枯れゆく大樹の精霊
飛空艇の中。
流れるゆく景色を楽しんだ後、僕はテスと一緒に、飛空艇の中を詮索して回った。
この飛空艇のエンジンルームは、オーブと機械で構成された超最先端技術らしい。
跳躍施設の構造に似ているけれど、組み込まれたオーブや、機械の役割が全く異なる。
物理軽量オーブ。
半重力オーブ。
飛空艇の重量を
そして複数ある発電オーブで、飛空艇にあるレーダーや推進プロペラなどの、全ての機器を作動させている。
もちろんオーブを使うには想念が必要となる。
その想念をどこから賄っているのかというと、飛空艇に乗車している全ての人たちから、微弱な想念を吸い上げて、オーブを作動させ続けているのだそう。
想念とは思いの力。
些細な思いからも、その力は生じるのだ。
思ったけど、想念の力ってすごいね。
めっちゃエコなエネルギーやん。
ー
それから食堂、船尾、あらゆる部屋を見回り、スタート地点である船首に戻って来た。
この飛空艇の船首は、同時に操舵室にもなっている。
キャトンさんを除く4人のオペレーターが、窓際の席に座り、各々のモニターと真剣な睨めっ子をしている。
以外にも、その中のひとりに叶多先輩がいる。
そう、あのいつも面倒臭そうにしているアンちゃんが、今日はちゃんと仕事をしているのだ。
これには僕も、思わず愕然としてしまった。
「う…嘘だ…。叶多先輩が真面目に仕事をしている…だと…!」
「おいおい霞紅夜君。俺を誰だと想ってるんだい?こう見えて日本にいたときは、俺はあらゆるバイトを掛け持ちしてたんだ。戦闘はからきしだが、それ以外の適応力は半端じゃないぜ」
普段とは違う、大人ぶった余裕のある物言いに、ちょっとイラッとした。
まぁたしかに、彼は僕より年上の経験者だ。
いろんな社会経験をしていたが故に、むしろ戦闘よりは、こういったサポート系の作業が性に会っているのかもしれない。
「ところで、叶多先輩は何をしてるんです?」
「俺か?俺は一帯の不浄濃度の観測だよ」
叶多先輩はそう言い、ちょいちょいと手招きをする。
そして彼は、目の前にある大きなモニターを見るように促した。
薄暗い灰色の波が、画面いっぱいに揺らめいている。
そしてたまに見える真っ黒な点。
それを指差すと、叶多先輩は簡単な説明を始めた。
「この黒い点が魔恩だ。でっ、このモヤモヤしてんのが不浄濃度が少し濃くなってる場所だな。これはお前の村と比較すると、ほんのちょっとだけ濃いくらいだ。まぁ、この濃度は特に気にするほどじゃねぇよ」
「なるほどー」
僕は興味本位で深々とモニターを覗き込む。
すると僕の背後にいたテスが、ヒョコッと顔を前のめりし、とある一点を指差した。
「じゃあ、いまモニターに映ったこの白い点はなーに?」
「んあー、これは精霊だな」
「ふ~ん。じゃあこの人、魔恩に囲まれてるってこと?」
「ん…?」
テスの言葉に、叶多先輩は怪訝な表情でモニターを正視する。
すると、彼は驚いた様子でガバッと椅子から立ち上がった。
「おいおい嘘だろ……さっきまで反応は無かったはずだろーが!キャトン小隊長!大変だ!一般人が魔恩に襲われてる!どうする!」
操舵室の中央でどっしりと構えるキャトンさんに、叶多先輩は慌てた様子で振り向く。
すると、モニターを見ていたテスが心配そうな声音で口を開いた。
「ね、ねぇ。どんどん増えてってるみたい。大丈夫かな…?」
見てみると、最初に三つほどあった黒い点は、五…十…十五…二十と、その数を段々と増やしている。
つまりこの精霊は、突如として現れた魔恩に、追い詰められてる状況なのだ。
これは、急がないとマズイかもしれない。
「魔恩の大量顕現?まぁいいわ…
全乗組員に通達!
