第91話 飲み会

 

 俺は奥の部屋に通された。

 開始時間の30分も前に来ている人って誰だろうっと思いながら部屋に入った。


「失礼します。

 本郷です」


「あら、本郷君、今日はずいぶん早いのね」


 このサークル(世界の政治情勢研究会)の副代表である澄川先輩だ。

 それに、もう一人、俺と同学年で梓との友人ともなった榊原好美さんもいた。

 そういえば彼女とは夏休みに梓と一緒にボルネオに招待したんだった。


「あ、本郷君。

 こんにちわ」


「あ、澄川先輩と、榊原さん。 

 二人とも早いのですね。

 俺が一番かと思ったんですけど、負けましたか」


「いつもはぎりぎりか、やや遅れてくる本郷君が今日はどういう風の吹きまわしかしらね。

 まだ30分も前よ」


「ええ、今日は出先から直接来たもので、時間が読めませんでした。

 近くで時間を潰そうかとも思ったんですが、30分って中途半端じゃないですか。

 それなら少々早くとも店で待てばいいかなと思った次第です」


「出先って、デートかな」


「梓ちゃんじゃないわよね。

 彼女はそんなこと何も言ってなかったし」


「榊原さん。

 いつも梓とそんなことを話しているの」


「女同志の会話は秘密です。

 デートじゃなければアルバイトとか。

 でも本郷君はアルバイトする必要はないわよね。

 お金持ちだし」


「アルバイトか。

 まあそんなとこかな。

 仕事だったし。

 それよりもあまり俺の事ばらさないでね。

 別に秘密としている訳じゃないけど言いふらすつもりもないので」


 好美さんは今日子さんの友人である経産省のキャリアの仁美さんの妹だ。

 守秘義務に反しない限り、姉の仁美さんから色々と聞いているだろうが、周りに言いふらされたくはない。

 軽く釘を刺しておいたが、早速澄川先輩が食いついてきた。


「え、え、本郷君ってお金持ちなの」


「ええ、ひょんなことからある王族の部下となりまして、そのおかげでお金には苦労はしておりません。

 その代わり別の苦労をたくさん抱えましたが」


「ある王族って……」


「あ、教授。

 こんにちわ」


 ちょうど、このサークルの主催者である老教授が部屋に入ってきた。


「なにやら楽しそうな話だな。 

 若いっていいものだな。

 それより、あまり他人のプライベートに首を突っ込むのは感心しないな」


「はい、すみません」


 教授の注意を受けて、しゅんとする澄川先輩だ。


「それに知りたければ、自分で調べればいいだろう。 

 会社の経営者とか、政府の高級役人とか、王族もそうだが、そういった人種ってどこの世界でも公人なのだから、どこかしらに記録があるものだ。

 興味を持ったら、まず調べる。

 いつも言っている話だろう。

 まあ、彼の云う王族って秘密にしていないのなら教えても問題無いだろう。

 スレイマン王国の事だ。

 その王国の第三王子だったか」


 教授はやはり知っていたようだ。

 別に鎌をかけている訳じゃないだろうが、間違えは訂正しておこう。


「いえ、教授。 

 第四王子のエニス殿下です。

 私の上司となるのは、そのエニス殿下です」


「え、え、ボルネオ王国じゃないの。

 何で、なんで」


 好美さんは、夏休みに招待したのがボルネオだったから勘違いしているようだ。

 まあここに居る人たちには話しておいた方がいいのかも。

 どうせあの解析力だ。

 調べればばれるのなら、騒がれないうちに教えておこう。

 俺はかいつまんで経緯を話した。


「え、なんで私も招待してくれなかったのかな~」


 説明が終わると澄川先輩は不満そうに夏のボルネオの件で俺の文句を言ってきた。


「す、すみません。

 如何せん、幼馴染の梓が、前に連れて行けと言っていたので、約束を果たすために企画したのです。

 年頃の女性を、いくら幼馴染とはいえ俺とだけでは色々と誤解を呼びますし、何より梓の父親が心配しますので、友達数人を一緒に企画したものだったもので、すみません」


「え、え、それじゃ~なんでお姉ちゃんも居たのよ」


「え、榊原さんのところは姉妹で招待したの」


「結果的にはそうなりましたね。

 実は彼女は仕事なのですよ」


「え、ずっと私たちと一緒にお友達の藤村さんと遊んでいたじゃない」


「そ、そうなんだよ。

 それ、ものすごく不満だったよ。

 何で仕事で来ているはずのあの二人が遊んでいて、俺はずっと仕事だったんだよって思ったんだ」


「仕事……

