第17話 おれたちって
「おれたちって、付き合ってるのかな」
千桜に促されて彼女の家に向かいながら、ふと、おれは聞いてみた。
「んー。付き合ってはないですよね」
ザー、ザーと車が流れていく。海のない埼玉県において、それは砂浜の波の音のようだった。駅前にあった温度計が表示している気温は三七度。日差しが黄色く燃えている。片や、街路樹の緑は水っぽくて濃い色だった。斑な木漏れ日がおれたちを覆っている。やはりこの街でも蝉は鳴いていない。
「別に愛し合ってるってわけでもないし。好き過ぎて無理って感じでもないし。でも、不思議と、早く抱きしめたいっていう気持ちは強いんですよね」
「そうだよな。千桜もそんな感じか」
「なんか難しいんですけど。うまく言語化できてます?」
「難しいよな。でもできてると思う。逆におれら、付き合ったらうまくいかなそう」
「ですよね! それめっちゃわかります」
「そういうドライというか絶妙な距離感も含めて、相性良いのかもな」
「相性良いって言い方、いいですね」
相性かぁ、と、千桜はその言葉の意味を堪能するように繰り返した。
「っていうか、また会っちゃいましたね」
「いまさら?」
「警察の人から怒られませんでしたか?」
「なんか誓わされたけど、会うなとは特に言われなかった……と思う」
「珈亜さん、警察に捕まって人生終了になっちゃうかなって心配してました。もう連絡もつかないかと思ってたんですけど、アカウント生きててうれしかったです。それについては本当に迷惑かけちゃいました」
「おれはいいって。最初から犯罪ってわかってたことだったし。でもそれも、千桜が言った通り〝なにもしてません〟で切り抜けた」
おれはグッと親指を立ててみたが、「私が言った通り?」と千桜は首を傾げている。
「そっちこそ児相とか警察とか大丈夫だった?」
「実を言うとですね。……覚えてないんです」
ポツリと言って、千桜は前を向いた。ふっと瞬間的に会話が途切れたように感じた。
「たまに記憶飛ぶんですよね、私。気付いたら葉加に戻ってて、よくわからないまま児相の人とした約束なら覚えてるんですけど」
「え、マジか」
「あ、珈亜さんと一緒だったときのことは全部ばっちり覚えてるんで安心してください!」
千桜が言うには、どうやらおれと行ったコンビニ帰りに警官に囲まれたところ辺りから記憶をなくしているらしい。
「ちょっと変ですよね。私」
「それは元々だけど」
「え、ひどい」
「どんな感じなの。時間や場面が飛ぶ感じ?」
「そんな感じです……かね? なんか、ハッとすると別の世界に切り替わってるというか。そうですね。飛ぶ感じです。でもその間にも私はちゃんと生きて活動してるみたいで、すごく不気味で。……その時の人格って本当に私なのかなって怖くなることがあります」
「でもあれだろ。発達障害って脳の病気かなんかなんでしょ。だったらそういうこともあるんじゃね」
「そうですかねぇ」千桜は考え込むようにして夏の空を見上げた。つられておれも見上げると、もう時間の上では夕方であるはずなのに空はまだキラキラと青く明るく、ちょうど正面に巨大な入道雲が立ち上っていた。「どちらかというと、パッチの治療を開始してからって感じなんですよねぇ」
内に向いたような、千桜の言葉。
路地を曲がって、車がほとんど通らない細い道に入る。庭付きの一軒家がキツそうに立ち並んでいる。そのうちの一軒の前で、千桜は足を止めた。
「着きました! ここが私のおうちです!」
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