これより空路を変更し、一般人の救助にあたります。
戦闘可能な者は、現場に到着次第、即座に魔恩の一掃を!
いいわね!八尺!」
一瞬だけ不可解そうな表情を見せたキャトンさん。
しかし、その後に放ったキリッとした言明に、場の空気がピリピリとし始めた。
きっと皆も緊張してるんだろう。
かくいう僕もソワソワしている。
対して、名を呼ばれて、操舵室の扉から恐る恐る入室した例の彼はというと…。
「ひゃい」
ガクガクと身を震わせて涙目になっていた。
というか八尺……ずっと扉の前にいたのか?。
キャトンさんのことが苦手なのは知ってたけど、一体なにをされたら、そんなになっちゃうんだろう。
とりあえず、僕は戦闘の準備でもしようかな…。
ーー*ーー
ソーネル樹海の遥か南西。
竹取霞紅夜が最初に召喚された場所と同じ、雄大な樹海だ。
ただ、霞紅夜が落ちたのはソーネル樹海の東北であり、そこはかつて撃たれた
対して南西はというと、煌々と生い茂る緑が、いまなお色濃く残っていた。
大地を飲むほどの強靭な気根が、どしんと鎮座する野太い
まるで、隣り合う木々たちと競争をしているような、そんな
生存競争に勝ち残り辿り着いた頂上で、大樹はたくさんの光を浴びて、数え切れないほどの葉を飾る。
一陣の風が一度吹けば、老いた
そうしてできた花吹雪が、気根に膨れた大地に積もり、生命の神秘に封をする。
そんな中。
凸凹の地べたを、一人の人物が悪態をつきながら軽々と駆けていく。
「クッソ。どっから沸いてでやがったんだよ…クソ魔恩どもがっ!
ジジィが無茶言ったせいで、めんどくせぇことになったじゃねぇか!」
彼は鋭い眼光に、赤い髪をした精霊だった。
上半身がほぼ半裸の、
「ちっとばかし数は多いいが…こうなったら、やるしかねぇ」
青年は戦う覚悟を決め、180度、全身を
すると、眼前映った魔恩の数に、青年は思わず冷や汗を流した。
視界を覆い尽くすほどの、蟻の姿をした魔恩の群れ。
軍隊蟻のように鋭い歯に、禍々しい胴体から生える脚は、一本一本が剣のようになっている。
「おいおい、また一段と増えてねーか?顕現の予兆も無かっただろーがよ、クソが。マジでどっから出てきてんだよ。まぁいい…」
青年の右手に、大気中の塵が収束していく。
それは即座に、一本の長い棒を構成した。
質素でいて、なんのデザイン性もない単純な棍棒だ。
「あー、最近体もだるいし、まともに戦えっかなー」
青年は自信なさげにぼやいてはいたが、その姿…その瞳は、まさに獰猛な獅子そのもの。
体が重いのは事実なのだろう。
しかし、彼は危機的状況の中でも、闘争心を昂らせる…そんな男だった。
「いくぞ…」
奇跡で構築した棍棒を、慣れた手捌きで豪快に振り回す。
そして青年は、眼前の魔恩に飛びかかり、棍棒を勢いよく振り下ろした。
ドゴッ
鈍い音を立てて、魔恩に頭部にめり込む棍棒。
しかし、魔恩の息の根は止まっていない。
「キシェェェェェエエ」
「うるせぇ」
やかましい魔恩を黙らせるように、青年は鋭くもない棍棒を魔恩の額に捩じ込んでいく。
ギチギチと、グシャグシャと、まるで肉に串でも通すかのように、強引かつ冷酷な荒技を青年は披露する。
すると青年は、足腰に踏ん張りをつけると、串刺しにした蟻を力一杯に持ち上げた。
「これでも、食いやがれええええ!」
青年は巨大な蟻棍棒を台風のように振り回すと、魔恩の群れ目掛けて盛大にぶん投げた。
「キュルルルルル!」
「キシャ……」
ズシャァアアアン
敷き積もる落ち葉を巻き上げて、空を舞った蟻棍棒は、群れの最前列に放り込まれた。
