第54話 「それは、“えっち”だねぇ」

 そうして、2人っきりの打ち上げっていう最高のひとときは、瞬く間に過ぎ去っていった。思えば、凛々夏と時間を重ねる度に、“最高”は更新されていってる気がする。


 凛々夏が美味しそうに料理を食べてくれる姿は何度見ても新鮮で、可愛くて。そんな彼女と並んでグラスを傾けるなんていうのは……もう、本当に死んでもいいくらいに幸せなんだよ。


 テーブルの上の料理を空にしてしまったら、2人で洗い物をして、2人並んで歯を磨いて、2人で寝室に向かって。……その何もかもに幸せを感じては噛み締めつつ、私はベッドにダイブするんだ。


もう正直、結構酔っ払ってるからね! ちょっと身体を起こしてたくないんだよ! あー……太もも伝いに感じるシーツの冷たさが、気持ちいー……。



「もう、だらしないですよ、ユキさん」



 おそろいのふわふわなパジャマに身を包んだ凛々夏は、ベッドに仰向けで寝転がった私の腰の辺り、そのすぐそばに座ってくれて、それから呆れたような視線をくれる。


 だらしないって言われても、ここから私は凛々夏に安眠を届ける為に、抱き枕になるのです。なので、持ち主凛々夏を迎え入れる為にも、先にベッドをあっためておく必要があると思うんだ。人としてそれでいいのかって言われたら、推しの望みなんだから良いに決まってるよねと私は答えてみせるよ。


 まぁ、今の私はお酒が多分に含まれていて、いつも以上にふわふわ雪奈だから、自分でもなに考えてるのかはよくわかんない。一度に注ぐお酒の量自体は控えめにしたつもりなんだけど、凛々夏がお酌してくれるものだから、ついつい飲みすぎちゃった。へへへ。


 あー、ふあふあー、幸せー。



「お腹も出しちゃって……カゼひきますよ」


「むむっ。これはだねー……お腹が凛々夏に撫でて欲しいって言ってるんだよ!」


「なんですか、それ」


「わかんない!」


「酔っぱらいです……めんどくさいタイプの酔っ払いです」



 めんどくさいと言われてしまっても、私はもう酔っ払いになってしまったので仕方のない事なのです。……あーほんと、いつも以上に酔いが回ってる気がする。


 人前ではこうならない様にって気を張ってるんだけど……やっぱり凛々夏と一緒に居るからかなぁ。幸せすぎて、そういうブレーキもばかになっちゃってるみたい。元々私はおばかさんだけどねっ。



「誰がばかじゃーいっ」


「なにも言ってませんよ。何に対して反論してるんですか、まったく」


「なんだろう……この世全ての悲しみに対して、かな?」


「酔っぱらいのくせに、なにを意味不明でムダに壮大なコト考えてるんですか……ほら」



 あっ……お腹に、凛々夏が手を乗せてくれた。



「こう、で良いですか?」



 そして小さな手で……えへへ、へへ、へへへ。


 良かったねぇ、私のぽんぽんやい。世界で一番大好きな人が撫でてくれてるよぉ? へへへ。


 小さくって、柔らかくって、あったかい凛々夏の手。それが私のもちもちなお腹を、さすさすと撫でてくれてる。あー……気持ちいー……。


 あっ、こういうのも、素直になるって事なのかな? こんなに気持ちいい事を教えてくれるんだから、やっぱり凛々夏はすごいんだ。



「うわー……凛々夏、好きぃ……もっと撫でてぇ」


「……なんで今、そんなこと言うんですか」


「今に限った事じゃないよ! 私はいつだって凛々夏の事が好きだからね!」


「うぁ……じゃあほら、好きな人にだらしないとこ見せてていいんですか?」


「それはやだっ」



 トップスを引っ張って、お腹を隠そうとして……やっぱりムダにおっきいおっぱいが邪魔をして、隠しきることはできませんでしたっ。


 凛々夏がプレゼントしてくれたこのパジャマのセットアップはMサイズ。私のにはちょうど良いサイズなんだけど、にはやっぱり胸が出過ぎてるせいで、トップスの丈が短くなっちゃうんだよねぇ。全くもって、困ったおっぱいである。


