第22章  Teaching

第211話 我が諦めるのを諦めろ。その方がずっと建設的だろう?

 突発的に行われた第一回ヤミんちゅ杯の翌日の月曜日、久遠は起きてからリビングに移動し、既に起きていた寧々と共にニュースを見ていた。


「これは酷い」


「ここまで来るといっそ哀れね」


「擦れるだけ擦ろうってことなんじゃないか?」


「アリトンって久遠から見てアマイモンに何か恨みでもあった?」


 久遠が酷いと言ったものは何かと言えば、A国とC国、R国がアマイモン=レプリカの軍隊に蹂躙される映像である。


 いずれの事件も同時刻に起きており、日本時間では午前3時に発生したから夜更かししていた者以外リアルタイムでこのニュースを知る者はいない。


 桔梗も今は宵闇ヤミの朝活配信中だが、おそらくヤミんちゅ達からこのニュースを知らされていることだろう。


「わからん。ただ、アリトンが求める実力に満たないし、言うことを聞かない部下を活かしておくよりは調整して命令に従うアマイモン=レプリカを量産した方が良いってことじゃね?」


「その通り。アリトンの考え方をよく理解しているじゃないか」


 突然、背後から声がしたので振り返ってみれば、いつも通りにパイモンがドヤ顔で不法侵入していた。


「あのさぁ、何時になったら不法侵入するのを止めてくれる訳?」


「我が諦めるのを諦めろ。その方がずっと建設的だろう?」


「それが建設的な考えだって認めたくないんだが」


「平行線だね。まあ、それはさておき、このニュースを受けてA国とR国、C国から日本に救援要請が入った」


 久遠の抗議をサラッと受け流し、パイモンは自分の用事を優先して喋り出す。


 これだから四大悪魔は手過ぎると溜息をついたものの、いつもなら煽って自分に対する感情を喰らうのにそうしなかったことから、パイモンにも割と余裕がないのだと察して久遠は頭を切り替える。


「救援要請ってどのレベルで? まさか、日本からUDSプレイヤーを派遣しろってこと?」


「その通りだ。そして、日本政府はこの申し出を嬉々として受け入れようとしていた」


「…色々な資源を輸入して足元を見られることが多いから、ここでできるだけ大きな貸しを作って国際関係のバランスを変えようって魂胆か」


「ふむ、やはり鬼童丸は頭が切れるな。その考えが正しい」


 (やれやれ、政治家ってのは自分達が戦わないからって勝手なことばっかりだな)


 自分の予想をパイモンに肯定されてしまい、久遠は再び溜息をついた。


「それで、まさか俺達を派遣するって言いに来たのか?」


「いや、親人派の主戦力を派遣する訳にもいくまい。我が調子の良いことを考えていた政治家とをしてわからせた。そもそも、どの国でも派遣したら間違いなく鬼童丸を色仕掛けで日本に帰さないつもりだぞ」


「は?」


「許せませんね」


「獄先派よりも先に3つの国から潰すべきじゃない?」


「美味です」


「色仕掛けでマスターを釣ろうとは愚かの極みでござるな」


 アビスドライグのコメントはその通りとしか言いようがない。


 桔梗と寧々だけでなく、ドラクールやリビングフォールンも久遠争奪戦に参加しているのだ。


 そこにぽっと出の色仕掛け工作員が現れたとしても、間違いなくこの世から存在を消される未来しか起こり得ない。


 愚かの極みという表現は適切と言えよう。


「そうそう、宵闇ヤミには配信前に伝えておいたが、先程の話し合いでついでに日本でも重婚OKの特例を通しておいたから、鬼童丸は全員娶れるぞ。さて、話を戻すが」


「いやいや、サラッと言うなよ。今なんて言った?」


 たった今とんでもない発表があったものだから、久遠はパイモンに待ったをかけた。


 聞き間違いでなければ、久遠がこれから苦労するだろう特例が国に認められたことになる。


 久遠が訊き返したことで、その焦りの感情を喰らったパイモンがニチャアと笑みを浮かべる。


「鬼童丸は日本で好きなだけハーレム生活、オホン、爛れた生活を楽しめるようになったぞ」


「言い直して悪化してるじゃねえか。てか、国会が一夫多妻制を認めたってのか?」


「特例と言っただろう? それが認められるのは鬼童丸だけだ。鬼童丸に相手を絞れないから一夫多妻制の外国に帰化すると言われたら困るだろうと話を持ち掛けたら、首相が真っ青な顔で頷いてくれたぞ」


