第87話

「あら、みーちゃん。 今日は、遅かったわね。」


「今晩わ、みーちゃん。」


ゲームにログインして1階に降りていくと、彩とラクスが、お茶をしながら会話をしていた。


「今晩わ。 今日は、親戚の家で晩御飯を御馳走になってたの。」


私の姿を見て、ラクスがカップに、お茶を注ぎ入れてくれる。


私はカップの置かれた目の前の椅子に腰を掛けた。


「そっか、水無月は1人暮らしだったね。」


「両親共に海外です。」


「良いなぁ~。」


「気楽だけど、家事全般を自分でしないといけないから、結構時間とられるよ?


彩って、料理とか出来たっけ?」


「うっ、下手ではないけど、引き出しは多くないかも……。」


「毎日の炊事に洗濯に掃除とか、結構色々と大変ですよ。


雑な彩には無理かもですね。」


何気にラクスが毒を吐く。


ラクスって、悪気がない分だけに言葉が突き刺さる時があるんだよねぇ…。


ほら、彩が凹んでいるよ……。


「そういう、ラクスは?」


彩が尋ねる。


「私は……。」


言葉を詰まらせるラクス。


「あっ! 別に無理に話さなくて良いからね。」


ラクスの表情を見て、私が慌てて言う。


「んっ。 気を使ってくれて、有り難う御座います。


でも、ちょうど良い機会ですし。


私のことを、お話しますね。」


お茶を一口飲むと、ラクスが話し始めた。


「リアルでの私は、両腕を自由に動かす事が出来なんです。


2年前に事故に遭って、両腕の神経が切れていましてね。」


どうやら、爆弾に触れてしまったようだ……。


私は無言であやに視線を向ける。


視線の先のあやは、物凄く気まずそうな表情をしていた。


「あ、別に深く考えないでくださいね。


そう言うつもりで話しているんじゃないので。


手術して、ある程度までの。 通常生活が出来る程度までには回復してますので。」


ニコリ。と、笑顔を浮かべて言うラクス。


「事故に遭う迄の私は。


ピアノが大好きで、毎日のように家でピアノを弾いていました。


自慢じゃないですが、これでも結構うまいんですよ。


何度かは、コンクールでも入賞していますから。」


そう言って、笑みを浮かべて話を続けるラクス。


「事故に遭ってからは、以前のように指が動かずに悲観していました。」


それは、そうだろう。


〝私だったら〟っと、思わず想像してしまう。


「少ししてから、ヴァーチャル・ドリームで、仮想空間でのピアノを弾くと言う事が出来るのだと知って。


私は大喜びで、そのソフトを購入してプレイしてみました。


だけど、そのソフトでは、私の指は思うように動かずにピアノを弾けませんでした。」


その時の事を思い出したのだろうか。


悲しそうな表情を浮かべるラクス。

 

そう、確かに趣味などで楽器を弾けるソフトは流通している。


だけど、それは。


自分が練習して、楽器を上手に弾ける事を前提に置いたソフトで。


〝上手く弾ける〟と、言う訳ではない。


仮想空間内で練習するにも、リアルでの動きが出来ないと仮想空間内でも自由に動けないのだ。


「それでも、〝ピアノの音が弾けると〟と言うそれだけでも、当時の私には嬉しい出来事で。


一音、一音。 音楽とは呼べない音を出して、自分だけの満足で遊んでいたんです。」


再び、表情を柔らかくするラクス。


「そんな時でした。


テレビのCMやネットの情報。


そして、知り合いからの情報で【ULTIMATE・SKILL・ONLINE】の事を知ったのです。」


私とあやを見詰めて、カップを手に取り一口啜るラクス。


「私は、今までゲームなどと言うもので遊んだ事がないので。


少しばかりの抵抗は感じましたが。


知り合いの話では、VRゲームには〝アシスト・サポート・システム〟と言うのがあるので、リアルでは不可能な動きも出来ると言う事。


そして、私が一番惹かれたのは〝吟遊詩人バード〟と言う職業ジョブでした。


吟遊詩人バードと言うくらいなんですから。


楽器を弾く職業なんだと連想して、USOをプレイしたんです。」


そうか……。


正式サービス開始で、尚且つVRゲーム初心者なのに、ラクスが吟遊詩人バードを選んだ理由は〝全て楽器を弾きたい〟それだけの理由だったんだ・・・。


「それとですね。 もう一つ、嬉しい誤算がありましてね。」


そう言って、ラクスが私たちを見ながら両手を前に広げる。


「USOをプレイしだしてから、少しだけ……本当に少しだけですが。


リアルでも、両腕の動きがスムーズに出来るようになりましてね。」


満面の笑顔で、本当に嬉しそうに言うラクス。


「音楽を奏でる、と言うには程遠いですが。」


ポーチから竪琴を取り出して、優しく奏でるラクス。


「だから、私はUSOと言うゲームに感謝してるんです。


仲の良い友達も出来たし。


リアルの両腕の回復まで手伝ってくれる〝素敵なゲーム〟に感謝してます。」


いつの間にか、私と彩はラクスに近づいて、2人でラクスを抱きしめながら泣いていた。


その後の事は記憶ない。


気が付いたら、私は〝寝落ち〟していたらしい。


朝の目覚ましが鳴るまでグッスリと寝ていた。


★寝落ち★

*ゲームをしながら寝てしまうこと。

*USOの場合では、5分以上プレイヤーの動きが一切無い場合は【強制的に】ゲームへの接続が切断されてしまう仕様。

*また、脳波を検出するシステムが、睡眠時の脳波と判断しても強制切断される。


*注意*

寝落ちの場合は、プレイヤーとの接続が解除されても、5分間はプレイヤーのアバターが〝動かないまま〟USOのゲーム世界に放置されている。

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