第9話 踊る各陣営たち(後半)
―――S級攻略クラン『ディアセレーネ』・副団長室
「ナブラ副団長~」
副団長室で紅茶を飲みながらくつろいでいたスキンヘッドの男性、ナブラの元に、背後から一人の少女が音もなく現れる。
「……ミララか。鍵をかけてるのに勝手に入ってくるな。せめてドアから来い」
「いいじゃんそんなこと~、今うちって人員募集してましたよね?」
「人員募集? ……ああ、例の木の棒を振り回す探索者のことか」
「木の棒じゃなくてデッキブラシですよ~、ちゃんと動画見ました~?」
「どっちも変わらん」
「ねえ副団長、欲しくないですか? あれ」
「はあ……お前なあ」
ナブラはこれ見よがしに紅茶のカップを置き、深くため息を吐く。
「そいつを欲しがるのは中堅、それも戦力を自前で用意できない弱小クランくらいだ。確かに突出した個は魅力的だが、ダンジョンの中なら結局は既存の連携についてこれなくては意味が無い上に邪魔なだけだ。つまり、そいつを求めるのはそういったことを理解していない連中、もしくは連携もまだ特にないパーティー未満のやつらってことだ。……それくらいミララ、お前でもわかってるだろ」
「ふう~ん、副団長そんなこと言っちゃうんだ~」
「……何が言いたい」
ミララはニヤニヤと笑いながらナブラの顔を覗き込む。そして、口をナブラの耳元に近づけ、そっと囁く。
「サンダイレンが動いている……って言ったら?」
「……!」
目の色を変えたナブラを見て、ミララは子供のように笑いながらトントンと後ろに下がる。
「あはは! もう噂になってますよ~サンダイレンの探索者たちが大勢で新宿ダンジョンの方角に向かってるって話~。これって捜索確保以外の目的あります~? それに、この情報のせいで想定より多くのクランが動きそうで~」
「だとしてもだな……」
「え~、わかってないですね~。いいですか、これはチャンスなんですよ?」
「チャンスだと?」
ナブラの反応を見て、ようやく食いついたとミララは静かにほくそ笑む。
既に彼女の術中に嵌っていることを、ナブラは知らなかった。
「副団長~、ディアセレーネの目下の目標ってなんですか~」
「それは、当然渋谷ダンジョンの攻略に決まっている。深層に長く滞在するにはどうしても人手が足りず、そのために団長自ら不足する人員探しに出向いているのだからな」
「ですよね~?」
「だが、それは戦力としてではない。情報伝達のための中継や攻略班の補給を担う役割の人員だ」
「そう、その通りなんです。だから今がチャンスって言ったんですよ。私たちの人員補充のためのね」
ミララの言葉を聞いて、ナブラは彼女にバレないように息を飲む。
「……続けろ」
「深層の奥、未知領域の探索に必要なのは純粋な戦闘力じゃない。調査能力、探索スピード、走破力、そして臨機応変な対応力。これは戦闘が役割じゃないメンバーにとっても重要事項ですよね」
「ああ」
「だったら、中堅クランがこぞってあの謎のおじさんを探す今、それを簡単に判断できる状況ってことじゃないですか。有望なクランを狩り放題~」
「……」
「それに~、収穫じゃなくて剪定もできるんですよ~? 邪魔になりそうならだけど」
両手でチョキチョキと刈り取るポーズをしながら笑顔でミララはそう語った。
ナブラは腕を組み思考を巡らせる。メリットとデメリットを天秤にかけ、じっくりと検討する。当然、デメリットにはミララが機嫌を損ねた場合に起こす不祥事も含まれている。
そして、長い沈黙の後、ナブラは観念したように大きく息を吐いた。
「はぁ……。一理あるように話すのが本当に上手いなお前は」
「でしょ~? それで、言うことは~?」
「……わかったよ、お前の仕事は他のやつに回しとく。新宿でもどこでも行ってこい」
「やったぜ~」
「ただし、成果がなかったら、その時はわかるよな?」
「も~ちゃんとわかってますよ~。ディアセレーネは成果が第一!」
ぴょんぴょんと無邪気にはしゃぐミララを前に、キリキリと胃を痛ませるナブラ。やっぱり許可すべきではなかったかと、今更になって考え直す。
「……で、本当のところは何が目的なんだ」
「あはは、副団長私の事よくわかってる~」
ミララはそんなナブラの様子を知らないふりをして、あはは~と声を出して笑う。
「当然、面白そうだから~」
そう言うとミララはナブラの前から音もなく消えた。副団長室の中、ナブラは一人冷たくなった紅茶を飲み干す。
「ふぅ……。ミララのやつ、団長がいないからって好きにやりすぎだまったく……」
静かになった部屋で、ナブラは自分のスマートフォンを取り出して電源をつける。そこには、作業着を着たおじさんが超長距離の爆発魔法を発動させている映像が映っている。
ふと、あるシーンで映像を止め、画面に映るおじさんの顔を拡大する。
「でもこの人、どこかで見たことある気がするんだよな……」
―――鋼救護団『バリアシスター』・礼拝堂
