みながら「実は……」と答える。


「実は隣の部屋に変態趣味の先輩が住んでいまして、その方に頼んで縛ってもらいました」

「そ、そうっすか……」


 なんだろう……その変態のお隣さんとやらに心当たりがありすぎる。


 妙に納得する俺をしばらくニコニコと眺めていた桜田だったが、不意に頬を赤らめるととろんとした瞳で俺を見つめる。


「先生、今宵は私をいっぱいお仕置きしてくださいね……」


 そんなことを言う彼女を眺めながら俺は思った。


 こんなのを誰かに見られたら過去最大級に言い逃れできないよなって……。

 

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