第38話 しばしの別れ

「火を吹け!リュウノスケ!!!!」


「退かねば斬る。ゼロ秒!!!!」


完全鋼鉄虎爪アイアンクロー!!!!!」


「ダメージ転嫁!」


「海神は謳い、水神は奏でる、母なる海の名において、悪逆の子らを殲滅せよ!水殺魔法・オケアノス!!!!!」




地上に着陸したドラゴンの背から降り立った俺たちは、脱走する100人の元・奴隷たちと合流し、そして今、彼等を捕まえようと追いかけて来ていたグチモームスの兵200人と絶賛交戦中という状況だ。




約束通りドラゴンを引き連れて帰ってきてくれた、『吉備団子きびだんご』のスキルを持つ猛獣使いのモモ・ローザ (転生前は桃城善助というお爺さん)。




スキル『ゼロ秒』で攻撃動作ゼロで敵を斬り刻んでいく、『罪人殺しの剣鬼』こと、奴隷解放ギルドのシルバ・アージェント (偽名)。




全身を硬化させる『完全鋼鉄武装フルメタルジャケット』を巧みに使い、鉄壁の防御と超重量の攻撃を担う、虎獣人ロッソ・カーマイン。




仲間の受けるダメージを引き受け、敵に押し付けられる、最強チートスキル『聖人の左手』の持ち主、ドワーフで僧侶で医者の、性の悦び覚えたて治癒士ヴァイス・ブランコー。




そして、かつてはS級魔法使い、『水神ランセ』と謳われた、天才魔法使いランセ・アズール。




この旅を通して得た、この5人の仲間たちの圧倒的な強さに、改めて惚れ惚れとする。




最前線でシルバ・ロッソが突撃し、二人が受けるダメージをブランが引き受け、相手に返していく。ロッソはブランが怪我をしないよう壁役にも回れる。そして上空からモモの操るドラゴンの火、後方支援でランセの水魔法。




俺の計画のために、彼等のスキルはちまちまと使わせてもらっていたが、彼等は、集団を相手どる大きな戦闘でこそ本来の力を発揮するように思えた。




「ウィズ」




俺はピンク色のスライムの形をしたウィズを呼んだ。




――はい、ジュンさん。




「ありがとう」




――どういうことでしょうか?




「俺があいつらと出会えたのは、『マッチングアプリ』、ウィズユーのおかげだ」




――なるほど。それでは、どういたしまして、と言っておきます。




「うん」




『マッチングアプリ』が顕現したあの日からここまで、心がズタズタになるような出来事が沢山起きた。だけど、それも今日でおしまいだ。




全部終わったんだ。




帰ろう、キャンデーラへ。




*********************************




みんなのおかげもあり、数の差をものともせず、10分ほどで、追手の兵200人を返り討ちにしてしまった。




兵士たちが乗ってきた騎馬に『吉備団子』を食わせるモモ。




「どんだけ入ってるの?」




気になって俺が聞くと、知らん、とモモは笑った。ドラゴン、モンスター、野生の獣たちに食わせただけでも、ざっと400はくだらないはずだ。




「ポケットの中にのぉ、あげようと思ったら入っとるんじゃ」


「便利な能力だな」


「よし、これで皆が乗れるだけの馬は用意出来たぞ!喜べ皆の衆!」




おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




元・奴隷の皆が歓声をあげる。




「帰る故郷があるものは帰れ。帰る場所がないものは、昨日も言った通り、奴隷解放ギルドのコミュニティへ、私が連れて行こう」




シルバが響き渡る声で宣言すると、再び元・奴隷たちが歓喜した。




「あんたたちには感謝しかない」




元・奴隷の一人、禿げ頭の老人が深々と頭を下げた。




「昨日の、あんたたちのリーダーはどちらへ?」


「リーダー?」




俺が首をかしげると、ジュンさんと呼ばれていた方です、と言った。




「ああ、それは俺です」


「え?子供になったんですか?」


「いや、こっちが元の姿です。俺は、ジュン・キャンデーラ。奴隷反対を謳う、キャンデーラ国の王子です」




おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




何を言っても喜んでくれる元・奴隷のみんな。




「こんな小さいのに、俺たちのことを」




老人は涙ぐむ。




「立派です、ジュン・キャンデーラ様!」




アンジェロに襲われた女の人が声をあげた。それを機に、人々が各々賞賛の声、感謝の気持ちを叫んだ。




「ありがとうジュン王子!」


「ありがとうございます!!!ジュン・キャンデーラ!」


「小さい英雄!ジュン・キャンデーラ!万歳!」


「小さいは失礼だろ!ここは、奴隷解放の父とか、」


「いいなそれ!奴隷解放の父、ジュン・キャンデーラ万歳!」


「奴隷解放の父!ジュン・キャンデーラ万歳!」「奴隷解放の父!ジュン・キャンデーラ万歳!」「奴隷解放の父!ジュン・キャンデーラ万歳!」「奴隷解放の父!ジュン・キャンデーラ万歳!」「奴隷解放の父!ジュン・キャンデーラ万歳!」




