第14話 大きな荷物
私立聖桜学園へとやってきて最初の一週間が終わった。
あっという間の一週間だった……と言いたいところではあるが、なんというかこの一週間は色んなことがありすぎて体感として一ヶ月ぐらい経ったような心持ちである。
私立聖桜学園では基本的に土曜日に授業がないため、教員たちもやり残した仕事がなければ部活の顧問以外は休みである。
さて、土曜日がやってきた。
学生時代は土日は基本的に家にいてゲームをしたりとだらだらと過ごしていたが、ここは山に囲まれた私立聖桜学園である。
当然ながら近くにスーパーやコンビニのような便利な私設は存在しないため、平日の仕事を終わりにささっと買い物なんて不可能だ。
生徒たちは買い物なんてしなくても食べ物は手に入るし、最低限の日用品は購買部で手に入るのだが、教職員はそういうわけにはいかない。
そのため、土日になると多くの教員たちは1日2本往復する麓へと続くバスに乗って買い物にでかけるのが常らしい。
ということで土曜日を迎え、俺もまた買い物のためにバスに乗るつもりだった……のだが。
「そういえば先生って免許は持っていますか?」
金曜日の夜、いつものように俺の部屋にやってきた深山先生からそんなことを尋ねられた俺が「持ってますよ」と返すと彼女はポケットからなにやら鍵のような物を取り出して俺に手渡してきた。
「車を貸しますので、明日の買い出しよろしくお願いします」
彼女からそう言われた。どうやら今週の土日中に平日にやり残した仕事を終わらせなければいけないらしい。
正直なところ運転に慣れているわけではないので、丁重にお断りしておきたいところだが新入りの俺のために先生が色々と仕事を引き受けてくれているのも知っていたので断ることができなかった。
一応俺が事故を起こしても保険は下りるそうなので、若干の不安を抱きつつもキーを持って教員用の駐車場へとやってきた……のだが。
う、嘘だろ……。
先生から「黄色い車は私だけなのですぐに見つかります」と言われ色を目印に深山先生の車を発見した俺は言葉を失った。
そこに鎮座していたのは誰もが知っている超高級外車であった。
慌ててポケットからキーを取り出すと、今更ながら鍵に某外車のエンブレムがついていることに気がついた。
スポーツタイプの高級車を目の前にして俺は思う。
俺が思っている以上に深山先生の家は大金持ちなのかも知れないと……。
しばらく高級外車を目の前に呆然と立ち尽くした俺だったが、すぐに我に返り車内に入るとエンジンをかける。
すると厳つすぎるエンジン音とともにメーターなどがLEDに照らされる。
よ、よし……出発するか……。
ということで高級スポーツカーとは思えないほどの、のろのろ運転で発進すると敷地を抜け出して山道を進んでいく。
とりあえず山はずっと一本道なので道なりに進んでいけば市街地に到着するはずだ。
この辺りは動物も頻繁に飛び出してくると聞いていたので、ハンドルを両手でがっちり握りながら安全第一で山道を下っていた……のだが。
運転をしながら俺は妙な違和感を抱いていた。というのも後部座席からなにやら気配を感じるのである。
ということで、その違和感の正体を確認するために俺は車を止めると後部座席へと顔を向ける。
後部座席には毛布にくるまれたちょうど人間が体育座りをしたぐらいの大きさの物体が鎮座していた。
初めは先生の私物だと思ってあえて触れないようにしていたのだが、やっぱり怪しすぎる……。
なんなら、その毛布はまるで人間の呼吸のように規則的にわずかに膨らんだりしぼんだりしている。
いや、怪しすぎだろ……。ということで、おそるおそる右手を伸ばすと勢いよく毛布を引っ張った。
「なっ…………」
そして俺の眼前に現れたそれを見て心臓がとまりそうになる。
そこにいたのはシートの上でちょこんと体育座りをして寝息を立てる少女の姿だった。
