第3話 少女二人⑶

「おじさん、名前は?」


「クラディール・フォン・アストライアだ」


「アストライア家……」


 かなりの名家だ。そんなところからも奈落送りは出てきてしまうのか。


 すると、クラディールさんは肩に下げていた鞄からローブを取り出して、うちに被せた。


「ローブ羽織っときな。王城付近だ」


「こんなことまで……」


「水臭いこと言うなよ。お互い奈落を知った好みだっつったろ」


 鉄のドアを開き、ロウソクが煌々と燃える階段を下りる。


 そして、また鉄のドアがあった。それを開くと、そこには、機械技師の男性が数人何やらファイルを見ながら立っていた。


「おや、クラディール殿、何用で?」


「親戚の子供が、これに乗ってみたいと聞かなくてね。これ新台だろ?試運転も兼ねて、採掘機で家まで送ってあげようかと」


「左様ですか。承知しました。嬢ちゃん、楽しんでくるんだよ」


「はい!」


 こんなに優しくしてくれるのも、私が蘇りであることを知らないから。


 この印を見せたら、きっとすごい形相になるんだろうなぁ。


「嬢ちゃん、名前は?まだ聞いてなかったな」


「ミシロです。ただのミシロ」


「ミシロか。いい名だ」


 クラディールさんは採掘機の前に立つ。すごい、まだ新しい。傷一つついてない。


 しかもこんなの見た事ない。これが最新型か。


 片手にアーム、片手にツルハシ。足がキャタピラだったのが、タイヤになってる。


 何より、かなり大型になってる。


「エンジンはかかるな。旋回速度も……申し分ない」


 くるくると同じところを回る。機動力の確認か。


 すごい速い。うちの知ってる採掘機の三倍くらいの速さだ。


「よし。ミシロ、乗りな」


 こくんと頷いたあと、ハシゴを昇ってちょこんと助手席に座る。


 すると、採掘機が動き出した。


 ちょ、なにこれやっぱり速い!ほんと速く進むんだな!さすがは最新型!


 一気にスロープを駆け上がり、王城の外へやってきた。ほんとに速いなこれ。もっとのそのそ動いてたんだけどな。


「家は」


「ないです」


「なら俺ん家にでも停めとくか。明るくならんうちに行動しとけ?こんなの目立ってしょうがないからな。あと今日はうちに泊まれ」


「ありがとうございます!」


 砂埃を立てて、往来を駆け抜ける。


 すると、なにやらチラチラとクラディールさんがうちを見てくるので、首を傾げた。


「どうかしました?」


「……俺も、お前と同い年の娘がいてな。妻もいた。いい女だった。もう十五年は前か。四十五だった俺と、まだ十八だったあいつが結婚したのは」


 なるほど。年の差婚ってやつか。


 それと、見た目以上に年取ってるんだな。六十歳か。五十代前半かと思ってた。


「その後、娘が生まれる前に、俺は奈落送りになった。五十のときだ。その後、三年で何とかして奈落を抜け出して、五十五の時に騎士団に入隊した。正直、生きた心地がしなかった。本気で愛した娘と妻は別の男に取られていたから。だから、見返してやろうと思った。その復讐心だけが、俺を駆り立てた。それで、俺はどんどん功績を挙げて、今じゃそこそこ顔の効く騎士になったわけよ」


「どうだ、俺の武勇伝だ」と、クラディールさんは笑いながら言った。


 でもそれは、武勇伝と言うにはいささか悲しく、報われない話だ。


「娘さんの名前は?」


「聞く前に落とされちまった。あいつ、産まれてくるまで教えないって言ってたからな。っと、着いたぞ」


 靴を磨いてる最中、雑談したりするから、聞いたことあるかもと思ったんだけどな。


 あっという間に、人気がない場所に着いた。そこに小屋がぽつんとある。


 それを確認したのか、キョロキョロと辺りを眺めたあと、クラディールさんは採掘機を停める。


「じゃまぁ、入れや」


 そう言うと、クラディールさんは家に入っていった。


「これ、どうやって誤魔化すんですか!?処分は免れないんじゃ……」


「試運転の途中で異常をきたして崖に転倒。回収不可能になったって言っとくよ……。あ、ひとつ忘れてた」


 クラディールさんはくるりと振り返りながら、スカーフを外した。


 そして、それをうちに巻き付ける。


「餞別だ。これで奈落の印はバレないだろう。むさいおっさんの加齢臭の染み付いたものだけどな」


 クラディールさんはにっと笑った。


 でも、これがないと……。


「クラディールさんは?」


「なぁに。俺ももう定年退職よ。今更処罰されたところで老後が少し荒むだけさ。それに、俺はここにいちゃいけないからな」


 このスカーフ、かなりボロボロだ。でも……、優しい香りがする。洗剤と、太陽の香り。


 家に入ると、なにやらガスをつけている真っ最中のようだ。そして、冷蔵庫から野菜を取り出し、小気味良いリズムを奏でながら包丁を振るう。


 手を洗いながら、意外と料理が得意そうだなと思う。男の人って、料理苦手なイメージだったけど。


「少し待ってな。ラジオでも聞いて」


「何から何まで……、ありがとうございます」


「別にいいってことよ」


 豪快に笑いながら、クラディールさんは料理を続ける。


 うちは、そこにあったラジオのダイヤルを回した。すると、なんだかのノリのいい音楽が流れてくる。


 クラディールさんも鼻歌を歌いだした。心做しか、野菜を斬る音もリズミカルになった気がする。


 楽しそうだな。知ってる曲なのだろうか。普段、ラジオなんて聞かないからな、よく分からないのだ。


「この曲は?」


「明けの大地っつぅ知る人ぞ知る名曲みてぇなのだ」


 んー、でもわかる気がする。この曲いいかも。歌詞は恋をテーマにされているらしく、とても情熱的に歌い上げられている。


 声質的に、おそらく女の人が歌ってるんだろう。それに、どこかで聞いたことがあるような歌詞……。曲は盛り上がり、サビに入る。




『君と夜に飛び出して どこまでもかけて行こう

水と希望だけを持って 息が切れるまで

誰も止められない 僕のこの思いは

あの昇る太陽のように 朝明けの大地』




 思い出した。母さんが、嬉しいことがあった時に、歌ってた。うちは古い記憶を再起し、鼻歌を歌った。母さんが歌ってるのを、思い出して。


「ふふーふふーふん」


「なんだ。ミシロも知ってたのか」


 料理をしながら、クラディールさんが嬉しそうに、聞いてくる。


「母さんが歌ってて……」


「へぇ、ミシロの母さんも知ってたのか」


「はい」


「そうなんだな、それと飯できたぞ」


 って、もうできたのか。これは野菜スープか、美味しそう。


 宿の食事も高くて食べられなかったため、久しぶりのまともなご飯だな。結構具沢山で、食べ応えありそうだ。


「いただきます」


「おう。たーんと食えや」


 お言葉に甘えて、一口食べてみる。


 なにこれ!美味しい!最近ずっと乾パンしか食べてなかったから、野菜スープと言うだけでブランドが乗ったように美味しい!


「美味いか?」


「美味しいです、とても!」


「そうか!まだまだあるぞ!」


 それから、二人で鍋いっぱいの野菜スープを平らげた。食べ終わる頃には、もうお腹いっぱいだ。


 途中でご飯も炊いてくれたため、更に箸が進む。


 そのあとは風呂に入り、ベッドの上で眠りにつく。クラディールさんはソファーでいいと言っていたため、お言葉に甘えた。これが、普通の生活か。こんなの、経験したこと無かったな。

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