第8話 拝啓、お父さん。
〜X年:双郷平和
ヘイワは、お母さんとお父さんとお兄ちゃんが大好きです。
お母さんはすぐ怒るけど、ヘイワの為にウサギのぬいぐるみを買ってくれました。ヘイワと同じくらい大きいぬいぐるみです。ヘイワは、ウサギをお母さんだと思っていつもギュッとして寝ています。
お父さんはいつも一緒に遊んでくれます。ヘイワの大好きなヒーローごっこも一緒にしてくれます。いつもニコニコ笑っていて、ヘイワに「かわいいね」って言ってくれます。
お兄ちゃんはちょっとイジワルです。でも、ヘイワが泣いても怒りません。ハァって溜め息をつくけれど、隣りにいることを許してくれます。
ヘイワは大好きな家族と一緒にいれて、とっても幸せでした。
小学生のお兄ちゃんお姉ちゃんにお勉強を教えるお仕事をしていたお父さんは、色んなことを知っていました。
お父さんは、「何よりも楽しい遊び」と言って、不思議な遊びを教えくれました。
「咥えて?」
「舐めさせて?」
お父さんは、ニコニコ笑いながらそう言いました。ヘイワは、その遊びが楽しくなかったけれど……お父さんが喜んでいたからやりました。
「ヘイワはかわいいね。きっと、大きくなったらキレイになるんだろうなぁ」
お父さんはヘイワの汚いところを見て、触って、そんなことを言っていました。
ヘイワは、お父さんに嫌われたくなくて……笑いました。
ありがとう。
お父さん、大好き。
ずっとその言葉を繰り返しました。
でも、最後の日……お父さんがいつもと違うことを始めました。
「挿れさせて?」
あまりに痛くて、苦しくて……ヘイワはお父さんを受け入れることができませんでした。
お父さんは、たくさん怒りました。
そして……次の日、どこかにいなくなってしまいました。
ヘイワのせいだ。
ヘイワが我慢できたら、笑えたら、お父さんは一緒にいてくれたんだ。
お母さんもお父さんの好きな遊びをヘイワとやるようになりました。
その遊びを好きだと思ったことはありません。
でも、嫌だとは言えませんでした。
嫌だと言ったら……お母さんもいなくなってしまうと思ったから。
みんなが好きと言ってくれるのは、キレイな俺。
みんなが好きって言ってくれるように、一生懸命笑顔を貼り付けた俺。
俺の気持ちなんて、誰も興味がないし必要ない。笑って黙って脱げば、大抵の人間は喜んでくれる。
それが通用しなかったのは、二人目の父だ。
明星航一は、誰のことも愛さない。
彼は普通に生きることすら苦しい人。いつも、怒って泣いて、グチャグチャになった感情で俺を殴る。
俺は、彼が怖かった。
怒りばかりが爆発している彼が、動物すら平気で殺す彼が、いつか俺のことも殺すのだろうと思ってしまった。
そして……誰のことも愛することができずもがいている彼が、将来の自分に見えてしまった。
怖くて、許せなくて……俺は、彼の背中を押していた。
車が、明星の身体を軽々とはねる。地面に叩きつけられたかつての脅威は、あっけなく脳漿をぶち撒けていた。
その姿を見たとき、どれほど胸が踊っただろう。
あんな大嫌いな人間ですら、ピクピクと痙攣する様は愛おしく思えた。
どうして俺ってこんなに汚いんだろう。
みんなが愛してくれるのは、キレイな俺なのに。
凄いねって言われるような、そんな俺なのに。
本当の俺は、他人を蹴落として興奮する汚い人間だった。
隠さないと。
キレイな俺でいないと。
嫌われないように。
愛されるように。
笑え、
キレイに、笑え。
愛してるって言われる為に、身体を捧げるんだ。
ねぇ、お父さん。俺、ずっとお父さんの言う通りにしているよ。
お父さんのこと、誰にも言わなかった。
お母さんのこと、拒んだりしなかった。
お父さんではない父のこと、父として見なかった。
友だちのこと、大切にした。
学校の先生の言うこと、ちゃんと聞いた。
だから、ねぇ、愛してよ。
身体じゃなくて、顔じゃなくて。
俺の全てを、受け入れてよ。
誰か、愛して。
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