第27話 「——そこまでにしとけよ、びっぐしすたーず」 ※凛々夏視点

 ……ほんとに、マイのこういうところは性格が悪い。考えてみれば当たり前だけど、隣にいたマイはわたしが何を読んでたのかなんて丸わかりだったんだ。でも、わたしに言い訳をさせて為に、あえて訊ねてきたと。


 わたしも自分の性格を指して良い子ちゃんだなんていうつもりはない。未だに素直になれないし、自分でも頑固だなって反省するところがある。けどそれにしたって、マイのこれは筋金入りだと思う。


 だけど焦らないで、わたし。ここで意固地になってはマイの思う壺だ。わたしが焦れば焦るほど、意地を張れば張るほど、喜ぶのがマイって人間だ。


 そんなマイが何かを面白がるみたいに口元に笑みを浮かべて、わたしをニヤニヤと眺めてくる。



「……別に、面白そうだったから見てただけです。大した意味はないですよ。やっぱりマイが頑張った水着特集の方が、気になりますって」


「えー? 嬉しいけど、ごまかさなくても良いんだよ? うちエス=エスは恋愛禁止って打ち出してるわけじゃないんだからさっ」



 マイの言う通り、エス=エスは恋愛禁止を明確に謳ってるわけじゃない。だからといってスキャンダラスな事をするつもりもなくって、それなりに恋愛に対して否定的に振る舞ってる。オタクにツッコまれた時も“応援してくれるみんなが恋人です”って言ってるし。


 実際のところ、それぞれに今まで恋人がいたわけでもない。そういう、ある種の“安定感”が、うちエス=エスの強みの一つだと思う。


 ……シズねぇとミウねぇは若干怪しいとは思ってるけど。あの二人は成人組だし、何より……。プライベートでお泊まりはしょっちゅう、各々に課せられてるライブ配信も二人はコラボ配信が多くって、オタクたちにはカップルチャンネルだと思われてる節がある。


ライブ終わりには当たり前のようにミウねぇの太ももに、シズねぇが沈んでる姿もよく見るし。いくら幼馴染とは言っても、あんな風になるものなの?


 まぁ、あの二人のコトは置いておいて、今はマイの腹が立つほど楽しげな視線をやり過ごさなきゃ。



「そうですね。だからって、オタクにを感じさせる必要もないです」


「そうだね、リリちゃんならそういうよねっ☆」


「……何が言いたいんですか?」


「うん? リリちゃんがもし、ホントに恋愛にうつつを抜かしてたらぁ……ほら、あの人とか、悲しみそうじゃない?」


「あの人?」


「いっつも現場に来てくれる、リリ担のおっぱい大きい人!」



 ……まぁ、そんな事だろうと思った。


 マイはわたしたちを為なら何だってやる。現場でどのオタクが誰を推していて、どの程度の熱量を傾けてるのかなんて事を把握して、なんてのは、彼女にとっては朝飯前なんだ。


 でも、そんなコトより……あの人を、外見なんかで語って欲しくない。たしかに魅力的な事は否定しないけど、語りたいくらいに良いところはもっとあるんだ。



「……そういう言い方はやめて。色々とマジでありえない」


「あはっ☆ 怒った? そうだね、ちょっと失礼だよね。えっとー、確か名前は……、だよね?」


「……なんでユキさんの名前が出てくるんですか、そこで」



 わかってはいた事だけど、ユキさんの名前を呼ばれてしまうと、胸の内ではどきりとするし、背中を冷たい汗が流れる。


 この人はほんと、どこまで把握してるつもりなんだろう。



「見た目も気になるけど、ずーっとリリちゃんの事を目で追ってて、チェキ会でもリリちゃんの列にしか並ばない。そんな人、やっぱり興味をもつでしょ?」


「……マイにだってそういうオタクはついてますよね。もしかしたら、わたしより多いくらいに」


「そうだねっ☆」


「認められると腹立つんですけど」


「それでさっ、リリちゃんがだったら、ユキさんも悲しむんじゃないかなって」


「わたしがっ!! ……そんな事するわけないじゃないですか」



 わたしはユキさんを悲しませたりはしない。これはを聞いた


 ユキさんは、ユキさんこそが、わたしの……ダメ。冷静にならなくちゃ。深呼吸しながら6秒数えて……2、1。よし、アンガーコントロールは終わり。


 マイはこうやってわたしを含むメンバーを煽って、反発させて、その上でねじ伏せあうコトが大好きなヘンタイなんだ。……そこに彼女なりのがあるから、絶妙に憎みきれないんだけど。


