第180話 当たり前のように不法侵入するじゃん

 自宅に戻った時、リビングのソファーでパイモンが待っていた。


「やあ、お帰り」


「当たり前のように不法侵入するじゃん」


「今回の一件は急用だからね。悪いが我の都合優先で来させてもらったよ。宵闇ヤミ、黄昏トキの不幸についてはすまなかった。協力者である君達の親族の安全は親人派が担保すべきだった」


 そう言ってパイモンが頭を下げたことは久遠達にとって意外なことだった。


 パイモンならデリカシーのない発言をぶちかましてもおかしくないと思っていたから、まさか竜胆の死について謝るとは思っていもいなかったのだ。


「別に良いわ。どうせパイモンのことだから、私がエンプーサと戦ってた時のことも把握してるんでしょ? 私は妹が死んだことでショックは受けてない。どちらかと言えば、敵の親族を利用して攻撃をして来る獄先派のやり口に目が覚めたわ。目的のためなら、手段を選んでちゃいけないってわかったの」


「そうか。ふむ。やはり君はあのサキュバスの孫だね」


「祖母のことを知ってるの?」


 自分の祖母のことをパイモンが知っているとは思っていなかったため、桔梗は目を見開いた。


 パイモンは桔梗の疑問に頷いて肯定する。


「知ってるとも。彼女は我とは別の方法で人間と上手く付き合えるように非力な悪魔を導いていたからな」


「どうやって?」


「キャバクラの経営だよ。戦えない女悪魔達を鍛え、人間達を客として店に招いたのさ。キャバクラには色々と溜まった人間が来るから、悪魔としては食事がしやすくてね。無論、人間達に危害は加えていない。ただ、欲望を発散させただけだ」


「ふーん」


 祖母に関する説明を聞いても桔梗の反応はあっさりとしたものだった。


 何故なら、祖母と会ったことは子供の頃に数回程度であり、先程睡蓮から祖母がサキュバスと聞いた時点でその手の何かをしているだろうと良そうで来ていたからである。


「宵闇ヤミ、君もやはり悪魔の血を引いているね。家族にすらその反応であり、自分の欲しいものを最優先に考える。実に悪魔的だ」


 パイモンが自分の欲しいものと口にした時、久遠のことをチラッと見た。


 それに気づいても久遠がポーカーフェイスを保っていたのは、少しでも動じればパイモンに揶揄われると思ったからだ。


 桔梗も桔梗で堂々とした態度のまま応じる。


「悪魔的だなんて失礼ね。私はただ久遠が欲しい。それだけよ」


 (妹の死で過激な方向に振り切れちゃったか…)


 その言葉から感じる桔梗の意思を知り、久遠は桔梗のヤンデレムーブが加速するのは間違いないだろうと思った。


 桔梗については話が済んだため、パイモンは久遠の方を見る。


「さて、鬼童丸の家族について話をしよう。調べてみて驚いたが、鬼童丸の先祖に鬼がいたぞ」


「その話ってマジだったのか。父さんの話じゃ鬼灯家は室町時代に現れた鬼を起源とするって聞いてたけど、証明できないから信じてなかったわ」


「ほう、伝承として受け継がれていたのか。安心して良い。私も部下の調査結果をダブルチェックしたから、鬼童丸が鬼の血を引くことは保証できる」


「保証されたところでって話なんだが」


 久遠からすれば、自分が血は薄まっているとしても鬼の血を引くと聞かされたところで、だからどうしたという話なのだ。


 パイモンに保証されてもぶっちゃけ困るのである。


 その一方、桔梗は久遠の方を見てニコニコしている。


「久遠も私と同じで普通の人間じゃなかったんだね。私達、やっぱり相性が良いんだよ」


「希少価値で言えば桔梗さんの方がずっと上だと思うけどね」


「細かいことは良いんだよ。大事なのは久遠と私が同類ってことなんだから」


「クックック。鬼童丸よ、ようこそこちら側へ」


 桔梗に便乗するようにパイモンもニヤニヤしながら歓迎した。


 家系の話をされても今の久遠にはどうしようもないから、久遠はパイモンに訊ねる。


「それは置いとくとして、獄先派は俺の家族に何か仕掛けようとしてないのか?」


「仕掛けようとして断念したらしい。鬼童丸の両親には守護霊が張り付いており、鬼童丸の兄はちょっかいをかけようとする獄先派の悪魔が次々に不運に見舞われて後回しにされている」


