第三章 シティ・トライアル

第二十話 一ヶ月後


 等間隔で配置された丸窓から覗くのは、果てしなく続く暗闇と、その中を照らす無数の星。

 地球人に観測されないよう、月の裏側を飛ぶ観察艦の、重力のあるカフェスペースで。


 僕はとある人に呼び出されて、彼女の姿を待っていた。


「お待たせしました」


 そんな声を耳に入れて振り向くと、見覚えのある人影が目に入る。

 緑色のメッシュの入った黒のセミロング。僕と似たようなスーツ姿で、僕よりもずいぶんと低い身長。

 僕や、その他カフェスペースに滞在している艦隊メンバーと同じく、地球人に擬態した姿で現れたのは、まさに僕の待ち人だ。


「こうして顔を合わせるのは、モールでの一件以来ですね」

「ええ。あんまり、久しぶりって感じはしませんけどね」


 第一に感じたのは、彼女は意外にも元気そうだという安堵感。第二にそれが虚勢である可能性を考えてしまったのは、やはり、あんなことがあった後だからだろう。


「あなたの検査は終わりましたか?」

「はい。と言っても僕はメカニカですから、ほとんどメンテナンスみたいなものでしたけど」

「そうですか」


 やっぱり、勘違いではなさそうだ。

 今日のクリスタさんには元気がない。


 いつもなら、皮肉っぽいジョークの一つでも添えてくれるところだろうに。ヴィオラインの襲撃に伴う、度重なる報告業務の影響とも考えられるが、本当の理由はもっと別のところにあるはずだ。


「さて……良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きたいですか」


 クリスタさんは、丸テーブルの向こう側に腰掛けて、両手をテーブルの上に組む。聞き方の方に、少しだけ彼女のお茶目さを感じることができたけれど、面持ちの方は、至って神妙。

 冗談を言えるような話題ではなさそうだ。


「リーゼルさんのことからで、お願いします」

「わかりました」


 こういう聞き方をした方が、覚悟ができているという意思表明になるだろう。あるいは、真実を知っている彼女に負担をかける羽目になるかもしれないが、こちらとしても、じらされないほうが助かるのだ。


「結論から言えば、リーゼルの傷は塞がりました」

「傷は。ですか」

「ええ。しかしながらウイルスの方は、どうやっても除去できなかったそうです」

「…………」


 まずは、リーゼルさんが一命を取り留めたことを喜ぶべきなのか。それとも、傷だけを塞いで毒を吸いだしきれなかったことを申し訳なく思うべきなのか。


「彼の病室を見るのは、おすすめしません」


 おそらくは、後者が正解なんだろうな。治療法のないウイルスによる、苦しみを長引かせることになるのだから。


「それから、処理班の方も……大体彼と同じ状態だそうです」

「クリスタさんは……随分落ち着いていますね」


 正直、僕が伝える側の立場だったとして、彼女のように落ち着いて要点だけを話すことはできない気がする。自分たちの行動によって、人が苦しむ羽目になったことを知ったら、冷静ではいられないだろう。


「それが私の業務だから……と、言いたいところですが。正直、あんまりにもいろんなことを知り過ぎたせいだと思います」

「いろんなこと、ですか」

「ええ。既にご存知かもしれませんが……最初に交差点に現れた紫色の巨木。アレも、ヴィオラインの被害者だったそうです」

「……そうですか」


 言われてみれば、確かに。あの巨木だって生きている外星人で、地球にまで来られるといううことは、それなりに知能はあるはずだ。

 なのに、全くもって翻訳機は反応していなかった。保護艦隊の翻訳機は、あらゆる言語に対応しているはずなのに。


 そしてなにより、だ。


「あの紫色……そういうことだったんですね」

「リーゼルの症例から考えても、アレがウイルス感染の目印と見て、間違いないでしょう」


 紫色に変色して、のたうち回っていたヤツはただ、僕らに助けを求めていただけだったのかもしれないのか……


「そちらの方は、どうでしたか」

「どう、というと」

「ネネットのことです」

「ああ……」


 もったいぶらずに聞いてくれるのは、話す側としては助かるな。

 案外、さっきのクリスタさんも同じ気持ちだったのかもしれない。おかげで、こちらもあれこれ言い訳を並べたり、取り繕ったりしなくて済む。


 とは言え、一拍くらいは置かせてもらおう。彼女と同じように、テーブル上で手を組んで、僕は大きく息を吸い込み……吐いた。



 そして僕は、事の顛末を包み隠さず話していくこととなる。

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