13-5 アラート

【野木坂動物園下 割烹・仕出し 味の芝浜】


 慣れ親しんだのれんに鶴亀の石灯籠いしどうろう

 三元さんげんそっくりの信楽焼しがらきやきたぬき

 記憶にたがわぬたたずまいにほっとするシャモ。

「おじゃまします」

 いつもの調子でのれんをくぐったシャモを、いつもの面子が出迎えたのだが――。


「まあ何だいその頭は。赤髪から黒髪に戻したと思ったら今度は坊主。全く落ち着かないねえ」

「もしかして美濃屋みのやの若旦那かえ。思い切ったねえ」


 『味の芝浜』の大女将・三元さんげんみつると常連の松脂庵まつやにあんうち身師匠。

 二人は互いの顔とシャモの坊主頭を交互に見回すと、不思議そうに首をひねった。


「で、あんたはどうしてここに来たんだい。時坊ときぼう三元さんげん)は金沢八景かなざわはっけいで練習試合だってのに」

「もしかしてビーチサッカーから野球に宗旨替えかね」

「まさか。ビーチサッカーですら地獄なのに野球なんてとてもとても。あ、これお土産です」

 シャモは苦笑いを浮かべつつ、大山おおやまのお守り袋を差し出した。

 みつるが一番喜びそうな、無病息災お守りだ。


「こりゃありがとよ。それにしたって珍しい事もあるもんだね」

 みつるはさっそくお守りをひもに通して首にかけると、シャモを四人掛けの席に座らせた。

「日替わりで」

「今日はハムカツとアジフライだ。キャベツと飯をてんこ盛りにしてやるからな。ちょっと待ってな」

 肉豆腐となめろうをお供にビールを手酌するうち身師匠を横目にしながら、シャモは日替わり定食を待つ。

 すると、美濃屋の上得意である歌唱院新香かしょういんしんこ師匠が現れた。


「ありゃ、美濃屋の若旦那だ。ずいぶんこざっぱりしちゃったね。(竜田川)千早ちはや師匠を呼ばなけりゃ」

 新香しんこ師匠は、シャモを見るなりはははと笑う。

「勘弁してください。あの後散々だったんですから」

「レストランの御主人から話は聞いたよ。気に入られて大変だったんだって? あの人はいくつになっても変わらないね。それにしたって若旦那一人でご来店とは珍しい。頭を丸めてついに出家かい」

「アタシなんざ大山のお守りまでもらっちまって。夏前にヒョウが降っちまうぐらい珍しいよ」

「商売繁盛祈願にでも行って来たのかえ」

「ええ、まあ」

 シャモは短く返事をすると、日替わり定食に箸をつけた。


「そう言えば、うち身師匠は内々で葛蝉丸かずらせみまる師匠の新作を見たんだって。どうだった」

「あの年であんなに大ネタをやるとは思わなんだ。いやあ恐れ入ったよ」

 空になったコップにビールを注ぎながら新香師匠がたずねる。すると、うち身師匠はビールを一気にあおってから興奮気味に話し始めた。


「時は文化年間ぶんかねんかん。独り者の旅芸人が大山おおやま帰りに白蛇の子蛇を助けてよ。その子蛇に「しほり」と名付けたら、ある夜見事なべっぴんさんに化けたもんだからさあ大変。大店おおだなの娘だったのが、南北朝時代の因果が巡って子蛇姿に変えられていたのさ。

 それで子蛇を助けた独り者の旅芸人はあれよあれよと大出世。果ては別嬪さんの婿になり、大店を継いで子孫繁栄って大層おめでたい話よ」

「そりゃ松の内に良さそうな縁起物の噺だね」

 落語好きのみつるも、テーブルを拭く手を止めて身を乗り出している。


「白蛇の子蛇恩を忘れずで、これがもう初々しいのいじらしいのって。さすが蝉丸師匠、女形をやらせたら右に出るものなしだね」

 これは『しほりちゃん』が形を変えて俺の目の前に現れたと言う訳か――。

 しゃもは口をはさまずに、ハムカツ片手にうち身師匠の名調子に聞き耳を立てる。 だが彼の語りは、スマホのアラート音にさえぎられた。


【竜巻警報 神奈川県東部】


 四人のスマホが不快な警報音を立てると同時に、うち身師匠が無言のテレビ画面を指さした。

「大変だ大女将! 八景島が大ごとだよ」

 八景島の定点カメラが竜巻で吹っ飛び、金沢八景駅前は阿鼻叫喚あびきょうかん

「八景島?! 時坊は、時坊は無事なんだろうね」

「通信障害が起こっているみたいです」

 みつるが三元に電話を掛けるも繋がらない。シャモも餌に電話を掛けるがやはり不通。


「神様仏様大明神様。どうかどうか時坊を、時次ときじを守ってやってくださいませ」

 天に向かって叫んだみつるは、スマホ片手に店奥へと駆け込んだ

 

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