盟約

「よし、俺の勝ち! って訳で……アルバには言うこと、聞いて貰うな」


 そう言って、遊星が続けたのは暁と『魂の誓約』を交わすこと――ではなく。


「暁と『魂の誓約』を交わして……万が一、俺が暁の魔力に呑まれて、あいつを抑えられなくなったら。俺を、殺して欲しい」

「……何ですって?」


 その言葉に、アルバは意味が解らず問い返した。そんな彼に、遊星が笑みすら浮かべて更にとんでもないことを言う。


「だって、俺が死んだら暁も死ぬんだろう? だったら魔王のあいつを殺すより、無抵抗な俺を殺す方が簡単だ」

「それはっ……だったら、最初からあいつを殺せばいいじゃないですか!?」

「嫌だ……それは、俺が嫌なんだ」


 子供が駄々を捏ねているような、それでいて駄々を捏ねる子供を宥めるような。

 どちらとも取れるようなことを言って、遊星がアルバの手を両手で包み込むように握る――祈るような仕種もだが、その手が震えていることに気づいてアルバは思わず息を呑んだ。


「……死ぬのは、怖い。たとえ生まれ変わるとしても、怖いものは怖い」

「遊星……」


 一度、異世界で死んだ遊星の口から語られた言葉は、だからこそ重かった。何と言って良いのか解らなくなったアルバの目を、真っ直に見据えて遊星が言葉を続ける。


「そりゃあ、俺は人間だから。またいつかは死ぬし、そうしたら暁も結局は死ぬんだけど……殺されるって言うのは、また違うだろ?」

「それは……でも……」

「……あと、これは本当に勝手なんだけど。アルバが暁を殺したら……アルバのことを、恨んじゃいそうだから。それも、俺は嫌だ」

「……でも、死ぬのは怖いんですよね?」


 頷きたくなくて、相手から出た言葉に必死に縋る。

 だがそんなアルバに泣きそうな表情で笑って、遊星は言ったのだ。


「怖いよ? でも、自分では怖すぎて死ねないから……アルバなら、この世界に転生した途端に死にかけた俺を助けてくれたお前なら、良いんだ」


 ……その存在自体を委ねられたからこそ、止められないと認めざるを得なかった。

 だが同時に、ある考えが脳裏に浮かび――躊躇する前に、アルバはその言葉を口にした。


「じゃんけんしましょう。勝ったら、僕の言うことも聞いて下さいね……僕は、パーを出しますから」

「えっ?」

「じゃん、けん」

「え、ちょっ?」

「ぽんっ」


 そう言って握られた手をするり、と抜いてアルバが出したのは――パーではなく、グーで。動揺しながらも、遊星が出したのはチーだった。

 ……つまり、アルバの言葉に引っかかり、遊星はじゃんけんに負けたのだ。


「だっ……騙したな!?」

「勝ちは勝ちです」

「今の無しっ! さっきのお願いは絶対、聞いて貰うからな!?」

「はい」

「……えっ?」

「だから、僕の言うことも聞いて下さいね」

「何を……」


 先程とは逆に、アルバの言葉に頭がついていっていない遊星の、チーのままの手をアルバが両手で包み込む。

 そして、その顔を覗き込みながらアルバは言った。


「あいつと『魂の誓約』をする前に、僕と口づけて下さい」

「はっ!?」

「僕は人間ですから、君と実際に魂を結びつけることは出来ませんが……せめて、形だけでも誓いを交わしたいんです」

「いや、でも……ってか、こういうの卑怯じゃないか!?」

「卑怯なのは認めますが……男同士だからとか、僕だから嫌ってことではないんですね?」


 動揺し、握った手を振り回そうとするのをそっと押さえて尋ねると、途端に遊星は真っ赤になった。それから「あー」とか「うー」とか呻いた後、気まずそうに目を伏せて言う。


「……だけど、それは暁とも、だし」


 遊星は、アルバと暁が自分に恋をしていると知っている。

 そんな相手に対して命を共有しようとしたり、命を捧げたりする辺り思い切りが良すぎる気がするが、今の反応を見ると――どうやら恋愛的な意味で暁とアルバ、どちらかを選べないことに引け目を感じているようだ。


(僕としては、嫌われていないなら良いんですけどね)


 そりゃあ、遊星を独占出来れば良いとは思うが――一番は、遊星がいてアルバを見てくれることなのだ。

 そして遊星に言う気はないが、嫌われていないのなら遠慮せず迫れるしつけ込める。


(初めての口づけの相手なら、尚更です)


 こっそり心の中だけでそう呟くと、アルバは想いを顔に出さずに別の言葉を口にした。


「僕にも、君の心をくれませんか?」

「アルバ……」


 そんなアルバの名前を呼んで、だが、遊星は先程のように気まずそうに目を伏せた。


「……ここでは、ちょっと」

「ああ、私達のことは気にしなくて良いよ。ユーセイ」

「無理ですから、席を外して下さい」

「すまぬな、主」


 その言葉でアルバは今更ながらに自分達二人だけではなく、ガブリエルとムシュフシュもいることを思い出した。

 けれど同時に、彼らがいなければ良いのだと思い至り――二人を退場させたところで、まず宥めるように遊星の目元に唇を落とし。そして、驚いて顔を上げた遊星の唇に口づけた。

 ……そして大きく見開かれた黒い瞳を閉じた遊星を、アルバは抱きしめて更に深く口づけた。

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