第51話 ボーンチャイナとクッキー


 思い付いたら、すぐに行動。

 曾祖母シオンのモットーである。


 もっとも、リリは行動できるほどの体力が無かったため、これまでは泣く泣く諦めたことが多い。

 でも、今は魔力で底上げされた体力と【身体強化】が付与された魔道具があるのだ。


「そんなわけで買ってきました」


 ホーンラビットのシチューを堪能した翌日。リリは一人でショッピングモールに買い物に出掛けた。

 購入したのは、ティーセットとクッキーだ。


「まずは、カップとソーサーを五客ずつをセットで。同じ柄のティーポットとシュガーポットも買ってみました」


 お試しで販売するので、まずは五セットを用意してある。

 お手軽な値段で手に入るボーンチャイナだ。

 象牙を思わせる柔らかな乳白色の器にはシンプルな絵付けがされている物を選んである。

 セット別にすべて色柄は変えてみた。

 

「英断ですわ、リリさま。たった一組のみ、という特別感にニンゲンは弱いと聞いたことがあります」


 うふふ、とクロエが楽しそうに笑う。黄金色の瞳はティーカップをひたと見据えている。

 ネージュも物珍しそうに、シュガーポットを覗き込んでいた。

 丸っこいフォルムが愛らしくて一目で気に入り、自分用にも買ってしまったので、この後のティータイムで披露してあげよう。


 セオはカップよりも、クッキーに夢中になっていた。

 業務用の大袋入りのクッキーなので、あまり味は期待していなかったのだけれども、味見をしたセオは気に入ったようだ。

 ナッツ入りのクッキーは瓶に入れて売ることにした。見栄えを良くするため、瓶口にリボンを結んである。


「これは売れると思います! このティーバッグと一緒に」

「ティーバッグは売れそう?」

「手軽に美味しいお茶を楽しめるので、需要はあると思いますよ」


 そう、今回はお茶会を開くご令嬢、ご婦人方をターゲットにしているので、簡単便利なティーバッグも仕入れてきたのだ。

 

『後片付けも楽になるから、意外と中流階級でも人気が出そうだね、それ』


 黒猫のナイトが思案顔で指摘する。

 クロエがああ、と頷いた。


「そうですわね。私たちには生活魔法がありますけれど、ニンゲンは魔法を使える者はごく一部ですものねぇ」

「……そうですね。ティーポットを洗うのって地味に面倒でした」


 濡れた茶葉がポットに引っ付くので、微妙に洗いにくいのだ。

 ティーバッグなら、その手間が省ける。


「上流階級の方たちは様式美を愛する人が多いので、ティーバッグは一般向けで販売しましょうか。お値段もお手軽にして」

「僕はそれがいいと思う」


 そんなわけで、翌日から雑貨店『紫苑シオン』の店頭には新商品が並んだ。



◆◇◆



「リリさま、リリさま! ティーセット完売しましたわ!」

「え、もう?」


 昼食の準備をしていたリリのもとに笑みを浮かべたクロエが飛びついてきた。

 オープンして、まだ二時間と少ししか経っていない。驚くリリに姉の後を追ってきたネージュも嬉しそうに頷いている。


「クッキーもあっという間に売れた」

「ふふ。リリさまが提案してくださった試食が好評だったのよ!」

「ん、美味しいから、味見した人は皆買ってくれた……」


 ふにゃり、と瞳を細めるネージュの姿を目にして、リリは嬉しくなった。

 感情に起伏が少ない彼女のことをこっそり心配していたのだ。ここで一緒に過ごすうちに、少しずつ笑顔が増えてきてホッとしたものだった。


「他のお客さまからティーセットを注文できないか、相談されましたの。どうしましょう?」

「そうですね。高額商品ですし、いっそ注文製にしましょうか」


 ティーカップとソーサーはセットで金貨一枚の値段を付けてある。強気の十万円だ。

 元値は一万円の品なので売れるか心配だったけれど、この世界の物と比べてもクオリティが高いために、あっという間に完売したようだ。

 カップとソーサーの購入客はもれなくティーポットとシュガーポットも揃えてくれたので、相当な儲けになってしまった。


(えっと、ティーセットは五客で金貨五枚。ポットもそれぞれ金貨一枚で値付けをしていたから、全部で金貨七枚の売上げね)


