第28話 「いつ見ても、大根の様な足だ」 ※凛々夏視点

 あれだけ強気に人のコトを煽り散らかしていたマイは、モモの暴挙にどんどん顔を赤くしていく。わたしの周りにはおねーさんぶるわりに、そういう事に弱い女子が集まってるみたい。



「あのね、モモちゃん。揉まれても別に良いといえば良いんだけど、ちょっぴりはしたないかなーって」


「おいおい、こんなみだらなカラダでももを誘っておいて、今さらつれないコト言うなよ。むっふっふ」


「はいはい、ストーップ。そろそろマイが爆発しそうだから、その辺にしとくべきですよ」


「むぅ……リリに助けられたな、マイよ。感謝しろよ?」



 どこから目線でそんなコトを言ってるのかわからないモモが、そこでようやくマイの胸から手を離して、改めてお腹に手を回して抱きつき直した。結局、抱きつくコトには変わりないんだね。


 ……ああでも、なるほど。“感謝しろよ”、ね。……モモは、マイとわたしがヒートアップしないように、気を遣ってくれたのかな。ほんっと、わかりにくいやつ。



「はー……ありがと、リリちゃんっ☆」


「どういたしまして」



 気持ちを落ち着けるように息を吐いたマイと目を合わせて……少し沈黙が流れて。



「……フツーこういう時って、“さっきはやりすぎちゃった、ごめんね☆”とか、言うところじゃないです?」


「え? だって悪いと思ってないし☆」


「よし。モモ、わたしが抑えます」


「えっ、今日は揉んじゃってもいいのか」


「おかわりもいいですよ」


「どうして二人は通じ合ってるのかな?」


「ただいまより、マイのたいきゅー試験を始める!!」


「なにを試験するの?!」



 そうしてモモが無駄に高らかな宣言をしたのを機に、もう既に背後を取られているマイの身体を二人がかりで床に押し倒す。


 わたしがマイの両手を押さえたなら……うーわ……わたしの口からはちょっと言葉には出来ない、モモの恐ろしい凶行がマイを襲った。


 あんな……あんなコト……えっ、そんなコトまで? 嘘でしょ? ……こわ。



「——あ……あは……☆」



 数分経って、物言わぬ骸と化したマイは、レッスンスタジオの床で横になってノビている。ちょっとオタクには見せられないくらいには扇情的な姿。赤い髪を床に広げて、顔どころか首まで朱に染まってる。呼吸するたびに、モモ曰く“豊かな双丘”が上下してるのが、色々とヤバい光景だと思う。体のラインが出やすいのレッスンウェアだから余計に。


 対するモモは。



「ふぃー……向こう一週間分のマイ成分を摂取できたぜぃ」



 なんて吐かしながら、ツヤツヤの顔で額の汗を拭った。


 ほんとに恐ろしいやつ。未成年アイドルじゃなかったらとっくに捕まってそう。っていうか、その言い方だと一週間後にまた似た様なコトをするつもりなのか。モモ脱法ロリの見た目をしてなかったら到底許されないでしょ。