「ナチュラルに脅してんだよなぁ」


 パイモンが想像以上にストレートな脅しで特例をもぎ取っていたため、久遠は苦笑どころか引いていた。


 そこに、朝活配信を終えた桔梗がスキップして現れ、そのまま久遠に背後から抱き着く。


「久遠、私を正妻にしてくれれば、他の女達もしょうがないから第二夫人~第四夫人にしても良いよ」


「何言ってんの? 正妻は私よ。付き合いが一番長いんだもの」


「それを言うのなら、マスターのおはようからお休みを見守っている私が正妻に相応しいでしょう」


「待って。私以外に正妻に相応しい存在なんていなくな~い?」


 (あっ、ヤバい。正妻戦争が始まる)


 そんな風に思った瞬間、パイモンとヨモミチボシがとても良い笑顔を見せる。


「美味である」


「美味です」


 鬼童丸を囲んで桔梗達が言い争いを始めれば、パイモンもヨモミチボシもこの時を待っていたと言わんばかりに鬼童丸を取り巻く感情の渦を喰らっていく。


 アビスドライグはどうすれば良いのかわからずおろおろしており、パイモンとヨモミチボシは2人と2体を止めるつもりが微塵も感じられない。


 この場は自分がどうにかするしかないと久遠は腹を括る。


「優柔不断と言われるのを覚悟して言うけど、俺は誰を正妻とは決めないぞ」


「「「「え?」」」」


「だって現在進行形で揉めてるじゃん。今は味方で争ってる場合じゃないだろ」


「「「「…」」」」


 久遠の指摘に誰一人反論できず、全員静かになった。


 それからすぐに謝ったのはドラクールだった。


「申し訳ございません。マスターのことを思ってムキになってしまい、マスターのことを考えられておりませんでした」


「ごめんね、マスター」


 ドラクールが謝れば、リビングフォールンも続いて謝る。


 守護悪魔組は元々が久遠の従魔だったこともあり、久遠が困ることをしたいとは思っていないのですぐに謝れた。


 その一方、桔梗と寧々の目からハイライトが消えていた。


「ねえ、久遠。どうして私を一番にしてくれないの?」


「久遠、私達付き合ってたのにどうして?」


「実に面白い。こうなって来ると悪魔よりも人間の方がよっぽど欲望に忠実じゃないか」


「パイモン、シャラップ」


 似非研究者のようなことを言うパイモンにジト目を向けつつ、久遠は意を決して桔梗を右腕で、寧々を左腕で抱き締める。


 久遠から抱き締められることなんてまずないから、すぐに桔梗と寧々の目に光が戻って抱き締め返す。


「エヘヘ、久遠が積極的になるなんて幸せ」


「できれば両腕で抱き締めてほしいな」


「はい、もそこまでだ。戦いが起きるなら、俺は正妻を選ばない」


 正妻になりたい桔梗と寧々は、久遠が自分達の呼び方を変えたことから自分達を今まで以上に受け入れてくれたと察し、その関係性が逆行しないように離れて姿勢を正す。


 自分以外が正妻になる可能性は消せるけれど、それと同時に自分が正妻になれないことは耐えられないから、そのチャンスを残すためにおとなしく久遠の言うことを聞いたのだ。


 ドラクールとリビングフォールンが桔梗と寧々を羨ましがっていたことに気づいていたから、久遠はドラクールを右腕で、リビングフォールンのことを左腕で抱き締めた。


 平等に扱うというアピールをすれば、ヤンデレムーブもある程度抑えられるという久遠の読みは的中した。


 というより、ヤンデレなのは桔梗と寧々だけだから、ドラクールとリビングフォールンは久遠が自分達のことを桔梗達と平等にしてくれたことに感謝する。


「ということで、今日のところはこの辺で満足して話を続けてくれ。特例についてはわかったが、それで争いが起きたら困るんでね。全員と真剣に向き合う覚悟も決めたから、話を戻してA国とC国、R国への対応について話してくれ。俺達が行かないってんなら、向こうから来るのか?」


「良い読みだね。だが50点だ」


 パイモンがニヤリと笑って言うから、3ヶ国から人が来るというのでは半分しか会っていない理由を久遠は考える。


 結論はすぐに導き出せた。


「UDSの日本サーバーに3ヶ国の選ばれし者を招き、指導するってことか」


「正解。鬼童丸達には期間限定でタナトス達のように師匠のロールプレイをしてもらう」


「待ってくれ。俺達には本職があるから、ゲームできる時間は限られてるぞ?」


「その辺はも根回し済みだ。国の仕事ということで、鬼童丸とヴァルキリー、リバースは公休扱いでUDSをできるようにしておいた」


「なんでもありかよ」


 パイモンが公権力と手を組むと無茶が通ってしまう。


 それを短時間に二度も味わう久遠だった。

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