第八話『糸切りバサミ』

——開眼。


 ほんのりと薄暗い。


 岩の天井。


 俺は……眠っていたのか?


 右を見る。


 黒い柱のようなもの。


 左を見る。


 俺は、白と緑のフワフワしたものの上で寝転がっているようだ。


 そのフワフワを一つ、プチッともぎ取って、観察する。


 シロツメクサだ。


 もう一度天井を見る。


 誰かが至近距離で、俺の顔を覗き込む。


「おはよう!」


 あ、俺の好きな声だ。


「はい、起きて起きて!」


 俺の好きな声の持ち主が、俺の手を引っ張って、俺を起こす。


 立ち上がってみると……


 なぜか俺は白いタキシード姿。


 右側にそびえる、黒く角張った十字架。

 

 地面いっぱい広がるシロツメクサ畑。


 ここは十字の洞窟の中だ。


 そして、俺の周りを、大勢が、大きな円を作って取り囲む。


 落ち着いた色のスーツの男性陣。


 露出の控えめなドレスの女性陣。


 みんな、かっちりとした格好をしていて、着崩きくずしている様子もない。


 それもそのはず……


 俺の手を握る女性は、汚れ一つない純白のドレスを身に纏い、頭には、シロツメクサの花冠はなかんむりを載せている。


 綺麗だ。


 紛れもなく、我が妻、夏海だ。


 結婚式だ!


「ねぇ、一つ質問をさせてちょうだい。あなたのお名前は、ハイジャン・アクバーですか? それとも、秋葉範治あきばはんじですか?」


 もちろん……


「秋葉範治だ」


 ああ、そうだとも。、自信を持って、そう言える。


「秋葉範治! あなた、確かに、秋葉範治っていうのね! じゃあ……。ねぇ、ちょっとおかしなこと言ってもいい?」


 ああ、この際なんでも言ってくれ。


「そういうの大好きだ!」


「実はね、たまたま、ほんっ当に偶然なんだけど、南の島でね、結婚式の予約が取れたの。だから、明日とは言わず、今日、式をあげましょう!」


 俺はあの時、『、式をあげよう』って提案したんだっけ。


「夏海も同じこと考えるんだな、だって——」

「あなたは『明日』、わたしは『今日』。わたしの方が、一枚上手うわてよね?」

 くーっ! 悔しいが、夏海は、俺をあおる顔も、綺麗だ。

「夏海の圧勝だよ。ドッキリも、何もかも。でも……」

「でも、なぁに?」

 こんなのは、どうだろうか?

「おかしなこと言ってもいい? 俺と、結婚してくれ! もう一度!」

 俺は、何度だってプロポーズするぞ。

「もっとおかしなこと言ってもいい? もちろん! 何度でも!」

 さすが、そうこなくちゃ。


 拍手喝采はくしゅかっさい

 みんな、俺たち二人を、今までとは一転、祝福してくれた。


 そこで、サザーニャ族の族長、ルドウィッグさんが一歩前に出る。今日は、いつものワイルドな民族衣装ではなく、緑一色の袈裟を纏っている。

「じゃあ、永遠の愛、誓っとくか?」

 そんな軽いノリで、やるんですね。でも、いい!

「あ! やりたいやりたい!」

 夏海は、子供のようにはしゃぐ顔も、綺麗だ。

「ぜひ、やりましょう」

 そうだ、やるに決まってる。

「そうと決まったら……お二人、十字架の前へ」


 範治と夏海は、大きな黒い十字架の前で向かい合う。

 十字架に向かって、右が範治、左が夏海だ。


 ルドウィッグさんは、ボロボロになるまで読み込んだを、丁寧に両手に広げて、荘厳さをもって語り出す。

「新郎範治はんじ。あなたは夏海を妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も……スイカまみれの時も、喉カラカラの時も、謎の部族に囚われし時も、これを愛し、敬い、慰め合い、ともに助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 うわぁ……色々と、思い出すな。

 返事は凛々りりしくいこう。

「誓います」

 いい感じじゃないか?

