第8話 でも、私
「でも、私」と言って、千桜は続けた。「それでも全然いいんですよ。ママ、笑うとすごく可愛い人なんです。授業参観とか行くと、他の子のパパとかみんなママのこと見てて。私が普通だと家でも普通に優しいし、二人だけど温かい家庭って感じなんです。その生活を守りたくて、私も早く発達障害を治したいと思っているんですけど。……でも、だから普通にしようと思って頑張ってるんですけどね。……最近、ちょっと疲れ気味です」
笑顔を見せながら、彼女もアイスを食べ切った。舐め終わった棒をどこに捨てるかキョロキョロしていたので、近くのごみ箱を指で指し示してやる。下着と捲れたスカートだけの彼女が、身体を伸ばし「うんしょ」と言って棒を捨てる。
そんな彼女におれが覆いかぶさったのは、本当に性的欲求のみだと言えるだろうか。彼女の瞳は怯えもなく、ましてや微笑んでいた。
「やっとですか。めっちゃ誘ってました」
「千桜は千桜のままでいいだろ」
おれはそう言って彼女の背中に手をまわし、貼られた遺伝子修正パッチを剥がしていく。そしてその流れのまま、そこにあったブラジャーのフックを見つけ、親指で片側を押し出し、人差し指の側面でもう一方を弾いた。フックが外れた音と共に、彼女の胸元が浮く。滴ったアイスに唇を置き、さっと下で舐めとる。甘い味が舌から口全体に広がり、脳を溶かしていく。同じものを求めて、繰り返し、おれは彼女の身体に唇を着地させる。徐々にその弾力が厚く柔らかくなってくる。ごわごわしたブラをどかす。彼女の両手が、おれの身体を回る。
「あっ」と彼女から声が漏れて、おれの精神はそこで完全にイカれてしまった。
汗と汗が混じりあっていく。静かな夏の世界が小さな窓から小さな空を覗かせている。小さい彼女の身体は、おれが覆いかぶさるとすっぽりその中に隠れてしまうかのようだ。
解放された窓。
温風を吐きだす壊れたエアコン。
首を振る扇風機。
藍色の暗い部屋。
ここに引っ越してきたときは、こんなことになるなんて思いもしなかった。せいぜい、他の大学生で仲良くなった女の子を連れ込んで――なんて瑣末な夢を描いていた程度だ。現実は孤独な生活が続き、学校もサボりがちになり、バイトをばっくれ、一日ごとに気力が減少して、ゴミみたいな生活を送っていた。
なにか、なにかないだろうか。
そう願っていた。
だれでもいい、なんでもいい、とにかくなにかを欲していた。自分の現状を自覚するたびに妙な焦りを感じて夜眠れなくなる日が続いていた。そうして訪れた暗闇の中で扇風機が首を振る丑三つ時、その中でボゥとスマホの光を浮かべていたところ、TLに流れてきたチサというアカウントの『ヒマ~』という投稿になんとなく「いいね」を押してみたことが、すべてのはじまりだった。
おれは犯罪者になった。
この日、おれは女子中学生とセックスをした。
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