 そんなだから、今も凛々夏からジト目を頂戴する事になるんだ。反省しな? 我がおっぱいどもよぅ。



「ふわー。おっぱいがジャマだよー」


「なに言ってるんですか、ホントに。……そういう風に隙を見せてると、また馬鹿な人が寄ってきちゃいますよ」


「えー、やだー……私のおっぱいは、凛々夏のものなのにー」


「なっ……ばかなコト言ってないで、自衛してください」


「なにをー! 私は自衛のぷろだよぅっ!」



 なにしろ高校以降は他人からのえっちな視線に晒され続けて生きてきたんだ。自意識過剰とも言いにくいくらいには実害もあって、その中で私の自衛力は鍛え上げられてるわけ。


 だから他の人にどんな事をされたとしても、私はあしらってはちぎって投げ、凛々夏の下に帰ってくる自信だけはあるんだよ。


 だけど凛々夏は、そんな私をあんまり信じてくれてないみたい。むむ、これはユキさんの強さを、見せつけてあげるしかないね。



「じゃあさっ。ナンパ的な事、何か言ってみてよ! かれーにあしらってみせるからさっ!」


「えぇ……? じゃあ……お、“お姉さん、胸が大きいですね、なにカップですか?”」



 胸のことかぁー! 思いの外、直接的なやつだ。実際、街中で遭ったナンパで言われた事、あるなぁ……。下心を隠さないキャラでウケを狙ったつもりだったのかもしれないけど、その気がない私にはシンプルに気持ち悪かったなぁ。


 でも、凛々夏は気になるのかな。最近では彼女専用の枕になりつつある、私の胸のこと。凛々夏は抱き枕の持ち主なんだし……知っておいてもらった方がいいかな?


 私は素直になっていいと言われたオタクなので、推しの問いかけにはやっぱり素直に応えるのです。出来れば、もっとお腹を撫でつつ褒めてくれたりしたら、なお嬉しいです!



「それは、“えっち”だねぇ」


「……いや、えっちとか言ってる場合じゃないですよ。馬鹿な人はホントに馬鹿なんですから、ちゃんとあしらわないと」


「あー、やっぱり、“あい”かなぁ」


「愛とかそんな……え?」



 あ、違う違う。最近またブラがキツくなってきて計り直してもらったら、“J”カップの方が合ってるかもって店員さんに言われたっけ。


 高校の頃には既にHカップだった私の胸は、この歳になってもまだ成長中で、やっぱりわたしの頭を悩ませる要因なのだ。胸についての悩みって、本当人によってだよねぇ。


 さて、凛々夏の問いかけに応えてみたんだけど……なんだか目を丸くするばっかりで、褒めてくれそうな感じはしない。素直に応えたのに……お腹が寂しいぜー。


 ……これは証拠を見せた方が早い、かなっ。



「えっち……あい……まさか、そんな……って、ユキさん?!」


「見ててよ、今しょーこを見せるからねぃ」


「証拠?! な、もしかして、やっぱり……っていうか、なにを……?!」



 ベッドに寝転がったまま、もぞもぞをトップスを脱ぐと、凛々夏はどうしてか慌てた様にそっぽを向いてしまった。……ちょっと、寂しい。

 


「こっち見てよ、凛々夏ぁ」


「な、あ……は、早く服、着てくださいよっ」


「むー……しょうがないなぁ」



 服を着たならこっちを見てくれる。なら、さっさとやる事を済ませてしまおっか。


 こういう時、フロントホックはやっぱり便利。指先でぷちっと外してしまえば、本当に解き放たれたみたいに私の胸を締め付けるものがなくなる。あー……楽ぅ。今日はもう、このまま寝ちゃお。


 服の上を着直して……あ、キャミは……めんどくさっ。酔っ払いに服を何枚も着ろとか、無理言わないで欲しい。


 とりあえずふわふわなパジャマの上を着れば、これで凛々夏はこっちを見てくれるし、私は“しょーこ”を提出できるって寸法。やだ、私、もしかしてめっちゃ頭良いかも……?


 外したそれを手に身体を起こして、カーテンの辺りに視線を向けたままの凛々夏の傍に身体を寄せてみる。並んでみると、やっぱり凛々夏は細くて小柄で、可愛いなぁ。



「ほら上、着たよぅ」


「……マジで、なんなんですか。いきなり脱ぎ始めて」


「凛々夏に見てもらいたいものがあってさぁ。ほら、これ」


「何を見てって……は?」


のここ、見て? ほんとーに“あい”でしょ?」



 お、凛々夏が私に視線を戻してくれ……たと思ったら、私の手にある“ブラ”に視線をやって、それから私の胸を見て……すごい、今まで見た事ないくらい視線があっちこっちしてる。


 そんな凛々夏も、やっぱり可愛いねぇ。


 ……あれ、凛々夏がなんか目を細めて、ちょっと怒ってるっぽい感じで私を見つめてきた。ほっぺが赤いのが可愛いんだけど、どうしてそんな目で見るのかな。



「……ユキさん。誰にでもそんな事、するわけじゃないですよね?」


「そんな事?」


「そうやっていきなり服を脱いで、ブラを見せたりしないですよねって、聞いてるんです」


「当たり前だよ? 凛々夏が“なにカップですか”って聞いてくれたからやっただけで、凛々夏以外にこんな事はぜーったい、しませんっ」


「……さっきのは、ユキさんに言い寄ってくるばかな人をあしらえるかどうかの、テストみたいな事をしてたと思ってたんですけど?」


「……そうだっけ?」


「そうですっ」



 ど、どーやら私は……凛々夏試験官のテストに、合格できなかった、みたい……?

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