9 おめでとうございまーす♡

 学校に向かう電車に乗っている間に餌にメッセージを連投したシャモは、二年七組へと駆け込むなり餌を廊下に引きずり出した。

「シャモさん逆玉の輿おめでとうございまーす♡」


「おめでたくねえよ。ちゃんと俺のメッセージを読んだ?! 俺は本当に何にも覚えてないの。土曜に藤崎家が親子三人で着物をあつらえにやって来た話を読んだ?! 途中まで接客していたはずなのに記憶が飛んで、起きたのがついさっき。土日の記憶が完全にねえんだよ。絶対ヤバい奴だろこれ」


「そんな細かい事はどうでもいいじゃないですか。なんてったって相手は金運アップアイテムの『白蛇』姫。大富豪の椅子とあいさつ代わりに五千万円をゲット。中々良い滑り出しじゃないですか」

 芸人チックながや声のシャモと甲高く通るバカでかい声の餌がヒートアップしながら話すおかげで、隣の教室からも野次馬が群がる始末。

 スマホ片手にニヤつきながら遠巻きに二人をながめる野次馬たちに気が付いたシャモは、遅まきながら声量を落として辺りを伺った。


「記憶の無い間の俺が何をしてるかと思うとさあ……」

「また駐輪場にでも行ったんじゃないですか。今回は多良橋たらはし先生からのプレゼントを何枚減らしたでしょうね。XSサイズの超極薄でしたっけ」

「XSじゃねえよ! L」

 ひそひそと突っ込む餌に、思わず大声で見栄を張るシャモ。周りから失笑が漏れたのに気が付くと、シャモは再び声を潜める。


「俺思うんだけどさ……。しほりちゃんと会っている間の事を俺が全然覚えていないのを、しほりちゃんは気が付いているのか。こっちからそんな事言えるわけもねえし。だって会うと記憶が飛ぶんだもんよ。そんな男を藤崎家の婿養子にしようだなんて」

「でも広島のヒバゴン曰く、『白蛇姫しろへびしめ沙汰さた』なんですよね。『一太郎二姫、共に白髪が抜けるまで夫婦円満一家平安一族繁栄』。こんなチャンスまるで奇跡がああ白ーく粉あああ雪いいいいいのようにい舞い降りてええ♪ もう何も気にしないで この奇跡に身をゆだねてえええ♪」

 予鈴にかぶせるように『エモい』ラブソング調で歌い上げる餌。

 その小さな肩をシャモは揺さぶる。


「気にするだろ。ゆだねてどうすんだ! 何でしほりちゃんと会っている間の記憶がことごとく消えるんだおかしいだろ」

 餌はしばし名探偵ポーズを決め込むと、パンダ似の顔をぱっと上げた。


「あーっ、分かった」

 付き合いの長いシャモには分かる。これは明らかにろくでも無い事を思いついた時の顔だ。

「『お百度参り』こと藤巻しほりの本体は白蛇。シャモさんとの交尾中は白蛇の姿に戻っている。だからシャモさんの記憶を消しているのです!」

「白蛇と交尾――」

 餌が放った衝撃の一言に、シャモは泡を吹いて廊下に倒れた。

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