王族

「……いきなり出て来たかと思えば、この私に王族であることを説くなんて良い度胸ね、あなたの爵位は?」

「爵位は無い、そこに居る人と同じく奴隷だ」

「……奴隷?」


 そう呟いた王女は一瞬目を見開いて驚いた様子だったが、次第に呆れた様子で首を横に振って言う。


「見た目や言葉、雰囲気から直感的に高貴な血筋の生まれだと思ったけれど、ただの奴隷だったなんてね……私も、まだまだ人を見るめが無いということね」

「今更気がついたのか、このエレノアード帝国で今奴隷とされてしまっている人のことをただの奴隷としか見れていないあなたには、元から人を見る目なんて無い」

「なっ……!」


 血に高貴かどうかがあるのかはともかくとしても、この王女は直感的に僕が良い生まれの人間であることは感じていた。

 そこまでなら見る目があると言えるのかもしれないし、そのまま深く思考をして今後も時間をかければ、場合によっては僕がサンドロテイム王国の王子であることまで突き止めることができたかもしれない。

 だけど、奴隷だからという理由でその可能性を除外してしまっている。

 当たり前だけど、そんな人間のことを見る目がある、とは言わないだろう。


「加えて、王族なのに国がどうあるべきかすら正しく理解できていない」

「私に剣を構えただけでも死は免れないと言うのに、私に対して人を見る目が無いと発言した挙句、国がどうあるべきかすら正しく理解できていないですって?」


 冷たい表情で問いてくる王女に、僕は真剣に答える。


「あなたが言っていた通り、民は貴族や王族のために、貴族は王族のためにというのが国の成り立ちの一部としてあることは否定しない」


 だけど、と続けて。


「さっきも言った通り、王族はそれらを受けた上で、統治している国に住まう民たちにどうすればもっと豊かな生活をしてもらえるかを考えないといけない……それこそが王族の役割なんだ」

「っ……!」


 僕が今までの話も踏まえて改めて力強く伝えると、王女は目を細めて苦い表情をした。

 その表情に、どんな意図が込められていたのかはわからないけど……

 そこには、王女が心の底で思っていることの何かが、現れているような気がした。

 でも、そんな気がしたのも一瞬で、王女はすぐに先ほどまでの冷たい表情に戻って挑発するように言う。


「そんな甘い王族が運営している国があるのだとしたら、すぐにでも滅びるんじゃ無いかしら?いいえ、もう滅びているかもしれないわね」

「っ……!」


 甘い王族……?

 すぐにでも滅びる……?

 もう滅びている……?

 先ほどの王女の表情を見て何かを思いかけ直した僕だったけど、今の王女の発言によって全てが吹き飛んで、今まで以上に力強く言う。


「黙れ……今このエレノアード帝国で奴隷とされている人たちが全員人であること、そして国が人によって成り立ち、王族はその人たちのおかげで国を繁栄させることができてきたことにも気づけないあなたが、王族を語るな」

「っ……!なんなのよ、あなた、奴隷のくせに……」

「……」

「どうして、そんなに力強い目を……っ、私だって、本当は……」


 小さな声で何かを呟いた王女は、それから少し間を空けてから手を挙げて言った。


「もう良いわ!セレスティーネの身柄は拘束、それ以外の奴隷二人はこの場で今すぐ処刑しなさい!」


 そう言うと、王女の後ろに控えている兵士三人は、前に出てきた。

 僕は剣を構えなおして、いつでも受けられるようにする。

 そして、三人の兵士が僕に向けて槍を突こうとして来たため、僕はそれに対する形で三人の槍を一気に弾き飛ばそうとした────その時。

 パンッ、という音がこの処刑台前周辺に響くと……


「は〜い、ルークくんも王女様も、そこまで〜」


 というセシフェリアの声が聞こえてきた。


「……セシフェリア?」


 この場にセシフェリアが居ることが予想外だったのか王女が困惑したように声を漏らすと、セシフェリアは、コツ、コツ、という耳障りの良い足音と共に、こちらに向かって歩きながら王女に向けて言う。


「王女様、色々と怒る気持ちもわかるけど、今回は奴隷の子……特に、その金髪赤目の男の子の方は許してくれないかな?」

「何を言っているの?私にあれだけ無礼な発言をしておいて、許せるはずがないでしょう……大体、どうしてあなたがそこの奴隷を庇うのかしら?」

「あぁ、それはね〜」


 僕たちの前まで歩いて来たセシフェリアは、そのまま僕のことを抱きしめて来て言った。


「この子が私の奴隷だから!」

「セシフェリアの、奴隷……?そういえばそんな話があったけれど、そうなのね、この奴隷が……」


 王女は、再度僕と目を合わせてきて小さく呟いた。


「そうそう!だから、もしこの子のこと処刑するなんて言われちゃったら────」


 続けて、セシフェリアは表情を冷たくし、声を暗くして言った。


「私は王女様と敵対しないといけなくなっちゃうよ……そんなことになったら、王女様だって困るでしょ?」


 その発言を聞いた王女は、セシフェリアに向けてハッキリと言う。


「私を脅しているつもりなのかしら?だとしたら、この私のことを脅すなんて良い度胸ね、セシフェリア」

「え〜?脅しじゃないよ?王女様がこの子のこと処刑するって言うんだったら、私は本気で敵対するからね」

「その発言は、本当なら口にするだけでも罪になることをわかっているのかしら?」

「もちろんわかってるよ?でも、私ならこんなことで罪になんてならないでしょ?」

「……」


 それに対し少し沈黙した王女は、一度目を閉じると再度目を開いて言った。


「わかったわ、今回は特別に不問ということにしてあげる……それに」


 王女は、一度僕に視線を送ってきた。

 先ほどから何度かこういうことがあるけど、その意図は相変わらずわからない。

 僕がそう思っていると、セシフェリアは僕を抱きしめるのをやめると、再度手を合わせてパンッ、という音を響かせて言った。


「はいっ!じゃあ、これでこの件はもう一件落着だから、みんな安心して帰って良いよ〜!」


 処刑台を取り囲むようにして集まっていた人たちにそう伝えると、その人たちはこの処刑台前から去って行った。

 そして、続けて王女も僕たちに背を向けてこの場から去って行く。

 僕は、その背中を目に焼き付ける。

 ────いずれ相対するかもしれない、その時のために。


「……」


 王女の背中が見えなくなるまで見届けると、セレスティーネが話しかけてきた。


「ルーク様、先ほどは助けてくださり、ありがとうございました」

「いえ、最終的には結局争う形になってしまったので、助けたのは僕というよりかはセシフェリアさんだと思いますよ」

「そのようなことはありません!ルーク様が私たちを助けてくださったからこそ、セシフェリアさんも私たちのことを助けてくださったのです!それと……」


 続けて、セレスティーネは頬を赤く染めながら言う。


「先ほどのお言葉の数々、とても重みがあり、胸に響きました……やはりルーク様は、私にとって特別なお方です」


 セレスティーネがそう言った直後。


「ルークくん〜!!」


 セシフェリアは大きな声で僕の名前を呼ぶと、力強く抱きしめてきた。


「セ、セシフェリアさん!?」

「さっきのルークくん、すごくカッコよかったね!!王女様にあんなに堂々と言いたいこと言える人なんて、今までそうそう居なかったんじゃないかな?」

「そう、なんですか?」

「うん!パッと思いつくのはマーガレットぐらいかな……とにかく、とってもカッコよかったよ!」

「そ、そんなことは……」

「謙遜しないの!さっきのルークくんは……そう、さっきのルークくんは────、みたいだったね」

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