「そして、新婦夏海なつみ。あなたは範治を夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も……海藻まみれの時も、大蛇に追われし時も、百二十三人もの敵に囲まれし時も、これを愛し、敬い、慰め合い、ともに助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

 美しく澄んだ声。

「では、範治、夏海。誓いのキスを」



——二人は、口づけを交わす——



 しばしの沈黙。


「お! よろしくやってるなぁ!」

 ルークさんの声。


「ひゅーひゅー! じゃ、お祝いのキャノン砲といこうか!」

 アダムが、その手に持つ筒のようなものを上へ向けて、発射。


   。✴︎・*\\パァン!//*・✴︎。

——キラキラと七色に輝くテープが舞う——

   ∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬∬

緑のテープが一本ずつ、範治と夏海に絡まる

      (∫^・^)♡(^・^∫)


「「海藻みたい」」

 二人して、エメラルドグリーンの海での、海藻まみれのの日を思い出す。

「「あ、またそろった」」

 その声も揃う、二人。


「そうだ、そろそろ、あのお決まりのフレーズ、いっとく?」

「そうだな」


「じゃあみなさん、いきますよぉ! せーの……」


「「「「ドッキリ、大成功!」」」」

 出演者も裏方も、みんな声を揃えてそう叫んだ。


「って、どこからだ!」

 と、俺はようやくツッコミを入れることに成功する。

「どこからって、何が?」

 夏海は、とぼける顔も、綺麗だ。じゃなくて!

「何が、じゃないだろう! 夏海は、一体どこから俺のドッキリに気づいていたんだ?」

「それ、聞いちゃう? 実は、結構序盤なのよね」

 夏海は、ニヤニヤする顔も、綺麗だ。じゃ! な! く! て!

「序盤っていうと?」

「三話。大蛇に追われて右上の島を駆け回ってたら、待機中のスタッフさんと鉢合はちあわせちゃったの。というかあの大蛇、ロボットよね」

「そうかあそこか……それは確かに、序盤だな。ああっ! わかったぞ! だから夜中にコソコソと、どこかに行ってたんだな!? 逆ドッキリの打ち合わせだな!?」

「うふふ、だいせいかーい!」

「参ったなぁ。で、どこまで知ってるんだ?」

「どこまでって、何が?」

 夏海め、揶揄からかっているな。

「だからぁ! 俺の壮大なドッキリの計画を、どこまで知ってるんだ!? と聞いているんだ!」

「全部。ぜんぶぜんぶ、ぜーんぶよ!」

「そうか……うん、そうだよなぁ。いや、一応確認しておきたい! 漏れがあるかもしれないからな!」

 うん、悪あがき上等だ。

「何でも聞いてくだすって?」

「じゃあ第一問! 秋葉範治は、ど田舎で大陸横断鉄道の事故に巻き込まれた後、どうやって生き延びたでしょうか?」

「はい! 野蛮な山賊に誘拐されたけど、純金の指輪と引き換えに解放してもらった!」

「んんんん半分正解! 引き換えじゃないぞ? 指輪は担保にしただけだ! 後でその地域の通貨で大金を渡して、取り返したよ! 言語がほとんど伝わらなかったんだ、許してくれ!」

「レエム捜査官なら山賊の言葉くらい話せてほしいなー」

「無茶言うな!」

「あはは! はいじゃあ次の問題は?」

「よし、なら第二問! の前に、確認しておきたいんだが、旅客機のシーンの時点では、夏海はドッキリに一切気付いていなかったんだよな?」

「ええ、知らなかったわ。全くもって」

「よかった。ではそれを踏まえて第二問! 一話と二話の旅客機のシーン、どうやって撮った?」

「はい! あの旅客機は一切飛んでいなくて、ただのセット! 空港に無茶言って建設した巨大な舞台! 機体の下には、乱気流や墜落を演出する駆動装置が仕込まれていた!」

「そ、その通りだ。でも……すごいだろう? あれ!」

「ええ。わたしも最初にそれを知った時は、まさかねって思ったわ、でも、の旅客機を買い取って作ったとわかって、それだったらギリギリあなたのポケットマネーで買えそうだなって思ったの。ひょっとして、予算カツカツだった?」

