第二十一話 B204-F2惑星


 ネネ先輩に、極めて付き合いの短い僕でもわかるくらいの異変が現れたのは、前回の任務中のことだった。無論それは、リーゼルさんは手遅れだと判明した瞬間から始まったことだけれど、問題はその後だ。


「ネネ先輩、無事ですか」


 ヴィオラインを撃退した僕が、再度擬態を行うこともなく、声をかけた瞬間。それは起こった。


「い、嫌……」

「?」


 最初は、何故だかわからなかった。彼女が何に対してそんな表情を向けているのか。ひょっとして背後に逃げたはずのヴィオラインが再び現れたのかと振り返ってしまったぐらいだ。


 だから、僕の後ろに誰もいなくて、交差点の周囲にも人影がない事を確認するまで、その表情が僕に向けられたものなのだとわからなかった。


「あ、あなた……CRR、よ、ね」

「は、はい」

「わた、しは大丈夫……だから。先に、帰投しておいて」


 記憶の中の彼女は、あからさまに僕から目をそらしていた。いや、顔を背けていた。声を震わせ、たどたどしく発音を重ねて。溢れ出る恐怖心を押し殺しているように見えた。


「わかりました……?」


 結局僕は、彼女のケアに回るという本来の目的を忘れて、言う通りにしてしまった。彼女の恐怖の対象が、僕である可能性に気が付いたのは、クリスタさんから、連絡をもらってから。


 すなわち、彼女が地球の住まいに閉じこもり、一切の連絡を遮断したという報告を受けてからだった。


◇◆◇◆◇


「そうですか。あなたの証言も踏まえると、もう間違いはないですね」

「というと?」


 僕が当時の状況を語り終えたところで、クリスタさんは足元に置いていたレザーバッグを開き、何かを取り出した。


 見たところそれは、クリアファイルのようだ。黄緑色の不透明ではあるが、中に数枚の書類が入っていることくらいは、推察できる。


「これは、あなたのプロフィールカードです。人事部に行って、コピーをもらってきました」

「もらえるものなんですね」

「私の管轄内のことですからね。それはいいんです」


 彼女がテーブルの上に差し出したプリントは、間違いなく、僕の履歴書だった。試験を受ける直前に撮影した(心なしか頭部パーツが薄汚れている)証明写真もあるから間違いない。


 まあ言う通り、これはどうでも良いのだろう。


「問題は、こちら」

「これは……ネネ先輩ですか?」


 続いて差し出されたのは、ずいぶんと見覚えのあるハチワレの毛並み。僕が見た時よりも数段幼い、ネネ先輩の本来の姿が履歴書の隅に写っている。


 彼女はたしか、それなりのベテランだといっていた。艦隊のメンバーになってから、それなりの月日が経っているということなのだろう。


「ええ。何か気が付くことはありませんか?」

「ええと……」


 おそらく、注目すべきは画像ではなくテキストのほう。彼女の経歴や、プロフィールのほうだと思う。

 一番分かりやすいのは、艦隊メンバーに志望した理由のところか。


「……敵性外星人への、復讐?」


 どうやら、ネネ先輩は元々、戦災孤児だったようだ。そこから、保護艦隊メンバーの一人に拾われたのだろうか?


「いいところに気がつきましたね。ですが、もっと重要なのはこっち」


 多大な違和感を覚えたところで、二行ほどの簡潔な志望理由が覆い隠される。左腕で全体を隠している辺り、あまり詳しく見てやるなということか。

 だったら大人しく、右手の方で指示された項目に目をやるべきだろう。


「B204-F2惑星…………これは」

「B204銀河の一つ目の惑星系、その第二惑星があなたの母星でしたね。しかしながらそれは、ネネットの生まれ育った星でもある」

「それってつまり」


 言葉を途切れさせたところで、クリスタさんは強く頷いた。


「あなたとネネットは元々、同じ星にいたんですよ」


 そうか。僕の母星が、彼女の母星。

 ……僕らは同郷だったのか。

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