第50話 ホーンラビットのクリームシチュー
ホーンラビット肉は腹部の柔らかなバラ肉を使うことにした。脂肪と赤身部分のバランスがよく、煮込み料理に最適な部位らしい。
日本から持ち込んだレシピ本から選んだメニューはウサギ肉を使ったクリームシチュー。
じゃがいも、ニンジン、玉ねぎなどの具材を切るのはルーファスに手伝ってもらった。
「料理など、したことはないぞ⁉︎」
「大丈夫です。ほら、日本から持ち込んだピーラーがあるので、手を切る心配はありませんよ?」
「いや、手を切る心配はしていないのだが……」
「働かざる者食うべからず、です」
「……うむ、そうだな。努力する」
めっ、とリリが叱りつけると、赤毛の大男は意外にも素直にピーラーを手にした。
教えた通りに、じゃがいもの皮を剥くルーファスをリリは満足げに見やる。
鍛えられたことが明白な、無骨で大きな手を使って、根菜と格闘する姿がなんだか可愛らしい。
ふふ、とこっそり笑うと、リリは調理に戻った。
大きめのフライパンにバターを落とし、薄切りにした玉ねぎを炒めていく。
玉ねぎがしんなりしたら、そこに一口サイズに切り分けたホーンラビット肉を投入する。
綺麗なピンク色のお肉に火が通ったところで、大鍋に中身を移して、そこに白ワインを入れた。
続いて薄力粉と塩、黒胡椒を加え、粉っぽさがなくなったところで水を加えて弱火でしばらく煮込んでいく。
もう、このあたりでいい匂いがしてきた。
「リリィ、野菜の皮が剥けたぞ」
「ありがとうございます。では、皮を剥いたお野菜を一口サイズにカットしてください」
「一口サイズ……こうか?」
「それは三口サイズですね。もう少し小さい方が火が通りやすいと思います」
ドラゴンの考える一口サイズはかなり大きかった。リリは根気よく、見本を見せながらルーファスと一緒にキッチンに立った。
ちなみに頼れる筆頭使い魔の黒猫は、今は雑貨店のヘルプに回っている。
レジ待ちのお客さまが退屈しないように可愛らしく愛想を振り撒く役だ。大仕事である。
「切れたぞ、リリィ!」
「はい、切れましたね。ありがとうございます。助かりました」
嬉しそうに破顔する赤毛の大男をリリはきちんと褒めてあげた。
多少、不恰好な形をしていても煮込んでしまえば気にならない。味もしかり。
カットした具材を大鍋に投入して、火が通るまで中火で煮込んでいく。
ことこと、ことこと。大鍋の見張りはルーファスに任せて、リリは他のおかずを手早く作っていった。
運動は苦手だが、手先は器用なので料理とは相性が良かったようだ。
「リリィ、野菜に火が通ったぞ」
生真面目な表情で大鍋を覗き込んでいたルーファスがぱっと顔を上げて報告してくれた。
まるで大型の番犬のようで微笑ましい。
お礼を言って、鍋の中を確認する。
「いい煮込み具合ですね」
ここでコンソメとミルクを投入して、お玉で混ぜて見張る係を再びルーファスに任せた。
「弱火でことこと煮込んでくださいね」
「弱火でことこと」
まるで難解な異国の言葉を聞いた、とでも言いたげな表情で復唱するルーファスが面白すぎる。
この場にナイトがいたら、きっと盛大にからかって遊んだに違いない。
「とろみがついたら、チーズを入れましょうね。先日、ショッピングモールで購入した、ちょっと良いチーズなので、楽しみです」
「そうか。それは楽しみだ」
コンソメが溶け込んだクリームシチューの香りに、二人はうっとりと瞳を細めた。
「実はこのミルクとお野菜は、ジェイドの街の市場で買ってきてもらったものなのです」
魔素入りの食材なので、魔法を使う自分たちには格別に美味しく感じるはずだ。
薄力粉や調味料、白ワインは日本から持ち込んだものだが、メインの具材はすべて異世界産。
楽しみで仕方ない。
(あとは街のパンが美味しければ最高なのだけど……)
残念だが、異世界パンはリリのか弱いアゴでは立ち向かえそうにないので、日本のパンをシチューに添えた。
こちらも先日、ショッピングモール内のパン屋で購入した焼き立てのバゲットだ。
食べやすいように切り分けて盛り付けておこう。
メインの肉料理はホーンラビットのスペアリブにした。
