第52話 ダンジョンに行きましょう


「では、お店をお願いしますね」


 ダンジョンに向かう当日、早朝。

 ルーファスが運転するキャンピングカーの助手席でリリは皆に手を振った。

 雑貨店『紫苑シオン』の前で、心配性の使い魔たちは口々に見送りの言葉をかけてくれた。


「気を付けてくださいね、リリさま」

「ナイト、リリさまのことを頼んだぞ」

『当然。ボクを誰だと思っているのさ?』


 賑やかに送り出してくれるクロエとセオ。

 ネージュだけは寂しそうな表情でリリのことを黙って見上げている。


「ネージュ? 大丈夫ですよ。ルーファスとナイトがいるし、危なくなったら、すぐに魔法のドアで帰ってきますから」


 宥めるような口調になってしまったが、耳にしたネージュは瞳を細めて、少しだけ口角を上げた。


「……いってらっしゃい」


 囁くような声音で絞り出すように言うと、ネージュはぱっと身を翻した。姉であるクロエの背後に隠れるようにして、こちらをちらりと見つめてくる。

 リリは小さく笑うと、窓から身を乗り出して手を振った。


「いってきます!」


 ルーファスが車を発進させる。

 休日のたびにキャンピングカーを乗り回していたルーファスはいつの間にか、運転技術が上がっていたようで、とても快適だ。


 ダンジョンまでは車で三時間ほど。

 到着するまでの暇つぶしとして、リリはこの世界の本を眺めて過ごすことにした。

 まずは、これから赴くダンジョンについて記された本を開く。


「ダンジョンは主神さまからの贈り物ギフト……?」


 冒頭のっけからインパクトのある文章にかち合った。興味深く読み進めていく。

 この世界の成り立ちはダンジョンなしでは語れない。

 はじまりは、何もない荒野。これでは数多の生命いのちを育むことができない。

 そのため、この地を治めることになった神がダンジョンを造った。

 魔素を糧に魔物や魔獣を生み出し、それらを倒した者に力と資源を与える。

 そのための装置として、大陸中にダンジョンを造ったのだ。


「魔獣は肉や毛皮、牙などの素材を落とす。核となる魔石は魔力の塊だ。こちらも大切な資源である。……なるほど、それがドロップアイテムなのですね」


 ダンジョンで魔獣や魔物を倒す、勤勉な者に恵みを与えるためのダンジョン。

 素材や資源だけでなく、生活に役立つ魔道具なども稀にドロップするらしい。ゴーレムなどの特殊な魔物は希少な鉱石も齎してくれる。

 

「スキルや魔法のスクロールはダンジョンの下層でしか手に入らないのですね」

『シオンさまはダンジョン攻略が趣味だったから、大量のスクロールを手に入れていたんだ』


 リリの膝に丸まった黒猫が喉を鳴らしながら教えてくれる。楽しそうにハンドルを握るルーファスも口を挟んできた。


「そうだな。シオンほどの魔法とスキル持ちは他にはいないだろう。スクロール集めは、もはや趣味の域に達していたからな」

「そうなんですね。意外です」


 リリの記憶にある曾祖母はおっとりと上品に微笑むチャーミングな老婦人だ。趣味でダンジョンに潜るアグレッシブな彼女は想像がつかない。


『でも、そのおかげで貴重な【鑑定】と【翻訳】のスクロールをリリに遺せたんだよ?』

「そうでした。ありがたいです。【翻訳】スキルがなければ、異世界で暮らすのはもっと大変だったでしょうね」


 言葉が通じない国で旅をするのも一苦労なのに、そこで住むなんて、考えただけでもぞっとする。

 

「それに、ナイトとこうやって話せないのは寂しいです」

「いや、ナイトとは念話で交流ができたと思うぞ?」

「えっ、そうなのです?」


 きょとんとするリリにルーファスが教えてくれた。

 念話は厳密には言葉ではなく、思念に近いものだから、【翻訳】スキルなしでも通じるらしい。

 

