第48話 返答

「しっかし本当に来るのかね」


 私は脚を組みながら紅茶を啜り、ぶっきらぼうに投げ掛ける。

 壁にもたれ掛かるレグルスからも、向かい合って座るベグラトからも返事は返ってこない。私の元まで届いたのは、ベグラトの思考により漏れる小さな唸り声だけだった。

 交渉は成功とも失敗とも言えない。あの後、葬送の二人は返事は保留にし明日には返答するとした。その際、我々が探すので好きな所にいて貰って構わない、とも。

 まるで何処へいたとて探し出せるとでも言うようだ。否、それを証明し力を誇示する意味もあるのだろう。

 とは言え、流石に三人一緒に居るようには言われたが。


「来るとは思うよ。だけど、問題は返答だね」

「断られる?」

「どちらをとっても向こうにとって同じなんだ。彼女の言葉が全て本当だと仮定して、僕たちに協力する場合のリスクは分かる?」

「……何?」

「僕たちだ」


 尚も分からない私に向けて、ベグラトは噛み砕いて説明してくれる。

 前提として葬送には本家と呼ばれる組織と、分かたれた春夏冬直属が存在する。

 当然、戦力は本家の方が多いだろう。実力ももしかしたら本家の方が上かも知れない。その場合、正面衝突を挑んでも負けは必至。そして捕虜になった際、私たちが春夏冬直属の情報を漏らす可能性がある。

 協力しない場合は別のリスクが発生する。手を取らないことにより春夏冬直属の情報を持ちつつ、葬送に与しない存在が生まれる。そうなると今度は、私たちの存在自体がリスクになる。

 彼女たちからしてみれば、最悪の場合潜在的な敵が増える可能性もある。


「僕らと話をした時点で、どちらに転んでもリスクなんだ。つまり向こうの選択肢は、取り入れて利用するか、不確定要素は排除するか」

「……どうなるの?」

「僕には分からない。葬送の詳しい情報がない以上、結局は全部推測の域を出ないんだ。これ以上考えても無駄だよ」

「来たぞ」

「え?」

「は?」


 私とベグラトは思わず店へと続く扉に目線を向け、耳を澄ます。

 ただ、何者かが訪れた様子はなく、聞こえるのは街道の喧騒のみ。いつも通りの迷宮都市の風景だ。


「いないですけど……」

「先に言っておきます」


 囁くような声に、私は勢い良く振り向く。

 そこには烏の濡羽のような艶のある黒髪を、少し高い位置でポニーテールにした麗人が、腰を曲げた状態で私に顔を近付けていた。


「驚かせてしまい申し訳ございません」

「うわぁぁ!!??」


 梅影初名が腰をぴんと張る。薄い表情は一見何一つ変化がないように見えるが、心なしかどこか楽しそうだ。


「し、心臓が止まるかと……」

「それは失礼。御返事に上がりました。この場で告げさせて頂いても?」


 目線をベグラトに向けると、彼は頷く。


「勿論です」

「では。我々五人衆は、お三方に全面的に協力することに致しました」


 長くなると判断したのか、初名は空いている席に着いた。丸テーブルの私とベグラトの間。向かいには、壁にもたれ掛かるレグルスが見える形だ。


「実の所、本家が薊様を攫った理由については見当が付きます」

「と言いますと?」


 曰く葬送は三つの名家を支柱とし、その中から葬送全体の長となる人物を決める習わしがあるという。

 数年前に長である人物が斃れ、現在まで跡目争いが勃発していた状況だったそうだが、最近その長の座に新たな人物が座った。

 ただそこで問題が生じるのは、葬送のもう一つの習わしだ。


「名家の当主が長の座を争い、負けた二人はその血を糧とするのが慣習なのです」


 そこまで言われれば、嫌でも分かってしまう。


「白、一条、春夏冬。今回当主となられたのは、一条家の者。つまり薊様は」

「……糧とする為殺される」

「ご賢察の通りです」


 聞けば野蛮だと謗る者も居そうな風習だが、実際はそうでもない。

 殺した相手の魂は、相手に吸収されるものだ。そして、混じり合った魂は新たな力となる。

 ただの人間がドラゴンに勝てる道理もない。しかし世の中には、千変万化を始め竜狩りの英雄譚が多く存在する。何故なら、実際にこういった現象が起こっているからだ。

 特に私の場合は分かりやすい。人を殺した直後の人間は、魂の色が少しだけ濁っていた。

 恐らくは葬送は古い時代にその事実に気付いたのだろう。そして、それを習わしとして取り入れた。

 歴史書の記載を見るに、葬送は迷宮の管理を担う一族。

 竜や巨人を筆頭とする強大な魔物に加え、二つ名という個としては最強格の存在が跳梁跋扈する迷宮を管理するのだ。生半可な覚悟、半端な実力では手に余るだろう。

 確かに野蛮だが、道徳的感情を無視すれば最も合理的な判断とも言える。

 ただ、納得とは程遠い。


「……なら、今から行っても無駄なのでは?」

「いえ、幾つか式典と儀式を挟む必要があるんです。連れ去られたのが数日前とのことですので、一か月は掛かるでしょう」

「成程。準備の時間は十全、ということですね?」

「えぇ。ですが、条件が一つ」

「……なんでしょう」

「人を、殺せる方です」


 淡々と無表情で告げる初名。場に沈黙が満ちる。

 殺人は無論迷宮都市では重罪だ。だが、あくまで迷宮都市ではの話。第二階層での戦いを経験した私にとっては、なんら障害ではない。

 探索者は仲良しこよしの仲間ではない。同じ場所で、同じ宝を求めて競い合うライバルだ。

 元々探索者が迷宮内で殺し合うことは珍しい話ではない。人に剣を向けることも出来ないのに探索者を続けているような者は、探索者の中でも珍しい方だ。

 レグルスは表情一つ変えず私に視線を向け、ベグラトは決然とした表情で頷く。


「問題ありません」

「それは上々」

「一か月か……作戦は?」

「基本的にはありません。然し、方針はあります。作戦においてはその場の状況を見て判断する、としか言いようがないとだけ。本家の戦力は私たちの比ではございません。まともに衝突すれば我々は骨も残らないでしょう。ただ――」


 彼女は人差し指を立て私たちに見せる。


「――その少ない可能性を引き上げる方法が一つ。故に、仮呼称を薊様救出作戦として、本作戦において目的はたった一つです」


 馬鹿でも分かる。そんな手段は、一つしかない。

 それは戦において最も有効で、それでいて最も難しいこと。


「新当主。一条飛燕を殺害し、葬送を瓦解させます」

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