第21話 惨劇


 伊藤は雛に進言されて以来、黒川への疑念が日々強まっていることを実感していた。


 黒川のことを信頼している伊藤はその気持ちを晴らすためにも、まずは黒川へ会いにいって直接本人の口から真実を聞きたいと考えた。


 伊藤が黒川のもとを訪れると、黒川はこころよく迎え入れてくれる。


「伊藤よ、最近のおまえの隊の活躍は目に見張るものがある。

 特にあの斎藤、中村、高橋の活躍は目覚ましい。褒めてつかわすぞ」


 新和隊の活躍のおかげもあり、黒川は名実ともにその存在を国中へ広めることに成功していた。


「有難き幸せ。……僭越せんえつながら、一つ黒川様にお聞きしたいことがあります」

「なんだ?」

「黒川様の命令にならい、たくさんの命をほうむってきました。

 しかし、一向いっこうに国は良くなっていないように思うのです。民からもいい知らせはおろか、日々なげきしか聞こえてきません。

 本当に私たちがしていることは正しいことなのでしょうか?」


 その言葉を聞いた黒川の表情は一変いっぺんした。


「何? 貴様、何を言っているのかわかっているのか」


 あからさまに不機嫌そうな態度に変わった黒川だったが、伊藤はくじけなかった。


「失礼を承知で聞いております。

 私たちは命をかけ、自分たちの信念のもとに任務をまっとうしているのです。

 納得していないことには従えません」

「ふん、おまえたちはただ私の言うことを聞いていればいいのだ。

 気分が悪い! おまえの顔など見たくない、帰れ!」


 黒川はそれ以降、もう話も聞かず、口もきいてくれなくなってしまった。


 伊藤は仕方なくその場は引いて、帰路きろへとつくことにした。




 その日から、黒川についての情報収集をはじめた。

 ありとあらゆる手段を駆使くしし、黒川について徹底的に調べあげていく。


 そしてとうとう、伊藤は真実に辿り着いてしまった。


「これは、なんてことだ……」


 黒川は伊藤が知っているような人物ではなかった。


 伊藤たちに殺すよう命じていた者たちは、決して世の中に悪影響をもたらす者だけではない。

 黒川にとって都合が悪く、彼がのし上がっていくのに邪魔と思われる人物たちだったのだ。


 今まで命令のままによく調べもせず、手を下してしまったことが悔やまれる。


 新和隊を作ったのも、はじめから自分の計画のために駒のように動く者たちが欲しかっただけ……。


 許せない。


 伊藤は拳をきつく握りしめた。


 黒川の思うように操られていたのだ。

 彼の駒として殺さなくていい人たちまで殺していたというのか。


 不甲斐ない!

 隊のみんなに申し訳がたたない。

 いったい皆にどう説明すればいい?


