第49話 「“あーん”ですよ、“あーん”」
「……ユキさんって、わたしがご飯食べてるの見るの、好きなんですか?」
二人でソファに並んで座って、まったりと食事を楽しむ。私はお酒を飲んで、凛々夏は美味しそうにおつまみを食べてくれて。
こういう時にはやっぱり、私の視線は隣の凛々夏に吸い寄せられてしまって、そうすると自然、彼女と目があったりするんだ。
「そうかも。なんか本当に……“幸せ”って感じがするからかなぁ」
「……そう思えるなら、やっぱり素直になって良かったじゃないですか」
「そうだねぇ。気付かせてくれてありがとう、凛々夏っ」
凛々夏はやっぱり、私が持ってない色んなものを持っていて、それを私に伝えてくれる
何回だって伝えたい“ありがとう”の言葉を伝えながら、凛々夏にジュースを注いであげる。すると、凛々夏はちょっと嬉しそうに微笑んで、そしてまたちょっと恥ずかしそうに、視線をテーブルの上の料理に逃すんだ。えへへ、かわいい。
「どういたしまして、です。……ん、このきゅうりにのってるのって」
「えへへぇ、自家製肉味噌だよっ!」
ひき肉と玉ねぎを味噌ベースの合わせ調味料と青とうがらしで味つけた“肉味噌”は、ごはんに乗っけて食べてもいいし、こういう時にも便利に使える。
今日はごはんはないので、きゅうりに乗っけて口に運ぶ。そうすると不思議なことに、グラスの中にあったはずのおさけがなくなってしまうんですねー。あー、しあわせー。
「これ、いいですね。ピリ辛味噌の風味の中に、玉ねぎの甘みがあって、さっぱりシャキシャキなきゅうりと合わせると無限に食べられそうです」
「辛味が気になるなら、添えたマヨと合わせるのも美味しだよっ」
「……なるほど。マヨのまろやかさで味噌の甘さが引き立って、他の野菜も試してみたくなりますね」
私は美味しいものを食べると顔面がだらしなくなるタイプなんだけど、凛々夏はうんうんと頷くタイプのようで、さっきから一つ料理を口に運んでは頷いてくれる。そんな彼女の可愛い姿こそ、いま一番の“アテ”だと、私は心の中で思ってたり。ただの梅酒が、すごく美味しい。
可愛い凛々夏の姿に見惚れていたんだけど、やっぱり少し気になった事があったりする。
「ねぇ、凛々夏」
「なんです、ユキさん」
「“食レポ”、上手くない?」
凛々夏は私なんかより遥かに頭がキレるのはわかってたけど、それにしても料理の感想の言語化が上手すぎると思うんだ。
用意した身としては、そうやって感想を聞かせてくれるのはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、普段からそんな風なのかなとちょっと気になったり。
だからそう訊ねてみると、凛々夏はピタッと止まって、そっぽを向いてジュースを飲む。……え、聞いちゃいけないことだった?
「……もしかしたら、の話なんですけど」
「うん」
「将来的にそういうお仕事が来るかもしれないじゃないですか」
「あー、いいねぇ。エス=エスのみんなで美味しいものを食べる企画とか、見たいよ!」
「それで、ふと考えたんですよ」
「考えた?」
「美味しいものを食べたときに、エス=エスのうち誰がそれを見てくれる人に伝えるのかと」
なんともしぶーい表情で、凛々夏はグラスをテーブルに置いた。
「マイやミウねぇは美味しそうに食べるんですけど“おいしい”、“あまい”、“いい匂い”とか、言葉が偏ってるんですよ」
「そうなんだー?」
「モモはたとえがわかりにくいし、シズねぇも……リアクションが薄いんですよ」
「な、なるほどぉ……」
「そうなったら、わたししかいないと気付いてしまって……最近、ちょっと意識してるんです」
なんだかちょっぴり呆れつつ、でもそう語りながらおつまみを食べる凛々夏は、楽しそうというか……どこか優しげで。
その横顔を見てると、私は嬉しいんだ。やっぱり私の大好きなエス=エスは、素敵なアイドルグループなんだって。……あの時、怒った私は間違いなんかじゃなかったなって、そう思うんだ。
「……えへへぇ」
「なにを笑ってるんです、ユキさん」