 こういうとき、自分の子供っぽい部分がちょっと恨めしい。シズねぇだったら嬉しそうに応えては黙らせるし、ミウねぇだったら穏やかに受け流す。モモは……何でかは知らないけど、いっつもマイが負けてるな。ほんと、なんでなんだろ。



「それにワタシも、心配なんだよ?」



 声色と、言葉の上では心配そうにマイはそんなコトを言う。けど、その三日月みたいに弧を描く口元が、マイの本心がそこにないコトを物語ってる。


……表には出さない様に頑張ったけど、わたしが僅かに漏らしたそれを、マイはそれを敏感に感じ取って愉悦を感じとってるみたい。



「リリちゃんがもしふぬけてたら、ワタシはおいてっちゃうからね?」


「……言ってれば良いですよ」


「あはっ、よゆーそーだね?」


「もちろん。忘れてますか? シズねぇならまだしも、マイがわたしからダンスのソロパートを奪えたコト、ありましたっけ?」


「……へぇ? 言うねぇ、リリちゃん。じゃあワタシがユキさんを釣ろうとしても、平気かなぁ?」



 ……ユキさんの名前を引き合いに出されては、流石にもうムリ。


 睨みつけてやると、それでも恍惚とした表情を浮かべるマイと目が合う。ああ、なんていうか、わたしたちの間に火花が散ってるみたい。


 この女を黙らせなきゃ。



「——そこまでにしとけよ、びっぐしすたーず」



 マイをどうしてやろうかとわたしが腰を浮かそうとした時、ふわふわのわたあめみたいに甘い声が聞こえた。声の主はとーぜん、わかってる。


 わたしよりさらに小柄で、はちみつみたいなブロンドと眠たげな目元が特徴の女の子。じみたビジュアルを持つエス=エスの“黄色担当”にして、=



「もー、モモちゃん、重たいよっ!」


「もものレトリバーのように軽い体を指してなにを言う、しすたーマイよ。……リリをからかうのは良いが、“加減”は間違えるなよ」



 そんな事を言いながら、やっぱりレッスンウェアを着たモモはひょっこりと現れて、しゃがむマイに後ろから寄りかかって、マイの肩の上から顔を覗かせた。


今日もその目がはっきり開く事はなくて、やっぱり眠たそう。本人としては、これが100パーセントの状態らしいけど。


 そんなコトより。



「いや、からかわないで欲しいんですけど」


「からかいも姉妹のふれあいと思えばかわいいじゃないか。ももも混ぜろよ」


「いつからわたしたちは姉妹になったんですか」


「生まれた時からに決まってるだろう、何を言ってるんだい」


可愛川わたし垣花マイハニベルモモじゃ姉妹にはならないですよね?」


「……?」


「その“難しいコトいうな?”みたいな顔はやめてください」



 って、だめだめ。モモのペースに呑まれたら日が暮れてしまう。


 マイとは違って、つかみどころがないのがモモの特徴だと思う。難しかったり、逆に軽かったりする言葉を、その小さな口から発せられる甘々な声で囁くものだから、聴く人の脳をバグらせる。


 そんなももはマイの後ろから現れて……その小さな手で、マイの胸を鷲掴みにした。……何やってんのこの子、マジで。つかみどころがないとは言ったけどさ。そっちが掴むところ間違えてない?



「あのー、モモちゃん? どうしてワタシのおっぱいを?」


「こんな豊かな双丘を前にして、登らないなんて何が登山家か」


「いや、いつから登山家になったんです、モモ。わたしたちはアイドルでしょ」


「人はいつだってその心に登山家を飼ってるものなのさ、リリよ」


「登山家さんをペットみたいに言うものじゃないと思うけどなー?」


「それもそうか。すまない、世の偉大なる登山家たち。マイの胸に免じて、ももを許してくれ」



 自分で責任はとりなよ。とは、言ってやらない。わたしが揉まれてるわけじゃないし、散々煽ってきたんだからいいキミだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る