第113話







 調度品が少なく、がらんとしていた神殿の中では、ロキの通された部屋は比較的整えられているように思われた。

 白漆喰の壁には腰高にまで赤や黄色の陶器質のタイルが一松に施され、壁際に沿って戸棚や鏡台が並べられている。寝台の上には清潔なシーツと大きな枕が用意されていた。

 牢獄のような場所を覚悟していたロキであったが、トールの言った「ヴァルハラはオメガを歓迎する」という言葉は、あながち嘘ではないのかもしれない。

 大きな窓には鍵などがかけられているわけでもなく、大きく開け放てば、緑の繁茂する庭が見渡せた。

 部屋から出ることは自由なようだ。しかし部屋から出られたとて、切り立った崖上にあるこの神殿から出るには、正面にあるあの長い階段を下るしかない。

 オーディンやトールに気が付かれず、ロキがここを離れることはおそらく不可能だろう。


「ロキ、ローキ、黄昏がくるんだって、器作って、早く早く」


 開け放った窓の外を眺めていたロキに向かって、鴉が言った。

 相変わらず雨が降っているが、風はなく、窓には雨除けをかねた庇がついているため、部屋の中に吹き込んでくることはなかった。


「なぁ、器ってさ、どうやってつくるの?」


 ロキは鴉に尋ねた。

 二羽の鴉は、部屋の壁から突き出すように造作された止まり木に並び、顔を見合わせている。


「オーディンと交わり体に宿す」


 鴉が答えた。


「孕んで産むってことだよな?」

「オメガは器を創る」

「産むのとは違いマス」


 さらにロキが尋ねると、また鴉が口々に答えた。


「ちょっとよくわかんないけど、交わるってのは比喩的なことじゃなくて、肉体的に交わるってこと?」


 鴉はまた一度顔を見合わせた後、ロキに向き直った。


「そう、そうなの」

「そういうことデス」


 鴉の言葉にやはりそうかとロキは唸った。

 気は進まない。が、覚悟はしてきた。


「じゃあ、とっとと済ませよう。オーディンはどこにいるんだ、ここに来るのか」


 ロキが言うと二羽の鴉はバサバサと翼を揺らした。


「そのままじゃダメ」

「身を清めて、着替えまショウ」

「え」


 言われてロキは、確かめるように襟を引っ張り匂いを嗅いだ。昨日も風呂に入ったし、そんなに不潔な衣服を着ているわけでもないが、とりあえずここはおとなしく鴉の言葉に従うことにする。

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