数体の魔恩を巻き込みつつ、内二体は、青年のずば抜けた投擲力で圧殺。
蟻棍棒と共に、漆黒のひしゃげた装甲はボロボロと崩れていく。
「オラオラどうしたー!こんなもんかー!」
青年は手元に再び棍棒を構築。
そして威嚇でもするようにガンガンと振り回しながら、大きくかつ乱暴な口調で、近づいてくる魔恩を牽制していく。
「(しっかし、どうしたもんかなー。さすがに数が多すぎる。とんずらこきてーところだが、コイツら村にまでついてきかねない。マジでどうする…)」
まさに思案投首。
しかしその胸内を一切表には出さず、青年は奇跡の出力を拡張していく。
周辺に漂う全ての塵を、青年は自身の足元に収束させた。
その塵は収縮し、圧縮し、まるで剣山のような鋭い刺の刃を無尽蔵に産み出した。
ただし、その範囲は非常に狭く。
青年は、近づいてきた魔恩に対する、カウンターとしてその剣を構築したのだ。
「(まぁ、どちらにしろ、やるしかねぇか)」
緊張の汗をながしながら、青年は覚悟を決めてズシンと前に駆け出した。
「うおおおおお、お、おっ、ん?」
しかし、数歩踏み出したところで、青年は眉を潜めて立ち止まった。
奇妙なことに、魔恩の群れも静まり返り、その真っ赤な眼は空の方へと向かっている。
青年の視線も、自然と空へと吸い寄せられた。
「あれは………飛空艇?………レシオラント号!
まさか
なんでこんな
まぁでも、これで助かった、のか?」
青年が安堵した刹那。
飛空艇から、九つの影が落ちた。
その内のひとつが高速に、そして緩やかな傾斜を描きながら、青年がいる場所へと迫ってくる。
それは菱形の飛剣を携えた、色素の抜けた髪のバサバサと揺らす少年。
竹取霞紅夜だった。
霞紅夜は青年に近づくと、飛剣を軸に勢いよく後転をしながら、アクロバティックに…。
「大丈夫ですぎゃっ!」
見事なスーパーヒーロー着地を見せたのだが、それが仇となってしまい、安否確認の最中、霞紅夜は盛大に噛んでしまった。
恥ずかしさと痛みで、霞紅夜は全身をプルプルと震わす。
その口からは、青年すら震え上がるほどの血が、ゴポッと溢れていた。
「うわっ…大丈夫か?お前…」
「
霞紅夜は口元を袖で拭い、その怒りの矛先を何故か魔恩へと向けた。
「
そんな彼の後ろ姿を、青年は心配そうに眺めていた。
「マジで大丈夫かよ、アイツ…」」
青年は振り替えると、この場にやってきた新たな人物たちに目を向ける。
すると青年の表情は、ひとりの人物を見た途端にみるみると青ざめていった。
「き、狂獣キャトン!なんでこんなところに!」
名を呼ばれた女性は不機嫌な顔を一瞬だけ浮かべたが、青年の顔を見るとアッと驚いていた。
「おいコラ…その名で私を呼ぶんじゃ……って、リード?なんでこんなところに…?」
二人は顔見知りだったようで、お互い、異なるベクトルの感情を向け会っている。
しかし、キャトンはリードの胸部に目が止まり、その異質さに酷く動揺していた。
「あなた、その
青年の体には、他の精霊とは異なる特徴があった。
体が割れていたのだ。
しかし、『体が割れている』というのは、少々語弊がある。
青年の胸部には、左の首元から右の股関節にあたる位置まで、まるでガラスが罅割れたかのような痣があるのだ。
その痣は鮮やかな色彩を纏い、痣とは思えないほどの美麗さを放っている。
「いつからなの…」
キャトンは深刻そうに尋ねたが、リードはケラケラとしながら簡単に答えた。
「あっ?ああ、これのことか…。
いやあ、四年くらい前か?