「そんなことはないっ! ブラウン管のテレビ、覚えてるよな?」

「もちろん。よく考えたら、今時テレビがブラウン管だなんて、あり得ないんだけどね。あの時点で見抜けてたらなー」

「でもあれがないと、炭酸ストロンチウム、つまり花火の赤色の材料を用意できない。予算の都合というよりも、脚本上の都合で、ブラウン管のテレビをたくさん搭載している機体にせざるを得なかったわけだ」

「本当にそうかしら? 予算の方に脚本を合わせたんじゃ……」

「わかった、白状しよう。それも大いにあった!」

 

「「「あっはははは!」」」

 夏海も周りも、笑っている。


「うふふ、でも、わたしを驚かせるために、知恵を絞ってくれたのよね。ありがとう」

 優しいな……夏海。俺は、ちょろい。

「ど、どういたしまして! じゃあ第三問! どうやって夏海をこの南の島に連れてきたでしょうか?」

「はい! 旅客機の墜落で急激な気圧変化に耐えられず気絶、と見せかけて、麻酔を染み込ませた布をわたしの口に当てて気絶させた! その間に、飛行機で移動。ちなみにこっちの飛行機は本物。あと、それをやったのは範治よ!」

「そうだよなぁ、知ってるよなぁ。あ、そうだ! 俺はわかってるぞ? ここに来る前、同じ方法で俺を気絶させたろう?」

「そうよ。目には目を、麻酔布ますいぬのには麻酔布を、よ!」

「ぐぬぬ…………あ、そうだ。あーーーっ!」

 俺は、ニヤつきを隠しきれない。

「なっ、何よ、気持ち悪いわね」

「夏海のとんでもないミスを、一つ見つけたぞ?」

「そ、そんなのないわよ?」

「『ADエイディ』。身に覚えがある、よな?」

「…………ないわよ、そんなの」

「ほぉ、そうか。証人もいるんだぞ? ルークさん改め……『ADエイディ』! どこにいるっけ?」


 小太りの男が、俺たちを取り囲む輪から一歩、前へはみ出て存在を示す。

「はぁい、アシスタント・ディレクターAD紅蘭信男こうらんのぶおですぅ」


「なっ、なななにが言いたいのかしら?」

「夏海、役名と役名をごちゃ混ぜにしたよな? うっかり、ルークさんを『AD』と呼んだ! ルークさんが機転を効かして、『エイディ』っていう旧名があるとアドリブしたけど」

「は……い。AD、あの時はありがとうね?」

「どういたしましてー」

 

 夏海が悔しそうな顔をしている。そんな顔も、綺麗だ!


「あーーーっ! わたしも、範治のミス、みーっけ!」

「何だよ、そんなのないだろ? ドッキリがバレて逆ドッキリされたこと以外……」

 俺は、思わず声が尻すぼみになる。

「そういえば三話で、わたしのこと、夏海さん、じゃなくて『夏海』って呼び捨てにしたわよね?」

「えーっと、そうだったかなぁ?」

「とぼけても無駄よ。あれ、ついいつもの癖で言っちゃったんでしょう? 白状しなさい!」

「そ……そうです」

「やーっぱり! ハイジャン・アクバーは、へなちょこ捜査官ね」

 俺は最低俳優賞受賞かな。とほほ…………いや待て、まだ、監督賞が残っているぞ! 演技はダメでも、を評価してもらうんだ!