「えー? うーん……やっぱり私はエス=エスの事が好きで、凛々夏の事が大好きなんだなぁって、思ったんだよぉ」
「……お酒、飲み過ぎなんじゃないですか?」
「そこまで酔ってないよぅっ!」
「酔っぱらいってそういうコト言うんですよね?」
「酔っぱらい扱いしないでよぅ!」
ぶーぶーと抗議してくると、目の前にずいっと海苔で挟んだ“いぶチーの和物”が突き出される。ぱちくりさせた私の目に映るのは、ちょっとほっぺを染めた凛々夏が、拗ねた表情で箸を差し出す姿。
「酔っぱらいのユキさんには、こうしてあげます」
「な、なにをされるのでしょお?」
「“あーん”ですよ、“あーん”」
「……ふぇっ」
「アイドルに食べさせてもらえるなんて、他のオタクが聞いたら泣いちゃうかもですね?」
凛々夏は私におつまみを食べさせる事で、黙らせるつもりみたい。……
……そも、“あーん”って行為がどーして私みたいな生き物にとってご褒美になるかというと、それは“甘える行動”だからなんだよね。
自分で食べられるものを、大好きな人にわざわざ食べさせてもらう。その為に、口の中っていう弱い箇所をさらけ出して、箸が運ばれる瞬間までのひとときを相手に委ねる。これを甘えてるって言わずになんというのか。
私にとっては別にはじめての経験ってわけじゃないよ。高校の時だってやよいちゃんにせがまれたりしたし、今日だってむーにゃさんにだし巻き卵を食べさせてあげたりしたし。
でも……り、凛々夏相手だからかなぁ。なんかすごく、うれし、はずかし……これは場合によっては私、死ぬやつだな?
「そ、そんなことしなくても……へへ、静かにできるよぉ? 私はかしこいオタクだからねぇ?」
「いえ……いひひ、“あーん”したいです」
「なんでぇ……? 私に食べさせても、面白くないよぉ」
「わかんないじゃないですか。それに、料理を用意してくれたお礼も兼ねて、的なヤツです」
そんな事言われちゃったら、私はやっぱり受け入れるしかなさそう。
おっかなびっくり口を開いて……。
「もうちょっと口、開けてください」
凛々夏に見つめられながら指示されると……お酒回ってきてるのかな。もっと……め、“命令されたい欲”が、出てきちゃう。
……ダメだ、これはダメなやつだ。大人しく、目を閉じて、口を大きく開いて。
「はい、あー」
「あー……んむっ」
「どうです? って、ユキさんが作ってくれたんだから、聞くまでもないですね」
……違うよ、凛々夏。凛々夏に食べさせてもらったってだけで……いぶりがっこのシャキシャキ感がさらに強調され、味付けのりのパリパリ感と塩気は体に響き、クリームチーズのまろやかな酸味と甘味が全体をまとめて……。
……ふぁ、これぞ天上の味……あれ、私。いつの間に天国にたどりついてたのかな? 確かに隣には天使がいるけど……?
「美味しい……こんなに美味しい“いぶチー”は初めて食べたよ……」
「おーげさですね。ほら、こっちはどうですか?」
「あ……おいひぃ……肉味噌ときゅうり……無限にお酒が進んじゃうよぉ」
「ん、じゃあ注いであげます」
私がからりとグラスの中で氷を回すと、凛々夏が梅酒を注ぎ入れてくれた。……え、お酌、されちゃった……。
「ふわぁ……ここは桃源郷だよ……シャングリラだよ……天国だよぉ……」
「いひ、喜びすぎですって」
「喜ばないはずがないじゃん! 凛々夏ってば、私をこんなに喜ばせて何がしたいのさ!」
「……さぁ? でもまぁ、ユキさんは、こういう食べさせっことかしたことなさそーですし、そういう顔を見たかったのかもですね」
「えー? それくらいは流石にあるよぉ」
今みたいな空気の中でしたわけじゃないけど、さすがの私でもそれくらいの経験はあるわけで。全く凛々夏ってば、私の事をなんだと思ってるのかな。
でも、凛々夏には情けないところもいっぱい見せちゃったし、何より大好きなのでなんと思われててもおーけーです。……嫌われたくはないけどね?
「……は?」
……そんな風に、ふわふわした気持ちで答えたのに、凛々夏から帰ってきたのは、今までにないくらい冷ややかな返答だった。
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