第14話 撮影と不器用な少女
「ねぇねぇ、双葉君。悪いんだけどぎりぎりまで練習に付き合ってもらっていいかな?」
リハーサルが終わり、頬に伝った汗を紫音が拭っていると美優が声を掛けてきた。
「……うっす」
紫音としては撮影が始まるまで休みたい。
だが、紫音を見つめる美優の顔は真剣で否とは流石に言えず、大人しく彼女の後を追った。
「じゃあ、最初から行くよ」
「……はい」
ある程度開けたところに来ると、互いに戦闘態勢を取る。
何故、あっさりと倒せられる予定の紫音がこんなことをしているのかと言うと訳がある。
『紫音ちゃんをちょい役で終わらせるなんて勿体無いわぁ〜!そこで、紫音ちゃんには美優ちゃんと派手にやり合ってもらうからよろしくねぇ〜』
あの化け物が紫音の活躍を見て配役を変えたのだ。
そのせいで、当初のあっさりやられる雑魚dからそこそこ善戦する雑魚eにランクアップ。
最初は無理だと言ったのだが、試しにやってみたら何とびっくり出来てしまったのである。
その結果、美優と激しい戦闘を演じることとなったのだ。
「はっ!」
気合いの篭った掛け声と共に美優から突きが胸に飛んでくる。
「……よっと」
事前に何処に攻撃をされるか知っている紫音は冷静に右手で腕を逸らして防ぐ。
だが、勿論攻撃がこれで終わりではない。
続けて美優から突きと蹴りのラッシュが飛んでくる。
紫音はそれらを受け流したり、回避したりしてなんとかやり過ごす。
「やあっ!」
「……ほい」
ある程度したところで、顔に美優の蹴りが飛んできてそれを紫音が右手で掴む。
本来ならここで、怪力設定の美優の攻撃を紫音がガードするも受けきれず吹き飛ぶ演技をしないといけないのだが、流石に何もない空間でそれをすると怪我は免れないためここで終了だ。
「ふぅー……喧嘩を一度もしたことないって言ってたのにここまで捌けるなんて凄いね」
「……まぁ、来るとこ分かってるんで」
互いリラックス状態になったところで美優が目をキラキラとさせながら、紫音のことを褒めてきた。
素人の紫音がこんな激しい攻撃をいきなり捌き切っていのだから当然だろう。
普通なら絶対二、三発喰らっている。
そうなっていないのは一重に紫音の反射神経と上がった身体能力のおかげだ。
昔の紫音なら、反応は出来ても防御が間に合わず間違いなくボコボコにされていただろう。
それを理解している紫音は美優からの賞賛を素直に受けることが出来なくて、明後日の方向に目を逸らした。
「何、照れてるの?まぁ、この超絶美少女女優の沙花叉美優ちゃんに褒められてるんだから仕方ないよね〜、このこの」
「……アハハハ」
それを美優は紫音が照れていると勘違いしたようで何とか事なきを得た。
「あ、あのさ、双葉君?」
二人で地面に座り込みクールダウンしていると、不意に美優が紫音に声を掛けた。
紫音が視線を向けると、美優は両手の指を合わせくるくるさせながら壁の方を見つめていた。
「……何ですか?」
「私あんな怖い目に会ったの初めてだったの。だから、さっきはありがとね。正直凄い助かったというか、めっちゃか──家族のためにあそこまで出来るなんて凄い尊敬した。本当凄い」
一体何を言われるのかと紫音が訝しんでいると、美優の口から出たのは感謝の言葉。
(そう言えばまだお礼言われてなかったっけ)
「……ありがとうございます」
てっきり、何か重大なことを打ち明けられると思っていた紫音としては正直拍子抜けだった。
「…………」
「……えっと、それだけですか?」
「…………」
他にも何かあるのかと思い質問してみるが、美優からの返事がない。
ずっと壁の方を見ている。
(そんなお礼を言うのって美優さんにとって恥ずかしいことなのかな?見た目と性格に反して意外とプライド高い系?)
そんな美優の様子を見て、紫音が彼女について想像を巡らせていると「そろそろ撮影開始するんで集まってくださーい」とスタッフの声が聞こえた。
「……僕、行きますね?」
以前として、そっぽを向く美優に紫音はそれだけ言うとその場を離れる。
少し歩いたところで「私って……」と声が聞こえたが、紫音は気を利かせてそれ以上聞かないようにした。
◇
「スタッーーートゥ!」
数分後。
化け物のけったいな掛け声と共に撮影が始まった。
始まるギリギリまで美優の様子がおかしかったため、きちんと演技が出来るのか不安に思っていた紫音だが、それはすぐに杞憂だったことを知る。
「ふっ!」
「……くっ!?」
練習通り胸に突きをされたのだが、練習の時よりも鋭さが増していたのだ。
流石はプロだと紫音が内心で舌を巻きながらギリギリのところで攻撃を避けていると、すぐに終わりが迫ってきた。
美優の攻撃によって逃げ場を完全に塞がれた紫音が両腕を前に構え防御体制を取る。
後は蹴りを喰らって吹き飛ぶ演技をするだけそう思ってた時、予想外のことが起きた。
「……ちゅ」
美優が蹴りを放たずに、紫音に近づいて頬へキスをしてきたのだ。
「は?うわっ!?」
突然のことに固まる紫音。
だが、次の瞬間には身体に衝撃が走りダンボールの山に倒れ込んだ。
「カーーット!良かったわよぉ、二人とも最高だったわぁ」
ダンボールの山から顔を出し、惚ける頭で化け物の声を聞いていると美優と目が合う。
すると、彼女はパクパクと口を動かした後、恥ずかしそうに走り去ってしまう。
声に出していないから正確なことは分からないが、おそらく美優はこう言っていた。
「(ありがとう。凄くかっこよかったよ)」
と。
「……別に演技しないと出来ないならしなくていいのに。馬鹿だなぁ」
遠くなっていく不器用な金髪少女の後ろ姿を眺めながら、紫音は一人静かに苦笑するのだった。
あとがき
補足)美優ちゃんはピンチを助けてくれた紫音に千佳以上に感謝している。
↓
だから、彼女と同じくらい感謝している方法はないか考える。
↓
考えた結果、頬にキスするのが一番効果的?ドラマの撮影でそれくらい何回もやってるし出来るやろ
↓
実際にするとなると素面じゃ恥ずかしくて出来ない。めっちゃ初心な自分に嫌気が差す。
↓
でも、感謝の気持ちを伝えたい。だから、演技の最中に無理矢理キスを入れ込んだ。一応カメラに見えないようにやってるから大丈夫。
↓
撮影が終了して、素面に戻り恥ずかしくなったので逃亡。
美優ちゃん目線は大体こんな感じです。
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