ヴァルハラ
第110話
◇
ただただ白く広いこの場所に、戦いの神、最高神オーディンは鎮座していた。
アカンサスの文様が施された背の高い
オーディンは
最高神というからには、
オーディンは白い肌に鼻筋の通った美丈夫だ。見た目もそこまで歳がいっているようには見えない。細身とも屈強とも言い難い体躯をしているが、椅子にだらしなく座った姿でもかなりの長身であることが見て取れた。
オーディンは右眼を眼帯で覆っているが、気だるげに顔にかかった前髪の隙間から、フェンリルと同じ透き通るような淡いブルーの左眼がのぞいていた。
ロキはトールにオーディン御前に導かれた。
膝をついた大理石の床はひどく硬くて冷たく、また直後ロキに向けられた声音も息が止まるほどに冷ややかだった。
「この、貧相で色気のないガキがオメガ?」
オーディンははっと息を漏らし、小馬鹿にするように吐き捨てた。
傍で、トールが頷く代わりに瞼を閉じた。
オーディンの傍に二羽の鴉が現れ、どこか戯れるようにオーディンの周囲を彷徨いていた。それは衣服や髪を整える行為のようだ。鴉はオーディンの長衣の裾を整えると、交互に髪を啄み器用に編んでいる。
気づけば椅子の後ろには、二匹の灰色狼が寝そべっていた。
この鴉や狼はおそらく、あの時村にロキを迎えにきたものたちだろう。
「ロキという名だそうです」
圧倒されて黙ったままのロキに変わってトールが言った。「ロキ」と聞いた途端、オーディンはその左眼を見開き、しなだれていた頭を僅かに持ち上げた。
「ロキ? ロキだと……?」
問われて、ロキは頷いた。
「ふざけた名前だ」
オーディンはそう言って皮肉めいた笑みを浮かべた。
ロキとはバルドルを冥界に突き堕とし、黄昏のきっかけを作った大罪人の名前だ。その名前をオーディンが「ふざけた名前」と言うのは致し方ない。
「オーディン……」
ロキは最高神に呼びかけた。か細く震える自分の声に驚き、一度息を深く吸い込んでから咳払いをする。
「俺は人を探している、その人はここにいるはずなんだ。会わせてくれないか?」
「あ?」
オーディンの眉がピクリと動いた。
苛立ったようなその様子に、ロキは一瞬たじろいだが、また息を吸い込み言葉を続けた。
「もちろん、ちゃんと器も創るつもりだ。だけどその代わり、役目が終わったら、じいちゃんと一緒に帰らせてほしい」
「じいちゃん?」
「そう、俺が探してる人……俺のじいちゃん」
オーディンは目を細めた。
「じいちゃんというのは、お前と暮らしていた男か?」
「そ、そうだ!」
爺の存在をオーディンは知っていたようだ。
「そいつがここにいる、と?」
「そうだ、じいちゃんはヴァルハラにいるって! そこの、鴉からきいた!」
どっちの鴉かわからないが、とりあえずロキはオーディンの肩の上で組紐を咥えた方を指差した。その鴉はロキのことなど目もくれずに、せっせとオーディンの髪を纏めている。
「鴉がそう言ったのか? あの男がヴァルハラにいると?」
「そうだ!」
オーディンから得体の知れない圧を感じ、ロキは上ずる声を抑えるために衣服の胸元を強く握った。
次になんと言われるのかと身構えたロキだったが、オーディンは突然破裂したように声を上げて笑い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます