第3話 お前が書いて、俺が読む。

4月某日。

文芸部の仮入部に行ったら夜宮がいた。


「うそだろ……」

驚愕と少しばかりの感動で、角田は震えた声をこぼす。

「よう」

夜宮は知っていたのかいないのか、面白がるような顔で軽く手を上げる。

「えっ、同じ高校だったの?」

角田は周りの目をはばかりながら夜宮の隣に座り小声で問いを口にした。

「そのようだな」

「そのようって」

人もまばらな教室で、夜宮はひょうひょうと笑う。


やけに綺麗に掃除された前黒板には雑な字で『文芸部』とある。

先輩は、上履きの色で……2年生が2人、3年生が3人。

新入生は角田と夜宮の2人だけ。

正直、気まずい。

いや、夜宮とはあれから何度か病院で顔を合わせてもう気安い仲になっている。ただ2倍以上の人数の先輩方に囲まれているのが辛いのだ。


「じゃ、これ以上来そうにないので始めまーす」

2年生の部長が教壇に立った。

「って言っても、説明することそんなにないんですがね」

ぼんやりと聞きながら、角田は夜宮を盗み見る。

いつかの会話がよみがえる。


〝俺の病気? そうだな、端的に言えば毎日何か読まないと死んじまうって病気だ。ほら小説とか詩とか、別に何でもいいんだが〟


夜宮の横顔は相変わらず綺麗だ。


〝……へぇ、お前も? 『死に至る病』か。洒落た言い方だな。ははは、気に入ったぜ〟


夜宮の瞳がふいにこちらをとらえた。猫のようなその目がにっと笑うのを見て、角田はどきりと目をそらす。


〝いいこと思いついちゃった。お前が書いて、俺が読むんだ。そうすれば互いのためになるだろう? 俺、お前の書いたもの読んでみたいし〟


――読んでみたい。

そう言われたのは初めてだった。


――読んでほしい。

そう思ったのも初めてだった。


「……というわけで、文芸部の概要はこんなところです。何か質問あるひとー」


気づいたら説明は終わっていて、聞き逃した角田は慌てて口をぱくぱくさせる。

「はい」

隣の夜宮が手を上げた。

「わ~初質問嬉しい! はい、どうぞなんなりと!」

部長は両手を握りしめて心意気を見せる。


「読む専ってありですか?」

夜宮は例のごとき微笑で訊いた。


「……ヨム、セン?」

チョットニホンゴワカリマセーンといった調子でオウム返しする部長。

「書かないってことでしょ?」

後ろから3年生の先輩が1人、声を飛ばした。夜宮は振り向いて丁寧に頷く。

「いいよ。その代わり部誌が出たら必ず読んで、一人ひとりに批評を書いて提出すること」

「ちょっちょっとせんぱ」

「いいね?」

夜宮は

「はい」

とはっきりした声で答えた。


角田は頭を抱えた部長に目を移す。

「無視するなんてひどいじゃないですかぁ……」

ぼそりと呟く部長がなんだかかわいそうになって、心の中で合掌した。

「……はい、じゃあまあそういうことで。今日は解散!」

気を取り直した部長がパンッと手を叩く音を合図にガサゴソと帰り支度が始まる。


「書くのは任せたかんな」

リュックを背負って歩き出す夜宮にそうささやかれて、角田はごくりと唾を飲んだ。

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