魔恩相手に不覚をとっちまってなぁ。
そん時の傷をほったらかしにしちまったせいで、こんなザマだ」
「…………」
「そんな顔すんなって、これは俺が油断した挙げ句、テキトーな処置しかしなかったせいなんだからな。
これは全部自分の責任。
お前が気に病む必要はねぇよ」
「それも…そうね」
すると、キャトンの後ろに控えていた七人の人物。
その内の一人の、槍を担いだ青年が怪訝そうに彼女に声をかけた。
「キャトン小隊長ー、知り合いか?」
「ええ、私が
リードは叶多に気さく笑いかける。
「俺はリードだ。よろしく」
「おう、俺は叶多だ。よろしくな」
叶多の名を聞くと、リードは不思議そうに小首を傾げた。
「カナ…タ?変わった名前だな。お前ひょっとして
「お、おう…?」
叶多が異世界人と分かった途端。
リードは興奮気味に叶多に歩み寄り、彼の肩をガシッと掴んだ。
「そいつぁいい。うちの村のガキどもは異世界人にあったことねぇからよぅ。よかったら叶多の世界の話を聞かせてやってくれ!」
「ん?そんなことでいいなら、別に構わねぇぞ」
「ありがてぇ」
魔恩に囲まれている状況だというのに、ワイワイと盛り上がる二人。
そんな二人を見て、キャトンは大きな溜息を吐いた。
「あなたたち、無駄話は後にしてくれるかしら。今がどういう状況か、ちゃんと分かってるの?」
キャトンの冷たい言葉に、ハッと我に帰る二人組。
周囲を見渡し、魔恩がいることを思い出した二人は、槍と棍棒を同時に構えた。
「そういや、さっきの鶴髪の坊主も
「おいおい、そういうのは先に言ってくれよ」
「まぁ、自分の舌を盛大に噛んだだけみたいだったけどな」
「なんだよ、心配して損した…」
ヤレヤレと呆れた表情をする叶多。
しかし、魔恩たちの奇声が周囲に響くと、全員がキッとした真剣な表情を見せた。
一部の隊員は持っていた武器を握りしめ、一部の隊員は奇跡を構える。
キャトンは柄の長い大槌を担ぎ。
リードは棍棒を振り回す。
叶多は槍を構えると、全身からバチバチと火花を散らした。
当然、八尺も地上に降りてきている。
八尺はキャトンから一番離れた位置で、スッと刀を魔恩に向ける。
他五名の隊員は、炎や氷、土の力などの自身の奇跡を発現していく。
「いくわよ!」
キャトンの言葉で、総員は魔恩の群れに立ち向かう。
鈍器が装甲を叩き割り、鋭利な刃が敵を切る。
ひとつがふたつに切り分かれ、次々と魔恩を蹴散らしていく。
圧縮された奇跡は砲弾となって、蠢く黒に炸裂する。
リードの加わった少数精鋭部隊。
それは瞬く間に、魔恩の数を減らしていったのだった。
ーー*ーー
第一回、
カッコつけようと、一番乗りで魔恩の群れに到着したはいいものの。
なんと初デビュー、失敗してしまいました。
しかも救助者にまで心配される始末。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
そうして僕は、逃げるように魔恩の群れへと特攻した。
「
着地した時に、噛んでしまった舌がまだ痛い。
熱いし、血の味もする。
うん。空を飛んでるときは、絶対に喋らない。
無駄にカッコつけない。
でないとこんな馬鹿を見る。
この痛みは、愚かな自分への戒めとしよう。
「おりゃー」
魔恩を蹴散らし、ふと周囲を見渡すと誰もいなくなっていた。
しまった。
前に出すぎたみたいだ。
急いで戻って合流しよう。
魔恩を警戒しながら、僕は慌てて来た道を戻る。
次第に大きくなる戦火の音。
誰かの奇跡が炸裂したり、武器を振るっているような甲高い音が木霊した。
「
そうして、みんなの戦っている戦場へと、僕はようやく到着した。
そして、彼らの圧倒的な勇姿に、僕は胸を突かれてしまった。
みんな、すごい!