「そうだ夏海! すごくいい案を思いついた!」

「ん? なになに?」

「たまには視聴者に問題を出してみないか?」

「いいじゃないの、やりましょう?」

「では視聴者さんに……第一問! 第二話『胸騒ぎ』での俺の心の声の中に出てくるフレーズに、『いにしえの土器、リンゴ』、『このスイカを鈍器に利用』、『電子タバコのリキッド』というものがあります。実は、これら三つには共通点があります。何でしょうか? 正解は、エンドロールの中にあるから、ぜひ、最後まで見てほしい!」

「じゃあわたしからももう一つ! 第四話『生存者NO3』の『NO3』とは何を示す? 二つあります! 他にもまだまだ、あっと驚くような伏線や仕掛けが至る所に潜んでいるから、探してみてねっ!」

「だな。じゃあ、種明かしはこれくらいにしておいて……フィナーレと行こうか」

「そうね、範治」


 秋葉夫妻は手を繋ぎ、みんなに見守られながら、十字の洞窟の出口の方へ、退場する。


 崩れた岩に囲まれた出口を目前にすると、いつの間にかAD……ではなくルークさんとアダムが、新郎新婦を通せんぼするようにして、仲良く横並びで立ちはだかっていた。二人とも両手を背中側に回し、何か紐のようなものを持っているようだ。

「おっと、何事でしょうか?」

 と俺が尋ねると、彼らは二手に分かれて、出口の両端に位置取った。各人が長い紐の一端を握っており、ちょうど綱引きをするかのようにして対峙たいじした。

「さぁ、新郎新婦のお二人。この昆布のテープを、ひと思いに切ってくれ!!」

 ルークさんがそう言った。

 紐だと思ったものは、海藻だった。多分あれは、冒頭の出会いのシーンと、機長と副操縦士が浅瀬から出てくるシーンで使いまわしていた小道具だな。

「なるほどね。テープカットセレモニー、みたいな感じ?」

 夏海が、今にも走り出しそうなスタンディングスタートの姿勢でそう言った。

「そう。二人の新たな門出を祝うってわけさ」

 アダムがそう言った。あの性悪しょうわる工科大院生から、こういうふうに祝ってもらうのは、なんだか変な感じがするな。今までのは演技だって、わかっちゃいるけどさ。

「そのテープを切ったら、俺たちの結婚生活は第二章に突入するってわけか。じゃあ、今度こそ行くぞ、夏海!」

「ええ、範治!」


 範治と夏海は、固く手を繋いだまま駆け出す。


 海藻のテープを切る。


 光の射す方明日への扉へと、突き進むのだ。



〈完〉



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88888888888エンドロール88888888888

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——88キャスト88——


深津夏海・・・読者の皆様


秋葉範治/ハイジャン・アクバー・・・読者の皆様


アダム・オーヴェルアトモス・・・読者の皆様


ルーク・マン(エイディ)・・・紅蘭信男


トドロキー機長・・・読者の皆様


副操縦士・・・読者の皆様


ルドウィッグ族長・・・読者の皆様



——秋葉範治の声。

「ここで、視聴者さんへの第一問の答えを。『古の土器、リンゴ』、『このスイカを鈍器に利用』、『電子タバコのリキッド。これらは全て……『ドッキリ』フレーズだ。ドキリンゴ、ドンキニリヨウ、リキッド。ちょっと馬鹿馬鹿し過ぎたかな?」



——88スタッフ88——


原作・・・加賀倉創作


脚本・・・加賀倉創作


制作・・・エイザレス


製作・・・面白腐卵臭草稿


配給・・・カクヨム


ディレクター・・・秋葉範治


アシスタント・ディレククター・・・紅蘭信男


撮影・・・読者の皆様


音響・・・読者の皆様


照明・・・読者の皆様


美術・・・読者の皆様


キャラクターデザイン・・・読者の皆様


衣装・・・読者の皆様


メイクアップ・・・読者の皆様


ロケハン・・・読者の皆様



——深津夏海の声。

「視聴者さんへの第二問の答えを発表するわ。第四話のタイトル『生存者NO3』の『NO3』の示すものというのは、一つには文字通り、三人目の生存者であるアダムのこと。もう一つには、このお話の鍵となる火薬の主成分、『硝酸イオン(NO3)』のことよ! 窒素『N』一つと酸素『O』三つで、『NO3』ってわけ! 化学好きなあなたなら、簡単だったかも?」



 This drama is based on the novel "Kafu by the sea" by Sousaku Kagakura.

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絶海の寡婦〜無人島で愛を叫ぶ〜 加賀倉 創作 @sousakukagakura

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