 でも、マイの扱いはこれで良いんだ。人のコトを煽って、なんだから。本人的には多分ちょっと違うんだろうけど。


 わたしも……ちょっと熱くなっちゃったし、クールダウンにはちょうど良かった。でも反省はしてない。だって理由が理由だし。


 ユキさんは誰にも渡さない。誰が釣ろうとしたって、わたしは絶対奪わせない。その為なら、悪魔モモの手だって借りてみせる。



「……リリ成分も摂取しとこかな」



 ……悪魔本人のラブコールは、ちょっと遠慮したいけど。



「やめて、何かを吸うなら、そこで床に寝転がってる人のにして」


「味変って大事だと思うんだ、もも的に」


「同僚アイドルのカラダを味変感覚って、マジの悪魔です?」


「ももだよ」


「知ってますけど」


「ま、そのツッコミの切れ味なら大丈夫そうだな」



 何が大丈夫なんだろ。なんてわたしが思ってる合間にモモは金髪を揺らしながらとてとてと歩いて、スタジオの端っこにもたれて座るわたしの隣に腰掛けた。


 言うほどちゃんとツッコミ出来てたわけじゃないけど、モモはうんうん頷いて何かを確かめたみたい。



「今日のレッスンだってすごいしな。まるでマタハリのようだった」


「それは褒めてるんですか」


「とうぜん。部分的には違うが」


「部分的ってなに」


マタハリ女スパイと違って、リリはアイドルだからな。より多くの人を勇気付ける為にこそ、その足で踊るのだろう。そういう違いだよ」


「……どーも」


「いつ見ても、大根の様な足だ」


「ちょい、それは流石に悪口ですよね」



 誰の足が大根みたいだって。ムカつくので、隣に座るロリっ子のほっぺを左右にむにりと伸ばしてやる。


 そんな風にしてやっても、目だけは変わらず眠たそうなままなんだから、やっぱりモモはつかみどころがない。



「まへ、ひひ。ひはうんは」


「なに言ってるのかわからないです」



 離してあげると、モモはほっぺを手で隠す。無駄な抵抗だと思いつつも、とりあえず話をさせてみようか。



「白くて健康的な美しさのある足って意味なんだよ、本来は。……いや、リリのそれは、大根というには少し太さが足りないな」


「そろそろ頬の形が変わっちゃうかもですね」


「やっ、やめろっ、モモのもちもちほっぺが失われれば、この世に生きとし生ける全てのオタクが哀しみに嘆くことになるぞっ」


「大袈裟にも程があるでしょ。まったく」


「本当に良い足だと思うぞ、若さに溢れてて」


「足ばっかり褒められても。それに若さって、モモはわたしより年下ですよね」


「しかして、その若さに身を任せて生きるというのは、そう永い時間出来ることでもないんだよ。いのち短し」


「なんか悟ってるような……」




 ……どうして今、そんな言葉が出てくるのか、わたしにはわからない。わからないから、モモの目をじっと見てやるけど、やっぱりなにを考えてるのかもわからない。


 モモの眠たげな目にはなにが見えていて、わたしはどう映ってるんだろう。



「リリは誰かに失望させることをしとしない性分なのはわかってる。ももも、そこに寝てるマイもな」


「それはまぁ……そのつもり、ですけど」


「その為にリリは、己の気持ちに素直になれないところがある」


「……そんなことは、ないんじゃないですか」


「誰かの声に応えようとするあまり心に蓋をしてしまって、そのうちに隠しきれなかったものが心から溢れ、荒れ狂うかの如く暴走することもある」



 とっさに否定はしてみたけど、そう言われてしまうと、わたしにはなにも言えない。実際、してしまった結果が、ある意味昨日のユキさんとのひとときに繋がってるんだから。



「だからたまには、素直になるのも悪くないぞ。己のうちにあるものを認めてみると、存外御するのは難しくなかったりするんだぜ」


「……素直に……」


「リリならきっと、素直になったとて周囲の人間を……なによりオタク大切な人たちをないがしろにするようなことはしないって、ももは信じてるからな」



 ……そっか。モモも、きっとマイも。そして……意識の外にいるわたしじゃないわたし自身も。気づいてたんだ。


 わたしが抱く……この、。これに従うべきなのかどうか、無意識の内に悩んでることに。


 なにに悩んでるのかなんて言葉にするのは難しい。ただ日に日に大きくなる恋心を前に、わたしは漠然とした不安を抱えていた。


 そもそも、“恋愛指南”なんてものに目を奪われたのもそれがきっかけだったんだ。普段のわたしなら、水着特集を組む若者向けの雑誌に載ってるような、少し古く感じるそれに興味を惹かれる事はあっても、ああやって確かめるような事はしないから。


 だから、隠したんだ。マイにそれを読んでいる姿を見られた時も。モモに素直になってもいいと言われた今も。……思えば昨日だって、わたしは。



“……わたしも……”



 そう、ハグをして、カラダを触れ合わせた時、わたしの口をついて出そうになった恋心を示す言葉。その続きをわたしはユキさんに伝えられなかった。


 どうにか、、あれだけの時間を一緒に過ごして、結局はしかわたしは残せていない。


 “好きだ”とか“愛してる”とか、ためらわずに言葉にしてくれるユキさんに対して、わたしはロクに応えてあげることが出来なかったんだ。


 このままではもしかしたら、また……いや、そうならないようにと、わたしは覚悟を決めたし、モモだってわたしに言葉をくれたんだと思う。


 ……はぁ、ほんとに、わかりにくいやつ。こうやって悟ったようなコトを天使みたいな見た目と幼げな声色で話すんだから、まともに聞くと脳みそが破壊されそう。



「……何の話かはわからないですけど、ありがと、モモ」


「何の話かはわからないが、どういたしまして、リリ」


「しょーがないので、素直ってやつになってみますよ。……少しだけ」


「そうするといいさ。じゃあももは、もう少しだけ……



 モモがそう言うと、をしていたマイのカラダがぴくっと反応する。それから赤い髪を手櫛で梳かしながら、マイは何でもないようにカラダを起こした。


顔が赤いのは、モモにイジメられたのが原因か、それとも。……どっちにしろ、イジメられたようなものかな。



「べつにワタシは、リリちゃんの事なんて心配してないけどー?」


「そうか。それなら、オシオキだな。さっきのはやり過ぎだとももは思う」


「ひっ、り、リリちゃん? 助けてっ☆」


「自業自得です」


「リリちゃんの薄情もの! ぺたぱい! ツンデレクール! ツインテ!!」


「モモ、ごーです」


「わふっ」


「ひぃいっ☆」



 そうして、モモがマイに飛びかかる姿を見守りつつ、じゃあ“素直になるとは?”って考えてみて……いや、決まってるようなものかな。


 ユキさんは“またきてね”って言ってくれたんだ。そうなら、わたしはその言葉と自分の心に素直に従うしかないでしょ。


 レッスン室の鏡を見ると、少しだけすっきりしたようなわたしの顔が映って見える。……そうだね、素直になるって、案外悪くないのかも。

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