第10話 いつもと違う新宿ダンジョン

 俺が事務所のドアを開けると、中の冷たい空気がすっと頬を撫でてくる。


「うー風はまだ冷たいな……早く夏来ないかな」


 俺はいそいそと中に入り扉を閉める。明かりをつけると、見慣れた事務所の部屋が目に入る。


 荷物を床に置き、コーヒーを入れながら会社に届いているメールをチェックする。いつものように新宿ダンジョン管理局から処理依頼についてのメールが届いている。が、よく見ると最後の方にいつもとは違うことが書かれていた。


「んーなんだ?」


『昨日発生したブラッドオーガのアンデット化についてですが、こちらでも調査したところ深層にて二件の未報告死体を発見いたしました。

目下ダンジョン管理局としては未報告探索者の特定を急いでおりますが、該当探索者は現在もダンジョンにいる可能性がありますので、芝崎クリーン様の方でそのような人物をお見掛けしましたら捕縛等の対処をお願いします。

また、深層探索時、未報告死体を発見した場合は処理の際、状態などを追加でこちらに報告いただくをお願いいたします』


「はーなるほど」


 怪しいやつの捜索と未報告死体の詳細報告か。ブラッドオーガの件が妙にきな臭いと思って管理局に深層を調べたらどうかと進言したが、まさか本当に何かあったとは。


 うーん、仕事をしたら仕事が増えてしまった。まあ、今回のは増えたというより隠れていたいずれ解決しなきゃならない仕事が見つかっただけだからいいんだけど。


「といってもやることはいつもと変わんないな。所詮俺は一介の清掃業者だしな」


 俺は入れたてで熱々のコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。


 今回の処理依頼されたモンスターの位置を記したファイルを印刷する間、作業着に着替えるべくロッカーを開く。


「……あれ? いつもの作業着が無い。昨日のは……洗濯中だし、なんでだ?」


 えーと昨日と一昨日の分は洗濯中で、残りは……そうだった、クリーニングに出してたんだ。ああ、クリーニングに出す分と使用予定分の数を見誤ったなこれは。


「あーやっちゃった……」


 誰もいない部屋で一人頭を抱える。真田さんがいないとこういう細かいところでミスが出る。事務作業も含めてこの会社が彼女に依存し過ぎているのが原因だろう。


 やっぱもっと人雇うべきだな。舞華ちゃんには見習いとして手伝いはやってもらってるけど、あくまで職業体験の域だし。でも、ダンジョン清掃業者って人気無いんだよな。求人出したところで……と、こんなこと今考えても仕方ない。


「よし、作業着は新宿ダンジョンの雑貨店で適当に買うか」


 俺は印刷した紙をバッグに詰め、ロッカーにあるデッキブラシを一本掴むと事務所を出た。



**********


「うわーなんか今日はやけに人が多いな」


 新宿ダンジョンは何故か大勢の人で賑わっていた。普段ならこの10分の1もいれば多い方なのに。なんだ? 何かしらのイベントでもやるのか?


 というか舞華ちゃんの言ったとおりに新宿ダンジョンに人がいっぱい来てる。もしかして、適当言ってたわけじゃないのか……? だとすると、俺はこの後大量の知らない人に話しかけられることになるが……。


「いやあないない。きっとたまたま人が多いだけだな」


 俺は人の隙間を縫ってダンジョンの一階層に敷設されている管理局に顔を出す。


「お疲れ様です。芝崎クリーンの芝崎です」

「ああどうも芝崎さん、今日も早いね」


 管理局の門戸を開けると、局員の林道さんがこちらに気づいていそいそと椅子から立ち上がる。くたびれた局員制服の襟を正してから話しかけてくれるのは、培ってきた関係性のたまものだろう。