魔恩は数で勝っているはずなのだが、彼らはそれをもろともしていない。
八尺の戦い方は相変わらずだ。
舞っているかのような動作に、抜刀術を掛け合わせた中距離の光の斬撃。
腰のヒラヒラから、下着が今にも見えてしまいそうだ。
キャトンさんは意外にも、接近戦を得意としているファイターさんだ。
彼女の持っている大槌は、ほぼオマケみたいなもので、遠くにいる魔恩に投げるための、遠距離攻撃用の武器として使われている。
そのため、基本の攻撃手段は殴るなどの肉弾戦。
殴る、殴る、殴る、殴る、噛みつく、殴る殴る、殴る、抉る、蹴る、蹴る、踏み潰す。
潰す、潰す、潰す、潰す、殴る、殴る、潰す、潰す、踏み潰す…。
「…………………」
そして、すでに死に絶え、肉体の瓦解が始まっている魔恩に、キャトンさんは大槌でドシュンドシュンと容赦の無いオーバーキルを何度も披露して見せた。
ひぃぃ、ヤメテ、魔恩さんのライフはもうゼロよ!。
そんな彼女の表情は、牙を剥き出しにした獣のような表情であると同時に、うっすら恍惚としていて、なにやら見てはいけないものを見てしまった気がする。
八尺が、キャトンさんを苦手に思うのも少しわかったよ。
それとたぶんだけど、彼女の奇跡はおそらく、爆発的な身体強化だと思う。
キャトンさんの後方にいる五人の援護組が、彼女がいるにも関わらず奇跡を放つ。
しかし、彼女はどの攻撃も、ヒラリヒラリと躱すのだ。
しかも、それを見ずに…だ。
獣の直感か、あるいは闘気による第六感の強化か…。
どちらにしろ、僕には出来ない芸当だ。
援護組もキャトンさんを信頼しての判断なのだろう。
しかし、なにより驚いたのが、叶多先輩の急成長だ。
この1ヶ月の間に何があったかわからないげと、別人みたいに強くなっている。
動きがキレッキレッてレベルじゃない。
その姿はまるで、戦場を駆ける裁きの稲妻。
苦手としていた奇跡の維持も、今は難なくこなしている。
たぶん速さは、あの中でトップクラスかもしれない。
それくらいに凄いのだ。
「オラオラッ、次々!」
バチバチと、叶多先輩は轟音を轟かせながら、すれ違う魔恩を切り捨てていく。
なにが戦闘はからきしだよ。
めちゃくちゃ強くなってるじゃないか!。
そして気づけば、山程いた魔恩の姿は無くなり、ユラユラとした黒い塵だけが残った。
さすがは魔恩の殲滅を得意とする
その力は伊達じゃない!。
「
「霞紅夜…なに言ってるか全然わかんねーよ、とりあえず医務室行ってこい」
「
叶多先輩に駆け寄り、賛辞を贈ろうとしたのだが、相変わらずの痛みに舌が回らない。
とりあえず僕たちは、飛空艇へ戻ることとなった。
ー
飛空艇に乗り込んですぐ、飛空艇はゆっくりと前進を開始した。
なんでも、一緒に乗り込んだリードという精霊の村に向かい、そこを拠点とする話になっているそうだ。
「カグヤ…大丈夫?」
戻った僕に、テスが心配そうに駆け寄ってきた。
「うん。
するとテスは、僕の喋り方にツボったようで、不安そうにしていた顔があっという間に吹っ飛び、明るく笑い出した。
「ふふ、ふふふふっ、なにその喋り方!あははははは」
ちょ、笑わないでよ。
僕だって、こんなの恥ずかしいだから…。
僕は医務室を目指して廊下を進んだ。
キャトンさんの話では、医務室は飛空艇の船尾にあるという。
そんな僕の後ろを、テスはトコトコとついてくる。
「ついたね」
医務室に到着した。
医務室の前に立つと、扉は自動でスライドした。
「
