9-2 マリッジブルー

 梅雨入りを告げる激しい雨と、『白蛇と交尾』の一言にKOされたシャモの早退により部活は臨時休みに。 

 一同は『味の芝浜』(三元さんげん宅)にて『お百度参り』対策の作戦会議を練るために、江戸加奈えどかな(エロカナ)を呼び出した。

「うっわ本気でたぬたぬ(三元)そっくり。超受けるし」

 味の芝浜の入り口にひっそりとたたずむ信楽焼しがらきやきの狸を指して、加奈ががははと笑う。


「その狸の隣に立って」

「ゴー様(仏像)の仰せのままに♡」

 加奈は本命である仏像の言うがままに信楽焼の狸に顔を寄せる。するとスマホを構えた松尾が仏像に向かってぼそりとつぶやいた。

「シーサーと狸。縁起物が二体に増えました」

「おーいそこの野獣眼鏡、今シーサーって言ったか。ああん?」

「獅子舞の方がお好みでしょうか」

「野獣眼鏡。ゴー様のお気にだからって調子こいてんじゃねえぞ」

「えっ、野獣眼鏡ってもしかして僕の事」

 ぼそっとつぶやいた松尾の一言に加奈は即反応。自分でもシーサー似の自覚があるようだ。一方の松尾は自分の野獣眼鏡ぶりにはまったく自覚なしである。

 松尾の天然だか確信犯だか分からない加奈いじりを中断させるべく、加奈の下僕である餌は『味の芝浜』ののれんを先陣切ってくぐった。


「いらっしゃい。あれ、あんた方がお嬢さんを連れて来るなんて。こりゃ天変地異の前触れかね。時坊たちは座敷だよ」

「あれまあ今日は大層素敵なお嬢様をお連れで。珍しいね」

 三元の祖母であり『味の芝浜』の大女将である三元さんげんみつると、ウクレレ教室を終えて早めの一杯としゃれこんでいた松脂庵まつやにあんうち身師匠。

 二人は黙っていれば小柄で愛嬌のある加奈に目を細めた。


「おい待て。何でシャモがここにいるんだよ」

 強い雨が降った上にシャモが早退したために部活が休みとなったのに、当のシャモは麩菓子片手にピンピンしている。

 根が生真面目な仏像はシャモに突っ込まずにはいられない。

「まあまあ皆とりあえず上がった上がった」

 三元が一行を座敷に上げると、シャモをお誕生日席に座らせて神妙な顔で咳ばらいをした。


「今日集まってもらったのは他でもない、岐部漢太きべかんた(シャモ)君と藤崎しほりさんの華燭の典に華を添える出し物の演目決めだ」

「待て待て。冗談になってねえ。俺がいつ結婚するって?」

「シャモさん、自分で言っていたではないですか。藤崎家から結納金の内金に新生活の準備金として五千万円が払われたって」

「待て餌。その話を知っているのは餌だけだ」

「それならそうと言って下さい。あらかた話しちゃいました」

 あっけらかんとした餌の一言に、シャモが机に突っ伏した。


「とにかく、今は岐部漢太きべかんた(シャモ)君の十八年の人生で最大の危機なんだよ。助けてくれよ。三人集まりゃ文殊もんじゅの知恵ってことわざがあるだろ」

「船頭多くして船山に上るってことわざもあるがな」

 ニヒルな笑みを浮かべた仏像は、落研改め草サッカー同好会(通称『落研ファイブっ』)の面々と江戸加奈を見渡す。

 どいつもこいつも全くあてにならなさそうな面構えだ。

 その面々の中で真っ先に口を開いたのは松尾だった。


「『駐輪場事件』を相手の親から責められるどころか、結納金関連としてキャッシュで五千万円をぽんと渡された。それで結婚から逃げようとは。人としてどうかと思います」

 野獣眼鏡との異名を取るだけあって、初手から容赦ない。

「人としてとは仰いますが松田君。藤崎しほりちゃんは白蛇の化け物疑惑が濃厚なの。言わば俺は白蛇に捧げられた人身御供ひとみごくうポジ」

「シャモが人身御供ひとみごくうだなんて。ありがたみの欠片もねえな」

 三元がぶっと噴き出すと、座敷中に笑いが渦巻いた。


「しかしヒトと白蛇(しろへび)はどうやって交尾(こうび)するのでしょうね。こうか、それともこうか。人間の姿で交尾をしているなら、わざわざ記憶を消す必要はないですし」

 『白蛇と交尾』のパワーワードでシャモをKOした餌(えさ)。空(くう)に向けてわきわきさせる両指が妙に生々しい。

 真剣な顔で人間と白蛇の異種交尾の可能性を追求する餌を止めるように、シャモは音を立ててジョッキをテーブルに置いた。

 ちなみに中身はビワの葉茶だ。


「確かにしほりちゃんは俺のタイプだ。だけど今の状態はひどすぎるだろ。俺は『友達から』って釘を差したはずだ。その上親父は金に目がくらんで会社を辞める始末」

 蛇ですから執念深いのは当然。

 松尾の指摘にシャモ以外の全員がうなずく。


「シャモさん、冷静に考えてください。白蛇うんぬんを置いておけば、これ以上ないほどの好案件です。超大富豪御令嬢(和風美人)の何がお気に召さないと」

「松尾の言う通り。お前の両親がどれだけ鼻薬を嗅がされたことか。別れたとて、もらった金をいまさら返せるか。諦めろ」

 松尾と仏像がシャモに手を差し伸べようとしないのは読めていた。

 

「シャモ、俺たちはモテない組だ。この確変を逃したら次はねえ。黙って藤崎漢太になれ。シャモを結納金五千万円で水揚げするだなんてバカな家は生まれ変わっても見つからねえぞ」

 だが頼みの綱の三元までもがしほりを猛プッシュ。


「お前ら散々『お百度参り』だの『生霊』だの言っていたくせに。何でそんなに乗り気なんだよ。そもそも、しほりちゃんとの事を俺が全然覚えていないのを知ったらきっとショックだろ。そんな男が婿養子になるなんて失礼だし」

 シャモは結婚への流れが着々と出来つつあるのに抗うように言葉を振り絞る。


「しほりさんの見た目はシャモさんの理想ですよね。ほら、人間見た目が九割って言うじゃないですか」

「ヒバゴンさん曰く、白蛇姫のありがたい御沙汰なんでしょ。『一太郎二姫、共に白髪が抜けるまで夫婦円満一家平安一族繁栄』。絵にかいたような幸せではないですか」

「白蛇ったら弁財天の化身だ。白蛇の皮を財布に入れると金運アップになるってばあちゃんが言ってたし、おめでたいじゃねえか」

 どいつもこいつも『お百度参り』『生霊』だの好き放題に言っていたくせに、どうして手のひらを返したように結婚させようと――。


「そんな事を言ってもこればかりは理屈じゃねえよ。どSの野獣眼鏡(松尾)に熟女フェチ(餌)、それに化け狸(三元)。お前らには男心の機微なんて、分かる訳もねえよな……」

 藤崎しほり推しの松尾。

 シャモをからかいたくてたまらない餌。

 それに三元までもが結婚を既定路線のように話し始めて、シャモは心底震えあがった。


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