少年

 王子……!?

 もしかして、僕がサンドロテイム王国……とまではバレていないとしても、僕が他国の王子だとバレてしまったのか!?

 もしそうだとしたら、セシフェリアに抱きしめられて身を動かせないこの状況はまずい……!

 とにかく、ここはしっかりと否定しておこう。


「ぼ、僕が王子様だなんて、そんなことあるわけないじゃないですか」

「え〜?そうかな?でも────」


 否定しても再び食い下がってくるほどには、何か確証があるのか……?

 僕がそう思い、次のセシフェリアの言葉を警戒していると、セシフェリアは明るい声で言った。


「さっきのルークくん、王子様みたいに二人のこと助けてて、すごくカッコよかったよ?」

「え……?あ……あぁ」


 王子様というのは位の方じゃなくて、本とかで一般的に付いているイメージの引用ということか。

 セシフェリアの放った王子様という言葉の意図を理解すると、僕は一度上がった心拍を落ち着ける。


「まぁ、言ってることも王族とは何かって感じで、本当の王子様みたいだったけどね〜!それにしても、ルークくんがあそこまで王族に関して深い考えがあるとは知らなかったよ〜!」

「ルーク様が王子、様……」


 聞こえないほど小さな声で、何かを呟いたセレスティーネ。

 ……僕が王族に関してだけ深く考えているとなると、後々違和感に気づいたセシフェリアに突かれてしまう可能性がある、かな。

 そこまで心配する必要は無いのかもしれないけど、念には念をということで、その線を消しておく。


「王族の方に関してだけじゃなくて、貴族の方についても考えたりしています……そういったことを考えるのが好きなので」

「へ〜!そうなんだ〜!ルークくんは色々考えててえらいね〜」

「ルーク様が賢いお方だというのは賛同致します……が、クレア様」


 セレスティーネは僕とセシフェリアのことを引き離すと、間に割って入るようにして言った。


「ルーク様のことを抱きしめるのはお辞めください」

「え〜!なんで?ルークくんは私の奴隷だから、抱きしめたって私の自由だよね?」

「私がその理屈を受け入れるとお思いなのですか?ルーク様がクレア様に抱きしめられたいと願っているのであればともかく、ルーク様の奴隷という立場を利用して抱きしめることなど私の前では許しません」