少女の身につけた紺色のワンピースからはストッキングに覆われた足が伸びており、その奥に白いパンツが見えてしまっている。
白いベレー帽を頭に乗せた少女はドアに寄りかかって相変わらず寝息を立てており、俺のことに気づいていない。
あ、ちなみにその少女というのは我が2-Bの可愛い教え子、桜田桃である。
いや……なんで……。
なんでこんなことになっているのか全く理解できないが、とにかくのっぴきならない事態に「おい……」と彼女の体を軽く揺すると、桜田の閉じた瞼がぴくぴくと動いてからわずかに開いた。
「…………あ、先生……着きましたか?」
「いや、着きましたかじゃねえよ。なんでお前がここにいるんだよ……」
なにがどうなればこんなことになるんだよ。
いや、その前に。
「とりあえず目のやり場に困るからパンツを隠せ」
そう忠告すると彼女は一瞬なにを言われたのか理解していないようだったが、すぐにはっとした顔をすると頬を真っ赤にして足を下ろすとスカートを両手で押さえた。
「も、もしかして見ました?」
「不可抗力だよ」
「興奮……しましたか?」
「いや、興奮している場合じゃねえんだよ。こっちとしては……」
そんな俺の言葉に桜田は少しだけつまらなさそうな顔をすると俺から顔を背けた。
「おい、どうしてお前がここにいる」
「そ、それはその……さる人に街に出たいとお願いしたらこの車で待機していれば連れてってくれると言われたので……」
いや、さる人ってもう一人しかいねえだろ……。
なるほど、よくわからんが深山先生がなにかしら良からぬことを考えていることだけはわかった。
「とりあえず、学校に帰ろうか?」
「私、先生とデートがしたいです」
「いや、そんなことしたら一発解雇だよ」
さらっととんでもないことを言う桜田に肝を冷やしながらも車をUターンさせようとしたら、不意に彼女はスマホの画面を俺に見せてきた。
「先生、私、先生とデートがしたいです……」
そこに映し出されていたのは例の深山先生とのキス写真だった。
いや、本当にやめて……。
こんなものが学内に流出したらそれはそれでマズい……。
桜田からの脅しにガクブルしていると、彼女はなにやら身を乗り出して俺の頬に触れてきた。
「先生……そんなにデートがバレるのが怖いですか?」
「怖いなんてレベルじゃない」
「だとしたらそれは杞憂です。先生は安心して私をデートに連れて行ってください」
「いや、杞憂じゃねえよ」
「いえ杞憂です。もしも不都合なところを他の先生に見られてしまったとしても先生は絶対にクビにはなりません」
「なんでだよ……」
わけのわからん自信を口にする桜田に首を傾げていると、彼女は頬に触れていた手を顎へと移動させるとにっこりと微笑んだ。
そして。
「私のパパは大臣ですよ? いざとなればいくらでも揉み消せます」
あ、こっわ……。
そこで俺は思いだした。俺が勤めているのが国内屈指のお嬢様学校、私立聖桜学園であることを。
「それ……本気で言ってるのか?」
「本気ですよ。パパにバレるのは少々面倒ですが、この程度のスキャンダルであれば宮下に頼めば簡単にもみ消してくれます」
宮下というのはよくわからないが、桜田の便利屋的な人物だろうか。
なんというか政界の闇を見た気がするが、とにかく何かあっても俺のことを守ってくれるつもりらしい。
いやいやそういう問題じゃない。
「そういう問題じゃないの。教師と生徒がデートなんてしちゃだめなんだよ」
「そうですか……ならば残念ですがこの画像を宮下に見せて」
「おい、止めろっ!!」
その宮下とやらに画像を見せられるととんでもないことが起きそうな気がする。
「先生、私、先生とデートがしたいです。可愛い生徒の頼みなんだから叶えてくれますよね?」
「…………」
どうやら俺に拒否権はないらしい。
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