第15話 この晩
この晩、おれは葉加警察署に泊めてもらった。といっても、面接で使った小さな面接室に布団を敷いて、そこで朝までの数時間を寝て過ごしただけだ。風呂も歯磨きもない。目が覚めて口の中が気持ち悪いまま面接室から出ると、通常出勤してきた署の警官たちの注目を浴びた。この人たちから見て、自分はどのように映っているのだろうと思った。
月岡がやってきて、預けていたスマホと交通費が入った封筒が渡された。コンビニに出かけたままの姿で来たので、身なりはだいぶラフでみすぼらしい。髪の毛は寝癖が跳ねている。そんな汚らしい惨めな姿を晒しながら、おれは署をあとにした。
最寄駅からの帰宅ルートを検索し、東武スカイツリーラインから北千住、品川、川崎と乗り換える。平日の朝は通勤ラッシュで電車の中はすし詰め状態。大学に行っていない日が続いていたから、この混雑というか混沌はなんだか懐かしい。
自宅に戻ると、電源が付いたままのエアコンと扇風機がおかえりと言ってくれたようだった。嗅ぎなれない匂いがする。千桜とおれの体液が絡み合った匂いだ。疲れで布団の上に倒れ込むと、まだ彼女の体温が残っているかのようだった。滴った彼女の残骸が、その場所だけ強く甘い匂いを残して沁みついている。鼻を抜けると脳に電流が走り、身体にまた興奮の信号を発信する。視線の先に、彼女が着ていた制服と下着が散乱していた。返した方がいいだろうか。返した方がいいよな。でも、どうやって。
「あっけなかったな」
普段、独り言を言う方ではないが、思わずそう零していた。
あの時間も、警察も。
どちらも現実とは思えない。
身体を伸ばし、彼女の制服と下着を集めて抱きしめる。胸の中に言い知れない情動が濃縮して渦巻いている。ワイシャツ、スカート、ブラジャー、パンツ、そのすべての匂いを嗅ぐおれはどう見ても頭がおかしい変態だった。でも、彼女は間違いなくこの部屋にいたし、初めて会ってからほんの少しの間に、人にはみせないものの大部分を見せ合っていた。でも、まだ見ていないもの、知らないことがたくさんある。
もっと見たい、もっと知りたい。
つまり、また会いたいと思っていた。
女子中学生を相手に。
深みに嵌っていた。
もしもう会えないなら、この服は返したくないとすら思った。こうやって抱きしめているだけで、この二日間のすべての思い出が脳裏に再生されていく。身体中の血液が一点に集まって凝固していく。この服を自分のもので穢してしまいたい衝動に駆れれる。けれど、永久にこのまま保管していたい想いも強い。彼女自身であれば、たとえどんなにおれが穢しても、すぐに内側から彼女自身が甦った。神秘的だった。彼女はいつでも彼女の匂いを放っていて、おれの体液と混ざり合っても、彼女のその神秘性は決して絶えなかった。一方で、服はそうはいかない。穢れは悪臭になるし、だからといって洗濯をすると彼女が消えてしまう。おかしなことだった。怒りすら覚える。この制服や下着には、いつまでも彼女の匂いや体温を纏っていてほしい。激しく動かしていた手の中で、おれの種が弾けた。
瞬間、虚無に襲われる。
……バカか。おれは。
相手は中学生。その相手と一緒にいて心地が良かったということは、おれ自身、成長できてないという証拠でもあった。まともな人間じゃない。法律や倫理の観点からは当然のことながら、まだ発達段階にある中学生、心も体も成熟していない子供に性的な興味を抱き、そのうえ無責任にもほどがある行為を繰り返していた。これは明らかに自己中心的で、相手の未熟さを利用している。ゴムなしで、非常に危険なことをしていた。
おれは千桜の前で、自分を制御できない。
警察に止めてもらってよかったんだ。
明らかにおかしかった。
あの生活を続けていたら、おれも千桜も破滅する。
もう千桜とは会えない。
会っちゃいけないんだ。
彼女の下着と制服を部屋の遠くに投げ捨てる。
そんな時だった。
SNSにDMが届いた音が鳴る。確認してみると、知らないアカウントからではあったが『解放されました✌️』とのメッセージと共にフォローリクエストが届いていた。
『千桜?』
おれが送ると、あくびをする猫が「おはようございます」と言う画像が送られてくる。ついで、メッセージのバルーンが動いた。
『ママガチギレで笑 他の垢消されちゃったんですけど、珈亜さんの覚えてたんで!』
『また会いたいです』
おれの覚悟をよそに、千桜は全然懲りていないようだった。
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