扉を潜ると部屋のデスクの前に、見覚えのある一人の女性が座っていた。
サイズの合わないヨレヨレの胸元が特徴のメイド服。
ノインさんだ。
ここであえて言わせてもらおう。
お世話になりました。
「あっ、ノインさんだ!」
テスはノインさんを見ると、大喜びで駆け出した。
「お久しぶりですね。テス、霞紅夜様」
「
「おや?霞紅夜様、どうされたのですか?」
ノインさんは、心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
僕も説明したいのは山々なのだが、今の喋り方でうまく伝わるだろうか…。
すると隣にいたテスが、僕の状況を簡単に説明してくれた。
「なんかね、カグヤ地上で舌噛んじゃったみたいなの」
僕はコクコクと頷く。
「あらまぁ」
「でもカグヤのことだから、きっとカッコつけようとして、失敗しちゃったんじゃないかな。ねっ、カグヤ」
テスさん。
なんでそこまで言い当てられるの?
エスパーなの?
「とりあえず、健診しましょうか。
霞紅夜様。お口を開けて下さいますか?」
僕はあーっと口を開くと、ノインさんは小型のライトを照らして、口の中を覗き込んだ。
すると彼女は青い顔をして、僕の目を心配そうに見つめた。
「これは…結構酷くやられてますね。
辛うじて舌は噛み切れずに残っています」
えっ?僕の舌の肉…いまそんなにヤバい状態なの?。
今さらながら、血の気が引けてきたんてすけど…。
「私の奇跡は傷を癒すことはできても、失った箇所の再生はできませんから…。
よかったですね」
そう言うとノインさんは、僕に人差し指を向けると、とんでもないことを言い出した。
「霞紅夜様。申し訳ありませんが、これを舐めてください。ちゃんと消毒もしてあります。
おイヤかもしれませんが、医療に必要なことなので…」
はい?
その指を舐めろと…いま、そう言いました?
………えっ?
いいんですか?
ノインさんの綺麗な指にしゃぶりついちゃても、いいんですか!?
マジで!
やるよ!
ホントにやるよ!
いいんですね!
よっしゃぁああああああ!
僕は表情ては恥じらいながらも、内心はウッハウハで、ノインさんの人差し指に顔を近づけた。
よく見てみると、指先には透明な蜜みたいなものが
これはもはや、ご褒美では?
じゃあ、遠慮なく。
いただきます。
「はむ」
僕は彼女の指先を咥え、いやらしく舌で転がした。
なにしろ、彼女の指先から溢れる蜜は、驚くほどに甘い。
まるで葡萄のようだ。
「あの、霞紅夜様?そこまでする必要はないのですが…」
これが立派な医療行為だと言うのなら、僕は自信の行いに後ろめたいことなどなにも感じない。
故に僕は痛みが引くまで、あなたの指を離さない。
レロレロレロレロレロレロレロ。
「霞紅夜様!?」
途端に彼女の指先から、また新たな蜜が溢れ出した。
なんだろう。
変な気分になってきた。
僕の予想外の反応に、ノインさんは珍しく顔を赤らめている。
僕が指を愛撫する度に、彼女の体は弱々しく跳ねた。
すると見かねたテスが、僕の頭を鷲掴みにしてノインさんから引き離そうとする。
「コラ、カグヤ!いい加減にしなさーい!」
僕は負けじと、必死にノインさんの指に吸い付いた。
それから十分間の激闘の末。
とうとう僕の口からノインさんの指が、チュポンと離れてしまった。
僕の唾液とノインさんの蜜が絡まったその指先は、若干ふやけてしまっており、色も少し赤くなっている。
「ごちそうさまでした」
「コラカグヤ、違うでしょ!