それと、森で採取したキノコのオイル煮。ハーブを散らしてあるので、良い香りがする。
テーブルに並べたところで、『
「いらっしゃい。手を綺麗にしたら、さっそく食べましょう」
笑顔で皆を招くと、わっと歓声が上がった。
◆◇◆
賑やかな食卓を囲んで、リリは今日の狩りの成果を披露した。
えへん、と胸を張ってホーンラビットをたくさん狩りましたと報告したら、それは良い笑顔のクロエに頭を撫でられてしまう。
「すごいですわね! こんなに小さくて幼いのに、立派に狩猟ができるなんて」
「ん、さすがシオンさまの曾孫」
ネージュにまで、頭をよしよしされてしまった。解せない。
セオはさすがにリリに触れてこようとはしなかったが──視線を向けただけで警戒したナイトとルーファスに牽制されていた──代わりに、料理を絶賛してくれた。
「このシチュー、絶品! 口の中が幸せで溢れそう……」
ホーンラビットのクリームシチューは市販のルーを使わなかったけれど、魔素たっぷりのミルクのおかげか、濃厚でとても美味しい。
バゲットですくって食べると、格別だ。
「美味しい」
「ああ、旨いな。低ランクの魔獣肉でもリリィが調理すると天上の味わいになる」
「ルーファスが手伝ってくれたから、美味しくなったんですよ」
ふふ、と微笑みながら、リリはスペアリブに手を伸ばした。
ここはワイルドに手づかみで食べてみる。
シチューは薄力粉から作ったが、スペアリブは市販の焼肉のタレを使って焼いた時短料理だ。
タレに漬け込んでおいたのと、じっくりとオーブンで焼いたおかげで、こちらもとても香ばしく仕上がっている。
「おにく、おいしい……!」
ネージュはスペアリブが特にお気に召したようだ。
セオはキノコのオイル煮をおかわりしていた。
最高級品のオリーブオイルは曾祖母の家に届いていたお歳暮を使わせてもらっている。
やはり、品質の良いオイルは格別だ。
キノコのオイル煮にバゲットを浸しては幸せそうに頬張るセオ。尻尾が振られていて、微笑ましい。
食後のデザートはチーズケーキにした。
これもショッピングモールで入手したホールケーキだ。リリの分は『聖域』産のベリージャムを添えてある。
「ん、美味しい。街で買った野菜やミルクも魔素を感じたけれど、『聖域』で採取したベリーやハーブの方が魔素が濃いのですね」
『そりゃあ、精霊王が加護を与えた『聖域』だもの』
チーズが好物らしいナイトが瞳を細めながら、ケーキをあぐあぐと食べる。ルーファスなど、大きく口を開けて二口で完食してしまった。
クロエやネージュ、セオの三人は大事そうにお皿を抱えて、ちびちびと味わっている。
皆、それぞれ食べ方に性格が表れているようで興味深い。
「はぁ……この、チーズを使ったケーキ。美味でしたわ。以前にシオンさまに連れていっていただいた王宮で出されたデザートなんてお話にもなりませんわね」
「ん、甘ければ良し、で作られただけのゴミ」
ぼんやりふわふわした雰囲気のネージュの口から辛辣な感想がもたらされる。
王宮のデザートがゴミ扱いされるとは、この世界はスイーツ文化がまだ花開いていないようだ。
「……なら、お店でクッキーを出したら売れるでしょうか?」
「間違いなく売れるわね」
「売れるねー! むしろ自分で買い占めたいくらい」
「セオ、貴方の分は用意するから、買い占めはダメですよ?」
「はーい!」
大袋入りのクッキーを買ってきて、小分けにして紅茶や砂糖菓子のコーナーで販売すれば、茶葉もついでに売れそうだと思う。
「リリさま、それならティーカップも売りませんこと? 高値でもきっと売れますわよ」
クロエの提案に、ネージュもこくこくと頷いている。
ティーカップか。数を制限して売れば、良い儲けになりそうではある。
「やってみましょうか」
「値付けは任せてくださいまし」
「なら、クロエにお願いしますね」
雑貨店『
◆◆◆
前話(49.狩りました)にミスがありましたので、訂正してあります。
大まかな内容に変化はありませんが、こそっと読み直していただけると幸いです…!
◆◆◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。