 伊藤は頭を抱えた。

 そして何か決意したように顔をあげた。


「俺が、決着をつける!」


 勢いよく伊藤が立ち上がったそのとき、すぐ後ろで声がした。


「そいつはご愁傷様しゅうしょうさま……」


 次の瞬間、伊藤は背中を斬られた。


「ぐはっ」


 伊藤が振り返ると、そこにいたのは不敵な笑みを浮かべる人物。


「や……ま、もと?」


 伊藤がその場に崩れ落ちた。


 力を振りしぼり立ち上がろうとする伊藤の上に、山本が馬乗りになった。


「おまえはなかなか使える奴だったよ。頭は切れるし統率力もある。

 下の者から信頼され、人を従わせる能力もあった。

 黒川様はおまえにすごく感謝していたよ」


 山本が顔を寄せ、耳元でそっとささやく。


「とっても役に立った……単純馬鹿な奴で扱いやすかったってさ」


 伊藤が大きくうめきながら山本の首を絞めた。


「ぐっ、貴様、何を……」

「おまえらの、好きにはさせん! かならず、私の仲間が……おまえたちを地獄にほうむるだろうっ!」


 苦し気に叫ぶ伊藤を睨みつける山本。


「ほざけっ。ではあの世からおまえの仲間がやられていくのを見ておくんだな!」


 山本は刀で伊藤を貫いた。


「さようなら、お馬鹿さん」


 もう一度最後のとどめを伊藤の体に突き刺し、山本は微笑んだ。


 伊藤の周りに血だまりがゆっくりと広がっていく。


 薄れゆく意識の中、伊藤の脳裏にみんなの顔が思い浮んでいった。


「さ、いとう……、なか、む、ら……。み、んな、ご……め、ん……」


 瞼がゆっくりと閉じられていき、伊藤の意識はそこで途絶えた。





 夜は明け、太陽の光が屋敷を照らしていく。


 昨日の惨劇さんげきが嘘のような穏やかな日常。

 屋根のかわらに太陽が反射してキラッと輝くと、小鳥たちが飛び立った。


 雛はいつも通り身支度を済ませると庭の前を通った。


 いつもは必ず朝食の前、庭で朝練をしている伊藤が今日は見当たらない。

 不思議に思った雛は伊藤の部屋へと向かった。


 部屋の前で立ち止まると声をかける。


「おはようございます。……伊藤さん? 体調でも悪いんですか?」


 返事がない。


 雛は障子を開けた。


「え……」


 血に染まった畳の上に人が倒れている。

 血なまぐさい匂いが鼻をついた。

 倒れている人の胸には、真っ直ぐと刀が突き刺さったままだった。

 刀で貫かれ、血に染まったその人物……。


「い、とう……さん?」


 雛は震える体でゆっくりと近づいていく。

 その顔を確認すると、我に返ったように雛は叫んだ。


「伊藤さん!! 伊藤さん! なんで……どうしてっ!」


 雛は伊藤の体を揺するが反応がない。

 手にはべっとりと伊藤の血がからみつく。

 それでも、懸命に雛は伊藤を揺すり続けた。


 そうすることしか今の雛には考えが思いつかなかった。

 どうか、生きていて、目を覚まして!

 そう唱えることしか……。


「伊藤さん! 誰か、誰か! 誰かっ!!」


 雛の悲痛な叫びを聞きつけ、神威がすぐに駆け付ける。


「どうした、いったい何があった?」


 神威は一瞬、伊藤の姿に驚いた表情をしたが、すぐに冷静さを取り戻すと雛の側へ駆け寄った。

 そのすぐあとに、宇随が駆けつける。


「なんで……どうしてこんなっ」


 その惨状を目にした宇随は息を呑み、ただ茫然と見つめている。


 神威はすぐに伊藤の息を確かめた。次に首元に手をあて脈を確かめる。

 そして、ゆっくりと首を振った。


「まじかよ……」


 宇随は愕然とし、肩を落とす。


「伊藤さん、何で……、誰がこんな……っ」


 雛は震えていた。怒りと悲しみで、コントロールが効かない。


 いつの間にか、駆けつけていたらしいあとの二人が突然叫んだ。


「おい! 何だあいつら」

「あれ、山本じゃないか!」


 二人の視線の先を確認すると、こちらへ向かってくる大勢の剣士たちの姿があった。

 その先頭にいるのは山本。


 いったい何が起こっているのかわからずその場にいる皆が困惑していた。

 その中で神威だけが一人冷静だった。


「今は敵を迎え撃つ! みんな油断するなよ」


 神威が叫ぶと皆それぞれ、戸惑いながらも刀を構えていく。


 山本が大勢の剣士を引き連れ、雛たちに突っ込んできた。


 一体、何が起こっている?

 わけもわからないままに、雛たちは応戦するしかなかった。


 先頭にいる山本が叫ぶ。


「おまえら、覚悟しろ! もうお遊びは終わりだ!」


 雛たちは悲しみに暮れる暇もなく、敵を迎え撃った。



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