第1.5話 いざ生誕

——あれ、ここはどこだろう。確か変な神様に話し掛けられて、無理難題を押しつけられてどこかに飛ばされて……

  遠くから泣き声が聞こえてくる。子供の声……?

 

「お生まれになりましたよ、ご主人様! 奥様、よく頑張りましたね!」

「お目々が大きくて可愛い女の子ですよ〜!」

 

「!!!」

 イルマは自分自身を覗き込み、取り囲んでいる大人達の視線の中で意識を取り戻した。

 この状況へ至るまでの経緯を、濁流みたいに流れ込んでくる記憶とともに急激に思い出した。そうだ、転生させてやるって言われて別世界に飛ばされたんだった!

 泣き声をあげていたのは、生まれたばかりの赤ん坊になった自分だったのだ。


 しかしいくら記憶があるとはいえ、赤ん坊状態の自分のことはさすがに未知で、満足に体の動かし方も分からない。

 医師や看護師達、それからどこかの貴族? 仕立ての良い服を着ている男性であったり、侍女のような人達が忙しなく動き回っている。ぼんやりとしか見えないのは、まだ視力が落ち着かないからかな。

 誰かの手に持ち上げられてへその緒を切られ、産湯に運ばれ、赤ちゃん視点てこんな感じなんだなあ、となどとイルマが考えていた時。


『ほお、生まれる先の家格には恵まれたんじゃないか? さすが僕だな。礼のひとつでも欲しいところだ』


 突然、大人達の喧噪をまるで無視するように響き、冷ややかにかけられた声に、イルマの背筋がぞっと凍った。

 あ……あの悪魔だ。ここへ転生させられる前に出会った、銀髪の青年の姿をした神様の声だ。どこから聞こえたんだろう? 今の状況で下手に動いたら、生後数分で大人同様に動き出したスーパー新生児みたいな扱いを受けかねない(多分)。イルマは目がまだ見えていないふりを装いつつ、周囲へ視線をめぐらせる。


 すると、この場に似つかわしくない……妙に色鮮やかな柄をした蝶が、イルマの前方をひらりと飛んで行った。


『正解だ。お前の想像していたような艶っぽい見た目でなくて悪かったな?』

 先程の神様・ルオンの声がまた響いた。なるほど、あの派手な蝶がルオンの現世での姿らしい。修禅僧スタイルじゃ無くて安心した。

 それにしてもおかしい。イルマはまだ赤ん坊で聴力だって弱いはずなのにハッキリ聞こえてくるし、そもそも周囲の人達がまったく反応していない。


『僕の声は、お前の〈魂〉に直接聞かせているから、お前にしか聞こえないよ。僕と関わりを持った者にしか僕の声は聞こえないし、この姿じゃなかったら見ることもできない』

 こいつ……わたしの心に直接!?

『誰がこいつだ』

 ごめん。今のはそういう台詞ネタ

 彼がイルマに話してきた内容によれば、どうやらイルマが転生前に訴えた、「どうせ転生するなら貴族令嬢になってイケメン達にモテまくってウハウハーレムしたいよ‼」という叫びをある程度叶えようとしてくれたらしい。ということは、貴族令嬢……として生まれたみたいだ。さっきチラリと見えた、仕立ての良い服を着ていた男性がご主人様であれば、父上ということになるだろうか。

 

『そうだな。あの男性が父親、母親は……美人だぞ。髪の毛は珍しい桃色だな、似るといいが。美人の方が男に言い寄られる確率も上がるからな』

 蝶の姿のルオンが、色々な方向を向いて窺うようにしながら、欲しい情報を適宜伝えてくれる。

 そっか、一応「イケメン達にモテまくってウハウハーレムしたいよ‼」の方も叶えてくれる気ではいるんだ。下界に降りて様子を見る、と言ってはいたが、面倒見がいいというか、世話焼きな所もあるように感じられた。

『面倒見るしかないだろ。これから僕とお前だけで、何とかして魔王を再封印するんだから。馬鹿らしい理由で死なれたりするのは真っ平ごめんなんだよ。お前の希望を叶えてやるのは、せめてもの情けだ』

 うっ。逃避したい事実を目の前にドンと持ってこられてしまって、イルマは心の中で呻いた。

 そうだった、魔王封印なんて大仕事が待っていたのだ。もう一度言われて、今見ている光景が本当になんだ、とイルマはしみじみ思い知った。死、神様の命令、魔王封印、貴族令嬢としての転生……いまだに信じられないことばかりだった。

 

 

『……言い忘れてた。ようこそ、我らが世界……【カリヴィエーラ】へ』

 ルオンはイルマの心情をおもんばかるような間を置いたあと、やや声を弾ませて告げてきた。

 蝶だから表情は分からないけれど、その言い方からは悪巧みをしている人の笑い方を想像して、イルマは身をすくませた。

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