厳かな空気の流れる礼拝堂、窓から差し込む日差しを受け輝く女神像の前に、一人の礼服を着た女性が片膝をついて静かに祈りを捧げていた。
そんな彼女の元に、似た礼服を着た少女が声をかける。
「トワ様、少しよろしいでしょうか」
「シスターロゼ。このような時間にどうされました」
祈りを捧げているトワと呼ばれたその人は、祈りを捧げる姿勢のままロゼに返事をした。ロゼは少しだけ呼吸を整えてから言葉を口にする。
「新宿ダンジョンへ出向いてもよろしいでしょうか」
「新宿ダンジョン、ですか」
新宿ダンジョンと聞いて、トワは疑問符を浮かべる。
「かの地の迷宮は既に攻略済みであり、現在攻略が進められている他の迷宮より我々の出番は無いように思えますが」
「それでも、です」
彼女から発せられる固く結んだような声に確かな覚悟を感じたトワは、祈りを止めて立ち上がりロゼの方に向き直る。
「では、理由を聞いてもよろしいですか?」
「人を、探しに」
「人探しですか。
「善悪隔てなく、傷を負う者には清浄の加護を」
スラリとそう答えた彼女の瞳を、トワはじっと見つめる。その瞳の奥にある燃えるような光を、トワは確かに見た。
「自らのためでなく、見知らぬ隣人のために人探しをする、と?」
「……はい。……いえ、やはりこれは私情なのかもしれません」
「……ふふ」
そんなロゼの様子を見て、トワは思わず無邪気に笑ってしまう。
「トワ様?」
「ああいえ、ごめんなさい。……貴方が
「それは……申し訳ありません」
「謝ることではないですよ。ふむ……おそらくですが、これから3日……いえ、1週間ほど新宿の迷宮は活発になるでしょう。その間、他の迷宮同様の負傷者が出ることが予想されます」
トワは亜空間から分厚い本を取り出しパラパラとめくる。
「何人か新宿へ使徒を送ろうと考えていたのですが、最速でS級になったあなたなら一人でも十分でしょう」
「……はい、必ず。この身全てを捧げ一人でも多くの命を救うと誓います」
その言葉を聞いたトワはパタリと本を閉じると、先ほどまで神に祈りを捧げていたその手で今度はロゼのために祈りを捧げる。
「行きなさいシスターロゼ。あなたに女神と精霊の加護があらんことを」
―――ネゴみんこと、根後キリカ宅・自室兼配信部屋
「うわああああああ嬉しいけど嬉しくないいいいいいいいい」
私の魂の叫びはお金をかけて作った防音設備のおかげで一切外に漏れ出ない。ありがとう防音室。
私はキーボードのF5を押して何度も何度もそのページを更新する。そのたびに、ある動画の下に表示されている数はどんどん大きくなっていく。
その動画とは、昨日の私の配信だ。
「すっごい、1日で700万再生いっちゃった……私のこの前出した歌ってみたより多いじゃん……」
該当シーンだけを切り抜いた動画も超特急で作って昨日のうちに出したが、それも飛ぶように再生されている。こんなことは、チャンネル開設以来なかった。
波が、私の元に大きな波が来てる。
……でも、騒動の中心が自分じゃないことも分かっている。
「あーまた会えないかな―この人に それであわよくばコラボしてくれたら……!なんて……はぁ」
私は無意味なページ更新する手を止めて防音室を出る。そして、そのまま依然として寝起きのぬくもりが残っているベッドへダイブする。
「はぁー気持ちいい……このまま寝ててもお金が入ってくるのって最高……」
そうだ、今この状況は最高のはずだ。なのに……
「なんで、なんで私こんなに苦しいんだろう」
昨日、配信を終え帰ってからずっとこの調子だ。心の奥の方で何か黒く柔らかいものが引っかかってる感じ。
それが何か、私は知っている。これは多分、探索者としての矜持。
「はあ~~……今更過ぎるよ」
私は仰向けになって天井を見上げ、空を掴むように手を伸ばす。
まともにやっていく道なんてずっと前に諦めたはず、なのに。
「ああもう切り替えろ根後キリカ! チャンスが到来している今、視聴者は次の配信を心待ちにしている! 私の役目は一秒でも長くカメラに映ることだろ!」
私はがばっと飛び起きて、両頬を痛いくらい叩く。このもやもやを気にしていられないほどに、配信者として重要なタイミングが到来しているんだ。寝てる暇なんてない。
「本気の配信をして一人でも多くファンを増やす!ぞ!」
今日はお休みの予定だったが、予定変更! 私は今のチャンスを逃すほど馬鹿じゃない!
私は近くに置いてあるダンジョン用の荷物を掴んで手早く準備を済ませる。
「よし!行くか新宿ダンジョン!」
――――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。なんか色々いっぱい出てきましたけどサンダイとロゼさえ覚えておけばこの後の展開問題ないです。あとネゴみん。
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