第12話 致命的な欠陥

 なんというか疲れた……。


 教師になってまだ二日しか経っていないにもかかわらず、俺の精神はもう限界に近づいています。


 が、俺にはこの精神的な疲労の原因がよくわからない。


 可能性の一つは新しい環境に飛び込んだこと。ただでさえ俺は新任の教員である。


 もちろん夢が叶ったことは嬉しいし、これからももっともっと頑張ろうとは思っているけれど、少々気合いを入れすぎたというか肩に力が入りすぎた可能性は否めない。


 が、多分どっと疲れがきた理由はこれだけではない気もする。


 だったらどうして疲れているのだろうか?


 そう考えたとき、俺の頭の中に二人の女性の顔が浮かんだ。


 あぁ……頭が痛い……。


 頭を抱えつつも学校裏のおんぼろアパートへと帰ってきた俺は、ポケットから例の鍵を取り出すとそれを鍵穴に差し込もうとした……のだが。


 ん?


 そこで俺は気づく。なにやら鍵穴から明かりが漏れていることに。


 あ、説明を忘れていたが、うちのアパートのドアはおんぼろすぎて鍵穴から中を覗くことができる。そのため室内で明かりがつくとこんなふうに鍵穴から光が漏れるのだ。


 相変わらずのおんぼろさに思わずため息が出るが、すぐにため息を吐いている場合ではないことを思い出す。


 今朝、部屋を出るときは間違いなく電気は点いていなかったはずだ。夜寝るときに電気を消して、朝はカーテンをとりつけていないせいで明かりをつける必要もない。


 ってか、部屋の中からテレビの音が聞こえるし……。


 その異常事態におそるおそるドアを開けると、俺の視界に六畳間の光景が広がる。


 そして、その中央で女の子座りをしながらテレビを眺める見覚えのある女の姿が見えた。


「あ、細川先生、おかえりなさいっ!!」


 俺の帰宅に気づいたもこもこのパジャマ姿の先生は、悪びれる様子もなく笑顔で俺に手を振ってくる。


「いやいや深山先生……どうしているんですか……」

「ごめんなさい。実はお古のカーテンを見つけたので細川先生にプレゼントしようと思ったのですが、不在だったのでつい……」

「え? あ、それはありがとうございます……」


 素直にお礼を言って良い状況かはよくわからんが、とりあえずカーテンがついているのはありがたい。


 いやいや、それ以前に。


「どうやって入ったんですか? 鍵をかけて出たはずですが」

「鍵?」


 と、なぜか鍵という簡単な単語を理解してくれずに首を傾げる先生。そんな彼女に例の鍵を見せると彼女はなぜかクスクスと笑い、立ち上がるとこちらへと歩み寄ってきた。


 どうでも良いけど先生からはシャンプーの甘い匂いが漂ってくる。


 首にタオルをかけた彼女は「もしかして先生はまだ知らないんですか?」とわけのわからんことを尋ねてきた。


「知らないって……なにがですか?」


 と、尋ねる俺の手を引くと彼女は俺を連れてアパートの外に出る。どうやらしっかり風呂で温まったようで先生の手は温かい。


「先生、部屋に鍵をかけてみてください」

「はい?」

「いいからかけてみて」


 とせがんでくるのでわけもわからず、鍵をかけると先生はドアをがちゃがちゃさせた。


 当然ながらドアが開くはずはない。


「そりゃ開かないでしょ」


 至極真っ当な俺のツッコミに先生は「ちっちっ」と人差し指を顔の前で左右させた。


 彼女は履いていたスリッパを一足脱ぐと、片足立ちしたままそのスリッパでドアノブを叩く。


 いや、なにやってんの……。


 先生の奇行をぽかんとしながら眺めていた俺だったが、彼女が再びドアノブを捻るとあっさりとドアが開くのを見て、我が目を疑う。


 う、嘘だろ……おい……。


 愕然とする俺に先生は「部屋に戻りましょ?」と再び俺の手を握る。


 いや、鍵の意味……。


 想像以上のおんぼろぶりを改めて知ることとなった俺だが、なんだか色んなことをうやむやにされながら部屋へと戻る。


「はい、じゃあ先生、座ってください」


 と、座布団を敷かれたのでとりあえずその場に腰を下ろしたのだが、腰を下ろした瞬間俺は先生に押し倒された。


「ちょ、ちょっと先生っ!?」


 思わずそう叫ぶが、その直後俺の唇は深山先生の唇に塞がれる。


「んんっ……んん……」


 彼女のしっとりとした柔らかい唇を押し当てられ体から力が抜けていく。


 マズいことなのはわかっているのだが、その柔らかい感触と先生の漏らす吐息の声に抵抗ができない。


「んん……龍樹くん……」


 なんて俺の名前を呼びながら唇を交わした先生は20秒ほどでようやく俺から顔をわずかに離す。


 が、依然として先生は床に手をついたまま倒れる俺の顔を間近で見つめていた。


「み、深山先生……やっぱりこういうのは……」

「女性になれるためには実戦あるのみですよ? それともそろそろ次のステップに進みますか?」

「いや、だからマズいですって……」

「マズいと言いながらしっかり私の唇の味を確かめていたじゃないですか?」

「…………」


 なにも言い返せない。


 そりゃこんな可愛い女の子にキスをされたのだ。瞬間的に理性を失って口づけを受け入れてしまうさ……。


「先生、またほっぺが真っ赤ですよ? かわいい……」


 そう言って俺の頬を指先でツンツンすると先生は起き上がってもとの女の子座りに戻った。


 そして、テーブルに置かれた二つの缶ビールを両手に持つと、片方を俺に差し出す。


「まあとりあえずは何も考えずに飲みましょ?」


 なんてまたうやむやにされた感は否めないがとりあえずはプルタブを開けて先生と乾杯した……。


 悔しいけれど仕事帰りのビールは最高だ……。


 ということでビールを喉に流し込んでいた俺だったが、根本的な問題はなにも解決していない。


 同じくビールを喉に流し込みご満悦顔で「プハー」と口の周りに泡の髭を作る深山先生を眺めながら俺は考える。


 俺はどう考えても女の子にもてるような顔も器量も持ち合わせていない。そんな俺のことを出会ってたった二日の彼女が好きになるはずはない。


 そう、彼女は優しい上司だから自分の体を使って、俺に女慣れさせようとしてくれている。


 その気持ちは本当にありがたいし、頼りになるとは思うけれど、さすがにやり方が少々……いやかなり過激である。


 どう考えても付き合ってもいないのにこんなことをするのは不健全だし、彼女は自分の気持ちを犠牲にしすぎである。


 だから、今日ははっきりと先生にこういうことは止めましょうと言わなければならないのだ。


「あの……深山先生?」


 だから俺は座布団の上で正座をすると彼女へと体を向ける。


 が、


「あ、先生、実は良い物を持ってきたんです」


 そんな俺を無視するように先生は嬉しそうに笑みを浮かべると、そばに置かれていた手提げ袋からなにかを取り出した。


「ん? これって……」

「スーパーファミ○ンですっ!! これ実は中に何本もソフトが内蔵されているやつなんです。先生、酒のあてに一緒にプレイしましょ?」


 なんて上機嫌でそんなことを言うとテレビにゲーム機を繋ぎ始めた。


 いやいや流されてはいかん。


「いや、そうじゃなくて先生」


 声をかけてみるも四つん這いでテレビに線を繋いでいた先生は「まあ、まずは童心に戻って二人でゲームを楽しみましょ?」と相変わらず受け流してきた。


 はぁ……これはなかなかの強敵である……。


――――――――――

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