おまけ「悪夢とランプ屋」

 唐突に目と頭が覚醒した。


 真っ暗な中、天井とカーテンを閉めた窓がうっすら見える。

 布団はあたたかいけれど、汗で服が身体に張りつく不快感があった。まだ真夜中みたいだが、時計は止まっているから正確な時間がわかるものが手元にない。


 目がすっかり冴えてしまった。もう一度眠れる気はしないけれど、布団を被り直して眠ろうとした。だが眠ろうと思うほど全然寝つけない。

 何度かうたた寝を繰り返したが、結局寝た気がしないまま朝になった。


 日が昇ったばかりの裏庭へ出て日に当たる。普

 段は気持ちよく感じる太陽も、寝不足のせいで光が目に痛い。眠ってすっきりしたいけれど、もう一度目を閉じても眠れる気がしなかった。

 仕方ないので庭の畑の水やりと雑草抜きをこなした。畑の手入れを終えて中に戻ると、同居人のシアンは起き出していた。


「あれ、シースイ、今日は早起きだね」

 袋からパンを取り出してトースターにかけたシアンがこちらを振り返った。それから私の前まで来て屈むと、手の甲で私の頬に触れる。

「疲れた顔をしてる。顔色も悪いね」

「大したことないよ」


 シアンは目を細めて疑うような視線を注いでくる。

「シースイ、辛いときは?」

「……言っても、いい」

「それで、どうしたの?」

「あまり、眠れなくて。覚えてないけど、嫌な夢を見た気がする」


「なるほど。それじゃ、今日はランプでも見に行ってみようか」

 どうして寝不足の話でランプが出てくるのだろう。私は重ねて問わず、シアンが用意したパンを食べた。


 食事の後に町まで出かけた。

 古びたアーケードがある商店街の外れの、小さな扉の奥。螺旋状の狭い階段をぐるっと回って上った先に、古い木造の扉があった。シアンが扉を開けて中に入る。

 私も中に入ると、薄暗い店内に色とりどりの明かりが灯っているのが見えた。


 それはよく見るとランプの明かりで、店の棚やテーブルの上などにたくさん並べられ、展示されていた。

 ステンドグラスみたいにカラフルな笠や、ガラスの表面に細やかな模様が刻まれた笠など、種類も豊富そうだ。笠のガラスの色が違うから、笠から透けた明かりが色々な色を放っているように見える。


「何だ、森の番人かい」

 カウンターの奥には暗い色の服を着た女が立っていた。皴のある中年の、けれど若々しさも感じるひとだった。

「この子に合うランプがほしい。悪夢を見ない、安眠効果のあるやつ」

 ランプに安眠効果があるわけない、と思った私だが、どうやらこちらの世界では私の常識の及ばないことが常識だったりもする。


 黙って女店主を見返すと、彼女は目を細めてじろりとこちらを見た。

 私はつい肩を縮ませる。

 店主はカウンターを出てあちこちに飾られているランプをひとつずつ値踏みするように観察していった。


「ふうん、お嬢ちゃんに合いそうなランプねえ。小振りで、色は明るいの。模様もシンプルで、光量も控えめなやつがよさそうだね」

 女店主はひとつのランプを抱えてカウンターに置いた。

 淡いレモン色のガラスが笠になっている小さめのランプだ。笠の裾の部分

にはシンプルだが細やかな、星座のような線と光の文様が刻まれている。


 店主がランプをつけると、ぱっとさわやかな明るい光が放射状に広がった。

「うん、いいね。この子に合いそうだ。シースイはどうかな?」

 シアンが私の意見を聞いてくれた。私の物を買うときに私の言葉に耳を傾けてくれる。私が尊重されているようで嬉しい。何でも決めつけて買い与えられるよりずっといい。


「これがいい、です」

 はっきり思ったことを口にするとシアンは頷き、会計を済ませた。箱に包装された袋を手に提げ、店を後にする。

 家に帰る途中、改めてランプのことをシアンに訊いてみた。


「ランプで安眠なんてできるの?」

「ランプは夜に眠るときの環境を整えてくれるものだ。寝つきを良くしたいとか、寝る前読む本に集中したいとか、悪夢を見ないようにするとか、物によって色々な効果があるんだ」

 シアンは形状、色、材質、光量などランプを構成するあらゆるものが効果に関わると言った。


「その人自身と、悩み。その二つに合ったランプを選んで売るのがいいランプ屋だ。シースイもこれでよく眠れるようになるはずだよ」

 内心半信半疑だが、シアンの言うことを聞いて状況が悪くなったことはない。

 家に帰るとシアンは早速ランプを箱から出して、私の部屋にあるベッド脇のサイドボードの上にランプを置いてくれた。


 その日の夜はいつもより早く寝ることにした。

 出かけた後も、身体や頭は疲れている感覚がするのに眠たくならなくて、結局夜まで起きていたからだ。


 暗い部屋でランプのスイッチを入れると、部屋に淡いレモン色の光がぱっと広がった。けれど暗い部屋でも眩しく感じないほどの光量で、これならつけて眠ることができそうだ。


 私は淡い光の中でベッドに潜り込む。

 普段とは違う光があるせいですぐには眠れなかったが、疲労のせいか次第に瞼がとろとろと重たくなって、微睡みの底にゆっくりと沈んだ。

 その日は悪夢を見ないでぐっすり眠れた。

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試読「私と死んだ心が森の中」 葛野鹿乃子 @tonakaiforest

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