「両親の方は母さんの実家が何かしたんだと思う。兄は特殊な運の持ち主だからなんとなく理解した」


「なるほど。鬼童丸の母は恐山のイタコの家系だからな。おっかない婆さんが娘夫婦のために守護霊を貼りつかせたというのなら頷ける。鬼童丸の兄は我にも説明がつかない。あれはなんだ?」


 (パイモンがお手上げってのもすごい話だな)


 久遠は兄のすごさを思い知り、苦笑しながら兄について説明し始める。


「兄の運は極端で、滅茶苦茶良いかその逆かのどっちかだ。それでも、滅茶苦茶運が悪い日でも命にかかわる事態には絶対ならなくて、兄を害そうとする者がいるとそちらが不運に見舞われる。例えば、兄がバイクに乗ったひったくり犯に襲われた時、ひったくり犯の手が兄に届く前にわき見運転の自動車がひったくり犯のバイクに突っ込んだ。こういうことが年に一度はあるね」


「ふむ。それは呪いの類だな。鬼童丸の兄はいつのタイミングかわからぬが、こちら側の存在に呪われたようだ。しかし、鬼童丸は我が調べた限りで呪われていない。いや、呪われてはいるな。鬼童丸には女難の相が出ているぞ」


「ニヤニヤしながら言うんじゃねえよ」


 パイモンは久遠に女難の相が出ていると告げたが、それを否定することはできまい。


 母親譲りのヤンデレとヤンデレに影響されたヤンデレから好かれており、ドラクール達がいなければ美味しくいただかれているだろうことから間違いない。


「とりあえず、鬼童丸と宵闇ヤミについては以上だ。これから我はヴァルキリーとリバースにも話をしに行かなければならないので失礼する」


 自分の用件が済んだから、パイモンは地獄の門を開いて去っていった。


 それから、久遠はすぐにドラクール達を召喚した。


 そうしなければ、睡蓮から怪しげな荷物を受け取った桔梗が何か自分に仕掛けてくるのではないかと感じたからだ。


 ドラクール達は久遠に召喚されるや否や、久遠を護衛するように取り囲む。


「マスターは鬼の血を引いていたのですね」


「マスターも実は私達側だったんだね~」


「今まで以上に親近感が湧いたでござる」


「美味です」


 (おっと、桔梗がドラクール達に邪魔をするなって念じてるぞこれ)


 ヨモミチボシが美味だと告げたならば、憎悪の感情を発した者がいるとわかる。


 この状況で憎悪の感情を抱くならば、久遠に近づきたいけど近づけなくて苛立っている桔梗以外に考えられない。


 今までの桔梗だったらこれで踏み止まったのだが、振り切れた桔梗は今までとは違う。


 なんと久遠に近づいてグリンと久遠の体を自分に向け、顔をもう少しでキスしてしまうぐらいまで近づけたのだ。


「久遠、私のことを見てよ。さっきから全然私のことを見てくれないじゃん」


「そんなことないぞ」


「そんなことあるよ。今も私を近づけないようにドラクール達を召喚したし」


「そんなことないぞ」


 時間を稼ぐために久遠はロボットのように同じ言葉を繰り返した。


 しかしながら、今の桔梗に時間稼ぎは通じない。


「私、わかったの。久遠のことを手に入れたいなら、多少強引でも久遠のことを落としに行かなきゃいけないって。久遠が私色に染まれば何も問題ないよね」


 目からハイライトが消えた桔梗が久遠に抱き着こうとした時、久遠と桔梗の間に何かが入り込んで桔梗が数歩後ずさる。


「それは認められません」


 久遠と桔梗の間に滑り込んだのはドラクールの【透明近衛インビジブルガード】だった。


「ドラクール、邪魔しないでよ。これは私と久遠の問題よ。従魔が出しゃばって良いものじゃないの」


「マスターが宵闇ヤミを受け入れるのならば私は止めませんが、どう見てもこの状況ではマスターが受け入れたとは思えません。本当にマスターのことを愛しているのなら、無理矢理は駄目です。マスターを傷つけようとするならば、私が全力をもってそれを阻止します」


「…わかった。だったら、久遠から私を求めるようにしてみせる。それなら良いんでしょ?」


「その通りです。マスターが求めれば私は止めませんので」


 桔梗はここでこれ以上を無理をしても意味がないと判断し、おとなしく引き下がることにした。


 (ドラクール、ありがとう。お前が俺の砦だよ)


 久遠の中でドラクールへの好感度はもともと高かったが、今のやり取りで更に上がったのは言うまでもない。

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