 あの開発計画かな。

 君も経営に参画しているようだが」


「はい。

 出資者たちとの顔合わせに連れて行きました」


「実に興味深いな。 

 良かったら裏事情など教えてくれんかね」


「いえ、私の口からは何も言えません。

 それよりも、ここの先輩諸氏を集めてお聞きになった方が、よっぽど情報は集まるのでは。 

 ここの先輩達ってかなりの人数が政府の上層部にいますよね。

 それに民間でも一流企業のお偉いさんとか」


「ああ、そのようだな。

 しかし、あいつらも口は堅いのだよ。

 いくら酔わせても愚痴くらいしか言わないよ。

 それでいて、困った時には色々と聞いて来るから癪に障るがね。

 まあ、そろそろ他の者も集まるから、こんなキナ臭い話は終わるとするかな」


 流石に年の功というやつか。

 教授は人が多くなりだしたのを見て話を切り上げてくれた。

 まあ、あまり飲み会での会話には向かない話だしな。

 ここには男性も集まってきているし、あの時のメンバーを見れば、俺のことを『このハーレム野郎』と言われかねない。

 ハーレム野郎は否定しないが、メンバーが違うし、何より俺は仕事で行ったんだ。

 何も知らない周りから『ハーレム野郎』と罵られたくはない。 

 教授も、どんな意図があるかは分からないが、今ここに居る人間以外には俺の状況を教えるつもりはないようだ。

 正直ありがたいが、本当によく見ている教授だ。

 俺は、その分析力が欲しくてこのサークルに参加しているのだし、これからも色々と学ばせてもらう。

 参加者全員が集まり時間通りに、学祭に向け研究のキックオフのための飲み会が始まった。

 飲み会だけにしか参加しない先輩たちも多くいるが、それでも別に違和感のないにぎやかで楽しい飲み会だった。

 2時間後に飲み会はお開きとなり、そのまま2次会に流れる人も多くいたが、俺はここで別れることにしている。

 澄川先輩からも2次会に誘われたが、俺は冗談をかませてやんわりとお断りしておいた。

 ここからタクシーで戻ってもいいのだが、俺は外の待たせている尚子さん達と合流後歩いて羽根木に戻っていった。

 歩きながら尚子さんは、あまり重要ではないが、俺への報告の必要のある案件について報告をしてくれる。

 あの飲み屋でも仕事をしているのだろうか。

 本当にすごい人たちだ。

 それでも、日に日に俺への仕事の量が増えている気がする。

 今尚子さんから聞いている報告も、とにかく聞けばいいだけのものだが、それでも聞かない訳にはいかないものばかりだ。

 まあ、重要案件は、よほどの緊急性が無い限り、こんな場所で報告を受けないが、こんな隙間時間まで仕事を入れてくるのはどうかとは思う。

 俺は聞いた報告に対して、俺の判断が必要な案件だけは指示を出した。

 そんなことをしていればあっという間に時間は過ぎる。

 下北沢から羽根木までは歩いても20分くらいの距離だが、ほとんど時間を感じずに羽根木に着いた。


 やれやれ、俺の仕事はこれで終わりか。

 飲み会が仕事ではないとは思うが、帰り道に無理やり仕事をさせられた気分なので、仕事の終わりといった気になる。

 俺が部屋に入ると、割とにぎやかだ。

 俺の帰りを、これ以上ない位の笑顔で出迎えてくれる9名の女性に、その横で、物欲しそうな顔をしたファミリアさんもいる。


 え?

 ひょっとして昼の件か?

 もしかして全員が期待しているとか。

 む、無理だよ。

 9名全員とは絶対に無理だ。

 交代だとしても俺の方が持たない。


「あまりがっつかないの」


 奥にいたイレーヌさんが皆を抑えてくれた。


「さっき決めた順番ね。

 流石に直人様もいっぺんには無理よ。

 今晩はあなた一人がお相手ね」


 すみません。

 一人ずつでお願いします。

 俺は昼にファミリアさんに全員相手をすることを約束はしたが、早速だとは思わなかった。

 俺が一人ずつ意思を確認してからと、思っていたけど、その必要はないな。

 むしろ、そんなことをするくらいなら、サッサという感じかな。


「イレーヌさんの云う通りでお願いします」


 俺はそう言うと、後は周りに任せた。

 そのままいつものメンバーに風呂に連れて行かれ、いつものルーティンが始まった。

 唯一違うとすれば、お相手が俺のとって初めての人なだけだ。

 俺はそのまま楽しいひと時を過ごして朝を迎るのであった。

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