 1セットで七十万円。仕入れは六万円なので、六十四万円の儲けとなる。


「ぼったくってしまったかしら……?」


 不安そうに呟くリリをクロエは楽しそうに笑い飛ばしてくれた。


「まさか! 皆さま、とっても良心的だと、むしろ喜んでいました」

「そうなのですか?」

「王都で販売されている磁器はもっと高値らしいですわ。うちも値上げします?」

「まさか! この金額で充分です。ガラスペンと同じく、うちの稼ぎ頭になりそうですね」


 ワンピースなどの衣類も人気商品だが、ある程度の人々に行き渡れば、販売数も落ち着くだろう。

 ガラスペンは女性だけでなく、男性人気も高く、プレゼントとしても需要があるのだ。


「お茶と砂糖菓子、クッキーも消耗品なので、継続して売れそうですわね」


 クロエとネージュはすっかり従業員として馴染んでいる。

 人見知りのネージュでさえ、お店屋さんをするのは楽しいようだ。次々と商品が売れて、お金が増えるのが面白いらしい。


(頑張ってくれている皆にはお給料の他にボーナスも弾まないといけませんね)


 リリが用意する三食とおやつも気に入ってくれているので、それとは別にプレゼントを用意するのもいいかもしれない。


 と、ルーファスがキッチンに顔を覗かせた。くいっと親指で店舗を示す。


「おい。客が待っているぞ」

「たいへん! 行くわよ、ネージュ」

「ん!」


 バタバタと慌ててカウンターに向かっていった。

 ルーファスが二人の背中を見送りながら、呆れた風に嘆息する。


「忙しないな」

「完売したのが嬉しくて、大喜びで報告してくれたんです」


 リリは止めていた作業を再開する。

 今日のランチはパスタだ。

 ワイルドディア肉をミンチにして、ナスと挽き肉のボロネーゼを作っている。ナスは日本産だが、ガーリックとパセリは異世界産だ。

 コンソメにケチャップ、ウスターソースを使ったソースの良い香りがキッチンに漂っている。


「旨そうだ」

「期待していてください」


 ボロネーゼにポテトサラダとレトルトスープを添えると完成だ。

 お昼は店を閉めて、そろってランチを楽しむ休憩時間。

 十五分前にはルーファスが店のドアの前に立ち、客に一時間後の再開を案内することになっている。

 体格が良く強面こわもてのルーファスだと、ごねられることもない。

 たっぷり一時間を食事と休憩に費やして、三人と一匹はふたたび店に戻った。

 ボロネーゼのケチャップ味が口に合うかどうか心配だったけれど、美味しいと大喜びで食べてくれたのでホッとする。


「ケチャップ味もマヨネーズも大丈夫そうね。お米も食べられたし、お醤油と味噌の味も平気かどうか、確認しながら作らないと」


 異世界生まれ異世界育ちの皆と、日本人のリリでは味覚や好みが違う可能性も高いので、少しずつ大丈夫な食材や調味料を探っているところなのだ。

 どうせなら、美味しい食事を楽しんでほしい。


「さて。今日の報告メールと発注をかけに日本に戻らないと」


 生存確認メールを送り、宅配荷物も回収せねば。ボーンチャイナのティーセットもたくさん確保しておきたい。

 カタログ作りも手早く済ませなくては。

 ダンジョンに行く準備と並行する必要があるため、地味に忙しかった。

 無事にレベルも上がったので、転移ドアの登録も変更しなくては。


「魔法のトランクのお家はダメみたいだから、『紫苑シオン』の二階の空き部屋を登録しましょう」


 うきうきと弾む心地なのは、段々とダンジョンアタックが楽しみになってきたからだ。

 最初は怖かったけれど、森でのレベル上げで少しだけ自信がついたのだ。


(あの魔法の武器、クロスボウがあれば遠方から攻撃できるもの)


 レベルが4になってから、目に見えて身体の調子が良い。

 ダンジョンで集中的にレベル上げに勤しめば、かなり楽になることは明らかだった。


「それにナイトがダンジョンには美味しい魔獣がたくさんいるって教えてくれたし……」


 レベル上げだけでなく、そちらも楽しみなリリだった。



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