「もう、わかったよ、じゃあ今からセレスティーネの死角になる路地裏にルークくん連れ込んでそこで抱きしめることにする〜」

「そういう問題ではありません!」


 強く否定するセレスティーネに対し、呆れたようにため息を吐いてから言う。


「言っておくけど、いくら奴隷制度廃止のためだからって、この間の会食で私にルークくんのこと譲ってとか言って来たこと私まだちょっと怒ってるんだからね?」

「そうだったのですね」

「そうだったのですね、じゃないから!本当、その勢いで今後カッコよくて可愛いルークくんに見惚れ出すとかやめてね?」

「はい、わかっております……それはそれとして、クレア様には今後のルーク様との関わり方というものを教えて差し上げねばならないようですね」

「はぁ!?今のままで十分だから!!」

「そういうわけには参りません」


 それから、二人はセシフェリアが今後僕にどう接するべきなのかということについて言い争いを始めた。

 ……僕は普段、こんなことで言い争っている人間に日々翻弄させられているのかと思うと少し思うところがあった。

 そんな二人から少し離れて、僕はずっと同じ場所に立って僕たちの方を見ていた奴隷の少年に話しかける。


「君、大丈夫?王女様から処刑されるって言われて怖かったと思うけど、ひとまずは大丈夫だと思うよ」


 僕とそこまで年齢差があるわけじゃないけど、おそらく僕よりも一つか二つは年下な少年。

 仮に僕が少年の立場だったら処刑も覚悟の上だったからそこまで精神的苦痛を感じることは無かったと思うけど、みんながみんなそうじゃないことを僕はよく理解している。

 王族でもない少年が一国の王女から処刑にすると言われれば、かなり怖かったはずだ。

 気分もかなり沈んでいると思うから、優しく接しよう。

 すると、少年は久しぶりに声を出すからか、小さな声で。


「……ぇ……す」

「……ゆっくりで良いから、もう一度聞いても良いかな?」


 僕がそう言うと、少年は────明るく大きな声で言った。


「すっげぇカッコよかったっす!!」

「……え?」


 目を輝かせて言う少年に、僕は思わず困惑する。

 その少年の雰囲気が、つい先ほどまで処刑宣告をされていた奴隷の少年という状況からは全くイメージできないような雰囲気だったからだ。

 僕が困惑していると、少年は続けて。


「俺と同じ奴隷なのに、あの王女様にズバッ!と言いたいこと言ってて、ガキンッ!って感じで剣構えてて!」

「えっと……あ、ありがとう?」


 ズバッ、もガキンッ、もよくわからないけど、一応褒めてくれているみたいだから感謝を伝えておいた。


「ていうか、あの綺麗な女の人二人って、ルークさん?の、女の人なんすか!?」

「えっ……?いや、僕の女の人ってわけじゃ────」

「きっと、あの女の人たちのことをルークさんの溢れ出るカッコよさと力強さで射止めてるんすよね!憧れるっす!!」

「力強さで射止めてる、というか……」


 僕は、今までのセレスティーネとの記憶の一部や、つい先ほどまでのセシフェリアとのことを思い出す────


「ぁっ、ルーク様、今は下着を着けていませんので、あまり動かれてしまうと擦れてしまいます……」

「ルーク様……ルーク様のものが、大きくなられているとお見受けしましたが……これは、私の体を見てそうなってくださっている、ということなのでしょうか?」

「ルークくん、もっとよく見て?これが私のおっぱいだよ?ステレイラちゃんのおっぱいなんて忘れるぐらい、よく感じて」

「可愛い〜!可愛いよ、ルークくん!ここされると声出ちゃうんだね!!この部屋はちゃんと防音だから、いっぱい声出していいよ!!」


 ……むしろ、僕の方が彼女たちに翻弄されているとも言える記憶しか思い出せないけど、こんなことを目を輝かせている少年に言うわけにもいかない。

 かと言って、嘘を吐くのは忍びなかったため、僕は話題を変えて言う。


「ついさっきまで処刑されるっていう話だったのに、思ったよりも元気なんだね」

「処刑は怖かったっすけど、三人に助けていただいたんでもう平気っす!それに、俺絵以外点でダメなんで、王女様の不機嫌買っちゃうのも仕方ないかなって……」

「絵を描くことができるんだね」

「そりゃあもう!大得意っす!」


 少年は、手を筆に見立てて振りながらそう言った。


「それなら、十分すごいと思うよ」

「あざっす!って言っても、奴隷になってからは筆も絵の具も触れないんで、木の枝と土で練習してるって感じなんすけどね」

「……」


 こうして才能の種まで摘んでしまうのが奴隷制度で、その制度を採用して運用しているのがエレノアード帝国。

 改めてエレノアード帝国への敵意が強まった僕だったけど……僕の手の届く範囲の人のことは、摘ませたくない。

 そう思い至った僕は、まだセシフェリアと言い争っていたセレスティーネに話しかける。


「セレスティーネさん、少し良いですか?」

「ルーク様、どうなされたんですか?」

「……あの少年は、これからどうなるんですか?」

「なるほど、心配しておいでなのですね……でしたらご安心ください」


 そう言うと、セレスティーネは自らの胸に手を当てて。


「あの方のことは、セレスティーネ公爵家で運営している保護施設にて保護させていただきます」

「保護施設……良かったなんですけど、その際にあの少年に絵の具と筆を渡してあげてくれませんか?」

「絵の具と筆を……承知致しました、ふふっ、ルーク様は相変わらずお優しいですね」


 それと、と付け加えると、セレスティーネは僕の耳元に口を近づけて言った。


「先ほど、クレア様がルーク様に見惚れないようにと私に警告をして来ましたが……私は既に深く心を奪われておりますので、そのことをゆめゆめお忘れになられないでください」

「っ……!」


 それから、僕とセシフェリア、セレスティーネと奴隷の少年に分かれて、僕たちは処刑台前を後にした。

 そして……翌日。

 ────波乱のエレノアード祭まで、あと二日。

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