第二十三話 大掃除

 一月の末。空き地には霜柱が立って、地面を踏むたびにザクザクという音が奏でられる季節。僕は枯れた雑草をかき分けながら、ボロ小屋の前にまでたどり着いた。

 傍からみれば、リクルートスーツ姿のいい年した大人がこんなところでなにをしているんだと思われそうだが、そんなことは別にどうでもいい。


「先輩! いますか?」


 人に聞かれても良いように、とりあえずはその呼び方で。僕は数秒、数十秒、飛んで三分ほど待ってから、返事がないことを確認して。手に持っていたビジネスバッグを漁り始める。


「確かこの辺に……あった」


 取り出したのは真鍮製で少しだけ古びた鍵。この小屋の扉を開けられるように、クリスタさんからもらったものだ。彼女は、こうでもしなければネネ先輩には会えないだろうと、随分強引な手段を僕に提供してくれた。ありがたいね。


「失礼しますね」


 僕はドアノブに手を駆けながら小さな鍵を差し込み、ガチャリと一捻りする。そのまま、ドアノブも一捻り。少しだけ凹んでいる扉が、何の抵抗もなく開いてしまう。


「うわ、くらっ」


 しかも、ジメジメと音が聞こえてきそうなほど、湿気もひどいし、かなり埃っぽい。はっきり言って、空気が悪すぎる。どう考えても知的生命体が住み着いていい場所ではない。


「なに、挨拶も無しに失礼なやつね」


 部屋の中から聞こえたのは、まるでやるきが感じられない、ダウナーすぎる女性の声。正直、ギャップがありすぎて信じられないけれど、これはネネ先輩の声だ。


「挨拶ならしましたよ」

「外からでしょ? 聞こえるわけないじゃない」


 言われてみれば、それもそうだ。この小屋の窓は、金属板でふさがれているのだった。ついこの間のことのはずなのに、もう忘れてしまっているとは、僕もなかなか物忘れが激しいな。


「で、何の用?」


 ああ、まったくこの人は……本当に分かりやすく荒れているな。部屋の電気もつけずに、換気もせずに。この分だと、まともな食事もとっていないんじゃなかろうか。


「用の前に、電気付けますよ」


 とりあえず、室内に踏み込んで、ドアをしめたら、本当に何も見えなくなってしまった。


「カギ閉めてよね」

「はいはい、電気付けたらですね」


 えーと……この部屋の電気は……暗くて見えないな。仕方がない。アレを使うか。取り出したりますは、金属製の鉄の棒。こちらのスイッチを押すと、フタの部分がせり上がって、三つのランプが顔をのぞかせる。

 そうして……ピカッとね。


「わっまぶしい!」

「電気をつけるまでの辛抱です。我慢してください」


 とはいえ、相変わらず物凄い光量のペンライトだな。明暗差が激しすぎて、ちょっと申し訳ない気分になってきたけど、これしか手段がなかったのだから仕方ない。


「ドア開けっ放しにすればいいじゃない」


 それはそうだったかもしれないと思いつつ、僕は部屋の電気をつける。


「ふう、これで見やすくなりましたね……って」


 改めてよくネネ先輩の部屋を見回してみると、ひどい有様だ。カップ麺類や、ツナ缶、ミネラルウォーターのペットボトルや、キャットフードの大袋がそこかしこに散乱している。


 まだ、彼女が引きこもり始めてからひと月しか経っていないおかげか、足の踏み場はあるけれど、このまま放置していたらどうなっていたかわからないな。


 というか、なによりひどいのが、いつか見たボロボロのソファーだ。ただでさえまばらに残る爪痕が見苦しかったのに、今では傷がついていない場所を探す方が難しいくらいには、爪痕だらけで、中の詰め物が飛び出しに飛び出しまくっている。おそらく、埃っぽさの原因はこれだろう。


「もう! せっかくだから大掃除しますよ!」

「ええ!? 年末にやったばかりなのに……」

「掃除はふつう、毎週するものです!」


 そう言えば、今更だけど今のネネ先輩、イエネコの姿をしているんだよな。よくそれでドアを開けっ放しにすればいいと言えたものだ。誰かに見られたらどうするつもりなんだろうか。


「さっさと片付けますよ! 今日はこの後、行かなきゃいけない場所があるんですから!」

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