「ちなみに俺も念話スキル持ちだ」


 ドヤっと笑うルーファスはそれをアピールしたかったらしい。リリは華麗にスルーして、再び本に視線を落とした。

 ダンジョンの成り立ちから、使用方法まで多岐にわたって説明されている。


「冒険者ギルドの組合員なら誰でもダンジョンに挑めるのですね。特にランクなども問われない、と」

「そこは自己責任というやつだ」


 ふむふむ、と頷きながら読み進める。

 ダンジョンに入るには入場料が徴収されるとあった。銅貨1枚。千円とは、かなりお安い気がする。


『あまり高値を付けると、冒険者が入ってくれなくなるからね』


 ダンジョンが過疎化すると、溜まった魔素が悪さをするらしい。所謂いわゆるスタンピードという、魔物の氾濫が起こるのだ。

 それを恐れた国が、冒険者をダンジョンへと積極的に誘致しているらしい。


『ダンジョンで手に入れたドロップアイテムを冒険者が売った場合の税金は、一割にしてくれているんだよ』

「一割? 商業ギルドは売上の二割を税金として徴収していますよ?」


 雑貨店『紫苑シオン』もしっかり利益の二割を税金としてギルドに納めている。


『だから優遇なんだってば。おかげで、この国は冒険者に恵まれている』


 色々考えられているのだな、と感心する。


 あとはフィールドについての説明やダンジョンで採取できる薬草、その採取方法。ドロップアイテムの解説などが詳しく載っていた。


「面白いです」


 見たことのない形の薬草や、その効用について。採取方法も詳しく書かれていた。

 根ごと、そっと抜き取る必要がある薬草。新芽だけを使う薬草など、それぞれ採取する箇所が違っており、面白い。

 薬草採取依頼も一度は受けてみたい。


「魔獣図鑑もありますね」

『こまかく目を通しておくと、【鑑定】で詳細をることができるようになるよ』


 ナイトがこっそり教えてくれる。

 そういえば、そんなことも説明されていたような。


 ともあれ、読書はリリの数少ない趣味でもある。車に酔わない程度に休憩を挟みながら丁寧に読み進めていった。



◆◇◆



「リリィ、そろそろダンジョンのある集落に到着するぞ?」

「えっ、もう着いたのですか?」


 ちょうど最後のページを読み終わったところだ。慌てて顔を上げると、フロントガラス越しにぽつぽつと建物が見えてくる。

 集落というよりも、小さな街だ。


「まずは冒険者ギルドに行くぞ」

「はい、入場料を支払いに行くのですね」

『ついでに良さそうな依頼があれば、それも受けちゃおう』


 ナイトは物慣れた様子で提案してくれる。

 何度もシオンと通っていたからか。すっかり冒険者の立ち振る舞いを覚えてしまったようだ。


 冒険者ギルドは集落でいちばん大きな建物だ。周辺には冒険者が利用するための宿や食事処がある。


 街に入る前にキャンピングカーから降りると、ルーファスは【アイテムボックス】に収納した。

 馬車に見える魔法を掛けられてはいるが、下手に預けて盗まれたら困る。

 

「リリィのことだ。宿には泊まらないのだろう?」

「泊まりたくはありませんね。この世界の宿よりもキャンピングカーの方が断然、寝心地がいいと思います」

「それは俺も同意する」

『ボクも』


 もともとダンジョン内で泊まる予定だったのだ。

 曾祖母シオンから譲り受けた魔法のトランクの家は、安全地帯セーフティゾーンになると黒猫ナイトに教わっている。


『ダンジョン内にあるセーフティエリアにも魔獣や魔物は寄ってこないけれど、他の冒険者がいるからね。リリは魔法の家にいた方がいい』


 ナイトの提案にルーファスも大きく頷いた。


「ああ、そうだな。俺たちはともかく、リリィは危ない。野蛮な冒険者たちと同じ空気をリリィが吸うのは俺が耐えられない」

「二人とも過保護ですよ?」


 呆れはしたが、リリも魔法のお家で過ごすのは賛成だ。初めての野営はダンジョンよりも、安全で景色の良い場所で楽しみたい。

 

「では、行くか」


 しっかりとリリと手を繋いだルーファスが歩き出す。いつもより歩幅も小さく、ゆったりとした足取りなのは、リリに合わせてくれているのだろう。

 勇ましい顔付きでいるが、意外と細やかで優しいドラゴンに、リリは小さく笑った。



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