ゴメンナサイでしょ!」
「はい…。ノインさん、ごめんなさい。
調子に乗りすぎました。
ってあれ?僕、普通に喋れてる!」
ノインさんはアルコールで湿ったティシュで指先を拭うと、僕の蛮行も気にもせずに、ニコッと笑いかけてくれた。
「私の奇跡は、傷を癒す薬を体から蜜として出す、ちょっと変わった力なのです。
塗り薬としても使えるんですよ。
どうやら、普通に喋れているようですし、傷は治ったみたいですね。
ところで…」
ノインさんは顔を赤らめながら、僕の顔を真剣な瞳でみつめた。
「霞紅夜様、指を舐めるように言ったのは、たしかに私ですが、さっきみたいな行動は控えた方がよろしいかと……
あまり節操がないと、女性に嫌われてしまいますよ!」
怒りなれていない様子で、彼女はメッと僕を誅する。
すると、テスまでもがノインさんと一緒になって説教を始めた。
「そうだよカグヤ!
カグヤの欲望に忠実なところ、治した方がいいと思う。
今朝だって、私のスカートの中、覗こうとしてたでしょ!」
「まぁ!」
「ご、ごめんなさい!」
くうっ、バレてたか…。
というか、僕の悪行を人前で暴露しないで!。
さすがの僕も恥ずかしい!。
それから、テスとノインさんによる、長きに渡る説教に、僕は自らの行いを深く反省した。
まさか二人にここまで畳み掛けられるとは思わなかった。
くっ、気づかぬうちに発動していた、僕の奇行が恨めしい。
こういうことが無いように、もっと気をつけないといけないな。
とりあえず、ノインさんの赤らめた表情で、僕のセンサーはビンビンだ。
今晩もまた、お世話になります。
「ところで、ノインさんはどうしてここに?
ひょっとしてノインさんも
僕の質問に、ノインさんはコクりと頷く。
「はい。そういえば言ってませんでしたね。私は
「てっきりメイドさんが本職かと思ってました」
「そうですね。
私もまさか、
「そうなんですか?」
なにやら昔を懐かしむように、ノインさんはゆったりと目を細めた。
「ん?」
するとこのタイミングで、飛空艇内のスピーカーを通して、キャトンさんの声が室内に響き渡った。
『乗組員に通達。
これよりレシオラント号は、ソネール樹海南西に位置する、小さな村を拠点に活動を始めます。
調査隊は、ただちに資材の搬送に取りかかれ。
繰り返す………』
放送が終わると同時に、飛空艇はガコンと進行を停止した。
どうやら、目的地に到着したようだ。
「霞紅夜様たちは、行ったほうがよいかもしれませんね」
「そうします。治療、ありがとうございました」
「バイバーイ」
ノインさんにお礼を言うと、僕は医務室を後にした。
ー
飛空艇から降りた先にあったのは、ステラ村と大して変わらない小さな村だ。
村といっても、即席で作られたような家が四軒並んでいるだけ。
古木を使用しているようだけど、質感からして二年……いや、もうちょっと前くらいだろうか。
どちらにしろ、最近できたし少村のようだ。
「なんにもねぇ村だが、ゆっくりしてってくれ」
赤髪の精霊。
リードさんはそう言うと、カッと笑って見せた。
「ああ、言い忘れてた。
えーっとなんつったけな?。
ようこそ、コステル村へ」
ここが、僕たち調査隊の拠点となる場所。
ここで足を引っ張らないように、僕もしっかりしないとな。
早速だけど、資材の搬送を僕も手伝おう。
異世界竹取物語…僕が約束を果たすまで… 色採鳥 奇麗 @irotoridori
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