「「「「「「奴隷解放の父!ジュン・キャンデーラ万歳!」」」」」」」




俺が圧倒されているとランセが話しかけてきた。




「すっかり英雄になっちまったなジュン」


「あほぬかせ。ジュンちゃんならこれくらい当然や」




ロッソが満面の笑みで口を挟む。




「昨日も言ったけど、別に俺は何もしてないって」




俺はぽりぽり頭をかく。奴隷解放は、俺の復讐のついでで、たまたまやっただけだし、全然褒められたもんじゃない。こんなに感謝される筋合いはないんだマジで。




「いや。ジュンは良いことをした。皆、笑顔なのが答え」




ブランがそう言いながら、俺の肩に左手を載せた。昨日から続いていた疲労感が吸い取られていく。




「……よく頑張った。ブランも、嬉しい」


「……ありがとう」


「ではジュン。私は彼等をコミュニティに連れて行く。しばらくしたら、キャンデーラに顔を出すつもりだ。そのときはよろしくな」




シルバが銀髪をたなびかせながら、俺に右手を差し出した。しばしのお別れだ。




「あの、シルバさん!俺は、信頼できる仲間に、そのぉ……、なれましたか?」


「ん?ああ。お前は彼等を救った、奴隷解放の英雄。信頼しない理由がない」


「そしたら!」




俺の胸が躍った。




信頼できる、私の仲間になった時に打ち明けさせてもらうよ。




かつてシルバが俺に言った言葉がリフレインする。




「信頼できる仲間になったら、その、」


「ん?なんだ?」


「その、あ、その、教えてくれるんですよね?シルバさんの本名」


「ああ、そうだったな」




すっかり忘れていた、という風にシルバさんは微笑んだ。




美しい。






これまで出会ってきた、女特有の、男に媚びる感じ、性的ないやらしさがない。どこまでもまっすぐで、純潔な笑顔。




彼女こそ、理想の人だ。




「教えてください。本名を」


「ああ。本名は、ギンジロウ・ヒドラルゴだ」




シルバさんは先ほどと変わらない微笑みを浮かべて言った。








ギンジロウ・ヒドラルゴ。














ん?










「ギンジロウ・ヒドラルゴ?」


「そうだ」


「ギンジロウ・ヒドラルゴ?」


「うむ。ギンジロウ・ヒドラルゴ。これが、私の名前だ」






ギンジロウ・ヒドラルゴ。






ん?




それはまるで。






俺は中々次の言葉が出てこなかった。だが、確認しないわけにはいかなかった。




「なんか、あの、えーっと、……男らしい、名前ですね」


「ふふ。ありがとう」


「男らしいというか、男の名前ですね」


「そうだな」




シルバさんは、俺の反応を気にも留めないようだった。


だから俺は、意を決して聞いた。




「え?男?」


「ん?誰がだ?」


「え?いや、シルバさんが」


「ん?ああ、そうだ」




シルバさんの返答に俺は固まってしまった。




頭の中で男という言葉が駆け巡った。


男。


オス。


男性。


おのこ。


Man。


アレがついている方。



女じゃない方。


おとこ。




シルバさんが、男?




「なんや、ねぇーちゃんやなくて、にーちゃんだったんかいな(笑)」






ロッソが笑う。






「ブラン、気づかなかった」




俺と同じように衝撃を受けているブラン。モモはなんじゃなんじゃと話についていけてない様子。




「なんだおめぇら気づいていなかったのか?」




ランセが得意げに言う。




「ランセは知っとったん?」


「勿論よ。シルバが俺の洞窟に来た時、メリコの分身が、他の男の前でするのなんてごめんよ、って嫌がってな」


「ふっ、なつかしいな」




シルバは、アノ時のお前は頭のおかしいクズだと思ってたよ、と笑った。




「ちょ、あの、なんで、男だって、言ってくれなかったんですか?」




俺は、動揺しながらなんとか声を出す。は?は?は?は?




「なんだそれは?普通初対面の相手に、私は男です、なんて言うか?」


「いや、まあ、そりゃ言いませんけど!でも、だって、どう見ても女じゃないですか!」




ギエイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!




俺たちのやり取りをつんざくけたたましい鳥の鳴き声。




俺たちが思わず空を見上げると、一羽の鳥、それも全長2mほどの怪鳥が舞い降りた。




何!?え?!いま、え、ちょ、何!?




シルバさん=男問題で頭がこんがらがっている中、唐突に現れた怪鳥に、俺はもちろん、ロッソやランセたちも警戒した。


くちばしが赤く鋭い、金色の羽根を纏った巨大な鳥。ギロリと俺たちを一瞥し、シルバの姿を見ると、すぐさま甲高い声で叫んだ。




「シルバどの!!!!やっと見つけましたよ!!!貴方という人には呆れてものもいえません!」




え?シルバさんの知り合い?




金色の怪鳥は、くるっとその場で廻ると、あっという間に人間の姿に変わった。


短く金髪を刈り上げた、鋭い目つきの鷲鼻の成人男性の姿に変貌したその男はボリボリ頭を、毛づくろいするようにかいた。色黒い肌がシルバさんとは対照的だ。




「久しぶりだなオロ、元気にしていたか?」




シルバさんの問いかけに、オロと呼ばれた男が怒鳴り返す。




「悠長に話している場合ではありません!いいですか!?我等ギルドの友好国、!?」


「え?」




キャンデーラが?滅亡?




「……うそだろ?」




思わず俺は呟くと、それと同時に、祖国キャンデーラの旗が焼け落ちる姿が頭に思い浮かんだ。




「嘘つくなよ!!!!!!!!!!!」




婚約者の命を奪った朝、俺は、帰る場所を奪われた。

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