出発の前に
「おい、クソガキ」
ニラムが「それじゃあ私は見回りだからー」とカンテラとハルバード片手に出て行った後。
足元で今日一日の相棒となったラフィを待たせつつ、ハンカチ、財布、水筒を入れたカバンを背負っていざ、おつかいへ! と気合いを入れたアランを止めたのはリオンの声だった。
いつも通り、名前ではなくクソガキ呼びをしてくるリオンに青筋を立てながら、思いきり否定してやろうと振り返る。
「なんだ俺はクソガキじゃ――」
ずい、と。
目の前に布で包まれた四角いなにかを差し出されて、出鼻をくじかれる。
目を白黒させてそれを見つめていると、リオンは受け取れとばかりにそれを軽く上下に振った。
「ほれ」
「こ、これは」
とりあえず両手で受け取るアランに、彼は腰に手を当てながら「弁当」と一言。
まさかリオンが自分のために弁当を作ってくれるとは思わず、アランはさらに目を白黒させる。
そんな少年にリオンは「勘違いすんなよ」と一言付け足す。
「それはお前さんへの追加のお使い。差し入れだよ、差し入れ」
「差し入れ?」
「そう。これから行く鍛冶屋のジイさんとそのお孫さんにな」
「な、なんだ、そういうことか」
リオンが自分に差し入れなどおかしなことだったのだと、アランは少し胸を撫で下ろす。
「びっくりしたぞ。お前が俺に弁当を作るなど、おかしいことだと思ったんだ」
その言葉に、自分より頭二つ分は小さな背丈を見つめながら、リオンは少しだけ何かを耐えるように口を引き絞った。
いったいどうしたのだろうとアランが見上げると、リオンはすぐになんとも言えない表情を消し去っていつもの飄々とした笑みを浮かべる。
「……そんじゃ、よろしくなぁ。俺もこれから用事だから」
「お前も見回りか?」
「いや、ポーカー誘われてるから酒場ー」
首を傾げたアランに、リオンは頭の後ろで手を組みつつ答える。
ギャンブル! まさか昼間から――この国はずっと夜だが――ギャンブルに興じるとは思わず、アランは目を丸くした。
ニラムの言ったプータロー発言が補強されてしまった。
いや、そもそも、年若い少女の家に押し掛けて「家事炊事をしてるからプータローではない」と言い張るのはかっこ悪いことこの上ない。
先日、暴漢相手に大立ち回りを繰り広げたヒーローのようなカッコ良さはどこへ行ってしまったのか。
「お、お前、いい大人としてのプライドはないのか!?」
「大人なんて図体がでかいだけの子どもと変わんねぇよ。知恵がついて自分本位に動ける分、子どもよりタチが悪いけどな」
思わず吠えるように投げつけた問いに、いけしゃあしゃあと答えるリオンの姿に、アランはあんぐりと口を開けてしまう。
「……お、お前、鏡を見たことはあるのか?」
「あるぞ。毎日見てる。じゃなきゃこんな色男保てねぇよ」
不敵な笑みを浮かべる男に、アランは開けた口をパクパクと動かし何事か言おうとするが、その言葉のほとんどが虚空に消えていく。
「ギャンブラーなところで全て台無しだ!」
「なんだよ、元お貴族様ならギャンブルは嗜みだったろ」
なんとも言えない、とにかく呆れたという感情を一旦飲み込んでやっと出てきた言葉も、リオンは肩をすくめ、そう返すばかりでまったく効いた様子がない。
とはいえ、さすがに貴族が行うギャンブルと彼の浪費癖を一緒にされては堪らないと、まだまだ彼の中に残っている元貴族のプライドが、アランに正論を叩き出させた。
「確かに嗜みではあるが、あれはあくまで余った金で周囲に己が財力を示すためにやるものだ!! 金が余るどころか足りないお前みたいな者がやるべきではない!!」
「そーっすか……」
リオンはその言葉にスッと視線を逸らす。図星を突かれたような表情に、「勝った」という感情が一瞬湧き上がるが、すぐに虚しさへ変わって霧散していく。
そんなアランに背を向けて、リオンは手をひらひらと振った。
「そろそろ時間だから行ってくるぁ。じゃー、お使いがんばれよー」
「あ、逃げるな! このプータロー!! というか、その金はまさかニラムのものじゃないだろうな!?」
明らかに逃げの体制に入ったリオンの背中を追いかけて、弁当片手に外に飛び出したアランは、ふと浮かんだ疑念を投げつける。
もしそうならば大変な事態である。早急にこの男をこの家から排除しなければなるまい。
疑心に満ち溢れているアランの言葉に、リオンは振り返るとニヤッと笑みを浮かべて、手のひらサイズの小袋を見せる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。こないだの、あー……なんだ? ラルなんとかからスッたやつだから」
脳裏にあのときの戦いが浮かび上がる。吹き飛ばされる大男と、そんな相手の背後を取ったアランの姿。
「お前っ、あの戦いの中でそんなことを……!?」
いったいどこにそんな暇があったと言うのだろうか。というか、それを聞いてしまったせいで、カッコいいと思っていた戦いの光景に、途端にノイズが入るようになってしまった。どうしてくれるのだこのプータローと、アランは悔しさから拳を握りしめる。
そんな二人を見上げながら、ラフィが「わふぅ……」と深くため息を吐いた。
「じゃーなー」
一人と一匹の呆れた視線を受けながら、リオンは意気揚々とギャンブルへと繰り出していく。
アランは諦めて肩を落としつつ、その背中を見送ってから世界は理不尽だと呟いた。
「なんであんなプータローがあんなに強いんだ……」
「わふ」
その疑問に同調するようにラフィも短く鳴いた。
星屑のカンテラ Ayane @musica0992
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