「林道さん、おはようございます。今日なんか人が多いですけど、何かあるんですか?」

「なんでだろうね、僕もよくわかってなくてね。部下の子に聞いても妙に言葉を濁すというか」

「はあ、そうでしたか」

「まあ活気があるのはいいことだよ。こんなに人が多いとさ、昔を思い出すね芝崎さん」

「そうですね。あの頃は新宿ダンジョンにしかない熱がありました」

「今はもっぱら渋谷の方にとられちゃってるけどね」

「あはは、時の流れってやつですね。これ、お願いします」


 世間話をしつつ俺は林道さんに入場許可申請書いつものやつを渡す。その時、林道さんはふと気づいたように俺に視線を向ける。


「あれ、芝崎さん作業着は?」

「それが、お恥ずかしながらあるやつ全部クリーニングに出してたの忘れてまして。この後にでもそこの迷宮雑貨店で買おうかと」

「そうなの? 芝崎さんのとこでもそういうのあるんだねえ。それならうちの貸すよ。確か予備がいくつか倉庫で眠ってるはずだし」

「そんないいですって」

「まあまあ遠慮しないで……秋くん、秋くん!」


 林道さんは奥の席にいる部下の秋山くんに声をかける。雑貨店で買うのは正直無駄な出費ではあったから、ありがたく貸してもらおう。渡りに船とはこのことだな。


 林道さんに呼ばれた秋山くんは、目の下に濃いクマをつけボサボサの髪のまま、眠たそうに欠伸をしながらこちらにやってくる。


「ふわぁ……なんすか~林道さん。あ、どうもです芝崎さん」

「おはよう秋山くん」

「うちの作業着使ってないのあったよね。芝崎さんに貸したいんだけど、それって今すぐ使える?」

「あ~ありますけど……普通のやつっすよあれ。エンチャントとか特にないやつで」

「だって、それでも大丈夫かい?」

「あ、問題ないです。うちのも別に付与魔術とかあるやつじゃないんで」

「え、マジすか……それであの動きできるんだ……」


 秋山さんは何かぶつぶつ言いながら別の部屋に行くと、袋に入れられた作業着を持って来てくれた。


「ありがとうございます。お借りさせていただきます」

「いいのいいの。迷宮ではお互い様、でしょ? はいこれ、今日の分の入場許可書」


 俺は林道さんに渡された入場許可書と作業着を受け取ると、何度もお礼を言いながら管理局を後にする。


 1階層には広場から少し離れた場所に広めの更衣ルームがあるので、早速そこに行き貸してくれた作業着に袖を通す。うちのは青っぽい作業着なのだが、管理局が貸してくれた作業着は全体的に白い色をしていた。


 慣れない服を着るのはそわそわするな。というかこれ、うちのよりいいやつじゃないか? 肌ざわり良いし動きやすい。


「さてと、と……うお、今日は本当に人が多いな」


 更衣ルームも混んでいたが、入場申請所のところはもっと混んでいた。見たこともない量の人で長蛇の列が出来ており、近くを通ろうものならその人波に飲み込まれてしまいそうだ。


 だが、そこは業者として既に入場許可を貰っているので、あれに並ばずに済むと思えば少しほっとする。


 列に並ぶ人を眺めていると、何故かちょくちょく俺と同じようなデッキブラシを担いでいる探索者がいる。

 なんだろう、清掃業者の方かな? でも、俺のとこにそんな連絡来てないし……。


 そんな風に立ち止まって考えていると、頼りなさそうな装備品を身に着けた二人組の探索者が俺の前に立つ。


「あのー少しいいですか」


 そして、急に俺に声をかける。話しかけられると思ってなかったのでドキッと心臓が跳ね上がる。


「は、はい、なんでしょうか」

「私たち今人を探してて、もしかして昨日の……」


 本当に話しかけられた! 舞華ちゃんが言ってたこと、本当なの!? 俺は今、何故か知らないが有名人になっているのか!?

 やばいやばい何を聞かれるんだ一体……!


「ちょっとみーくん待って! その人の服昨日のと違う! 別人」

「そうなの? すみません、人違いでしたー」

「あ、はい」


 俺の焦りをよそに、二人組は自分たちで話を完結させると足早に去って行った。


 ……何だ人違いか、人違いなら仕方ない。なに緊張してるんだ俺は。


「どうもー良ければ少し僕とお話を……」

「はい!」

「あー……違った、こんな弱そうじゃなかったわ。悪い、何でもない」


 今度は厳つい鎧を着た男の人に話しかけられるが、またも俺の返答を待たずにどこかへ去って行った。


 いや、うん。わかってたけどね。舞華ちゃんの話を全て信じたわけじゃないけど、なんだろう、ちょっとしたモンスターの攻撃よりも痛い……


 彼らの反応を見るに、俺のそっくりさんが探されているのかな。ここまでくるとなんだか逆に申し訳ない気持ちになる。



「あの、ちょっといいですか」



 今度はサングラスにマスク、さらにはキャップを深く被った人が話しかけてくる。


 何だこの人、めちゃくちゃ怪しいな。でも、二度あることは三度ある。多分この人も用件は一緒だろう。


「多分人違いかと……」

「いえ、そんなはず……やっぱり、間違ってません。会えてよかったです!」


 その人はそんなことを言って何故か興奮しながらサングラスとマスクを取る。出てきた顔は、確かに見覚えのあるものだった。


 最後にこれでもかとキャップを外すと、桃色の髪が可愛らしくぴょこんと跳ねて出てきた。


「私です、昨日助けていただいた、ネゴみんです!」



――――――――――――



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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